最終章 75話 少女たちは流れ星に祈らない
戦場の外での話です。
「あれは――」
美月は天を仰いだ。
そこには視界を埋め尽くさんばかりの大きさを誇る隕石。
それは確実に彼女たちを目指していた。
「い……隕石だねー……」
さすがの春陽の顔を引きつらせている。
まさか戦場にこんなものが降ってくるなど想像もしていなかった。
「よく分かんないけど、アレが落ちたら少なくともアタシたちは全滅スよね」
「この町くらいの大きさはありますしねぇ」
メディウムとアッサンブラージュがそんな言葉を交わす。
この町に飛来している隕石の大きさは目測だがこの町を押し潰すことができるだけのサイズだ。
――だが、現実はさらに深刻だ。
「……聞いたことがあります。氷河期の引き金になった隕石でも直径は10キロメートル……地球に比べればはるかに小さいものなんです……」
「つまりあれは……この国を消し去るには充分な大きさです」
いや。その結論さえ現実逃避に等しい。
実際のところあればそのまま落下したのなら――地球が滅びかねない。
そんな絶望的な未来を嫌でも弾き出してしまう。
「ギャラリーちゃん……空間ごと飛ばすのは――」
「無理よ。大きすぎるわ」
「じゃあ空間固定で――」
「多分、10秒くらいで目玉が破裂するわね……」
「マジか……」
メディウムはギャラリーの言葉にうなだれる。
「変態仮面さんはどうなんですかぁ? 隕石を妄想にできないんですかぁ?」
「……ひょっとしてオレか? 変態仮面ってこれか……? てか、同じような意味でも妄想とか言われるとオレの能力の変態感が増して聞こえるじゃねぇか」
玲央は宙を浮遊する仮面を指さしながらアッサンブラージュに言い返す。
不満そうな表情をしつつも玲央は首を横に振った。
「オレもギャラリーと一緒だな。さすがにアレはデカすぎる」
あれほど巨大な物体へ対処するのは個人の力では難しいのだろう。
あの流星は、人智を越えた災厄なのだ。
「姉さんも――難しいですよね」
「うーん……。魔法じゃないから消せないもんねー……。あー、でも、この場にいる人たちを不死身にするだけならできるけどー……」
「……実質、打つ手なしというわけですね」
美月は指先が震えるのを感じていた。
確かに春陽の《花嫁戦形》ならば対象範囲内にいる者だけでも生き延びることはできる。
だが周囲の被害を抑えることができない以上、美月たちにとって絶望的な結末である事は変わらない。
「妾の《花嫁戦形》なら――」
「ダメです!」
エレナの提案を真っ先に拒否したのはギャラリーだった。
「あれを破壊するための威力を出そうとしたらお姉様は――!」
「最低でも命は捧げねばならぬじゃろうな……」
エレナの《花嫁戦形》の能力は、己が持つ者を捧げることで、捧げたものに対するエレナの認識が重いほど強大な力を得るというものだと聞いている。
とはいえ、あれほどの隕石を破壊しようと思えば必然的に相応の供物が必要となる。
――その代表例が……命。
「それに、多分それでも足りにゃいと思うかにゃ?」
「足りぬ……とは」
寧々子の言葉をエレナは聞き返す。
違い戦場からでも感じられるほど強大な魔力。
エレナが相応のものを捧げたのなら、見込はあると思うのだが。
「もうエレナちゃんは《花嫁戦形》の能力を使えないにゃん」
「……どういう意味じゃ?」
「薫子ちゃんがいるからにゃん」
寧々子はそう断言する
「薫子ちゃんの魔法でエレナちゃんはすべてを取り戻した。つまり――エレナちゃんはその《花嫁戦形》がやり直しが利くことを知ってしまった」
「…………」
エレナは言い返さない。
「《敗者の王の最期》が高い強化倍率を持つのは不可逆だから。でも、そうじゃないと知ってしまった今、エレナちゃんの《花嫁戦形》は二度と同じだけの効果を発揮しないにゃん」
「身を捧げることへのハードルが下がったことで、《花嫁戦形》の効力も落ちたというわけじゃの……」
エレナは唇を噛む。
隕石を睨む目には悔しさが滲んでいた。
「わたしが……行く」
諦めに近い感情が湧き始めた時、声を上げたのは雲母だった。
彼女は隕石を見据えている。
「わたしなら……隕石を反射できる」
「でも《表無し裏無い》は……」
《表無し裏無い》。
雲母を襲う脅威を確率で反射する魔法。
以前は死にたがる雲母を死なせないために100%の反射率を誇っていた魔法。
だが今、彼女は生きることに向き合っている。
だからこそ――反射が発動しない可能性がある。
雲母が言うにはその反射率は――10%程度。
確かに雲母の魔法なら隕石を弾き返せるかもしれない。
しかし90%の確率で雲母は――
「ダメです……! 賭けにしても分が悪すぎます!」
「でも、他に方法があるの……?」
「っ…………」
美月は目を逸らした。
雲母の問いに答えられないから。
代案など、なかった。
(マリアさんも魔法を撃てる状態では……)
美月は建物に身を預けたまま眠るマリアを見た。
彼女の治療を行えないまま女神リリスとの戦いが始まったのだ。
ギャラリーの空間固定などを駆使してもできるのは現状維持。
さっきまで生命の危機に瀕していたマリアに戦うだけの力はないだろう。
(どうすれば――)
――0%と10%。
どちらがマシなのか。
合理的に考えてしまえば間違いなく――
「…………死んでも良いから身を投げ捨てるわけじゃない」
「《不幸の先払い》」
雲母の体が裂けた。
体中から流血し、雲母がふらつく。
それでも彼女は倒れない。
強い覚悟を宿した瞳で絶望の流星を睨む。
そして雲母は美月に微笑んだ。
「行ってくる。みんなで生きるために」
死ぬためじゃない。
10%の未来を生きるため。
雲母は腰を落とす。
「待って……!」
美月が手を伸ばす。
一度は雲母を掴んだその手は――今度は届かなかった。
「不幸に流した涙の意味が、いつか変わると信じてる」
――だから、最期に奇跡を。
そう口にし、雲母は跳び出そうと――
「――――――そうよね」
声が聞こえた。
「まだ――この世界は終わらせないわ」
遠い距離を感じさせないほどに澄んだ声。
自然と、この場にいる人物の視線が声の主へと集まる。
そこには少女がいた。
金糸の髪をなびかせ。
姫騎士のごとき鎧を纏い。
翼を広げ、天を翔けていた。
「まったく――ロクな設備もない状態で内臓を総入れ替えするハメになるとはな」
「おかげで死なずに済んだわ。ありがとう。テッサ」
「なら――感謝の意は結果で示せ」
「ええ。もちろん」
少女――美珠倫世は隕石を見据える。
そして――
「《百葬輪廻・殲星陣》!」
光が走った。
この閃光は斬撃だ。
七重の円が倫世を中心に描かれる。
それらは惑星のように周回する剣閃。
光の筋は隕石を――
「隕石が……砕けた」
巨大な流星がブロック型に砕かれた。
千を越える石片が降ってくる。
「これなら……!」
美月は拳を突き出す。
拳へと黒い魔力が収束し――
「《魔光》」
黒い閃光が隕石の欠片を薙ぎ払う。
巨大な隕石には太刀打ちできずとも、小さな欠片になってしまえば対応策はある。
美月だけではない。
皆が各々の魔法で隕石の欠片を破壊してゆく。
さすがにすべての被害を防ぐことはできないが、街への被害は格段に抑えられた。
「間に合った……のかしら」
倫世が地面に降り立つ。
彼女は周囲へと視線を走らせていた。
「……寧々子さん?」
「あ、生き返ったにゃぁん……」
「え、ええ。良かった……わね?」
ぎこちなく再開の挨拶を躱す倫世と寧々子。
死んでいたはずの仲間といきなり出会えば仕方のない反応だろう。
「今……状況は……?」
倫世が躊躇いがちにそう切り出した。
この場にいる女神候補はマリアだけ。
悠乃と薫子がいない。
だからこそ戦争の行方を想い、倫世は聞き辛そうにしているのだろう。
「…………あっちで戦ってるにゃん」
寧々子は視線で戦場を示す。
「な……!」
そこにいる4人を見て、倫世は目を見開く。
蒼井悠乃。
朱美璃紗。
金龍寺薫子。
そして――女神リリス。
「リリスさん貴女は……だから……私を止めてくれたのね」
倫世の目から一筋の涙が流れた。
その意味は、美月には分からなかった。
VSリリスはあと2話くらいで終わります。
それでは次回は『《最果ての此方》』です。




