最終章 72話 破滅の祈り
連休明けで連載再会です(ストックができているとは言ってない)
「大体、正義感だけで正義を為そうとすること自体が破滅的だと想うんだヨネ」
リリスは笑う。
――ボトリ。
肉塊が曼荼羅に落ちる。
それは彼女の腕だった。
千切れかけていた腕が、ついに自重に耐えかねて落ちたのだ。
すでに天美リリスは致命傷を受けている。
そもそも、立てていることが異常なほどだ。
「あは……! 滅ぶ寸前の世界巡りなんて――破滅的だヨォ」
「天美……リリス?」
彼女に突き飛ばされたイワモンたちは驚愕に目を見開いている。
ここにリリスがいることは、それほどありえないことだったから。
「む……無茶だ……! 君は女神適正者じゃない……! まともな形でシステムに組み込まれることはない……! 運が良くても廃人だ……!」
イワモンは叫ぶ。
――結局のところ、悠乃たちは女神システムの全容を把握しているわけではない。
だがイワモンたちがあれほど適性にこだわっていたのだ。
女神適性の有無は絶対的なものなのだろう。
規格の違う部品で機械は動かない。
そのように、適性者でないリリスが女神の座につくことは無茶なのだろう。
「ッ……!」
曼荼羅から伸びた腕がリリスの体に絡みつく。
その光景にイワモンは歯噛みする。
「やはり拒絶反応が出ている……!」
大量の腕がリリスへと殺到した。
腕が触れた部位からリリスの肌が黒く変色してゆく。
どう見ても正常な状態ではない。
あれはまるで罰を与えているかのようだ。
人が神の力を求める。
その傲慢を打ち砕くように――
「あぁ……くだらないヨネェ?」
だが、彼女が抱く傲慢はあまりに強大すぎた。
――腕から神々しい光が失われてゆく。
それどころか黒く、禍々しく染まっていった。
リリスは侵蝕されるどころが、逆に腕を蝕んでいる。
あれではもはや悪魔の腕だ。
「――あの子でも変えられなかった私の性根を」
「お前たちが変えられるわけがないのよっ!」
リリスの叫びにはこれまでにない毛色があった。
だがそれを気に留める暇もなく異常が進んでゆく。
今や曼荼羅の半分ほどが黒に染まっている。
「まさか……ありえるのか?」
イワモンは茫然と呟く。
「不適格者が……その精神性だけで女神に至る。……いや、システムに干渉することで……無理矢理に自分へと資格を与えさせた……?」
黒の侵蝕は進行する。
ついに陣のすべてが黒くなった。
それがキッカケだったのだろう。
リリスを捉えていたはずの腕が退いている。
陣が――天美リリスを受け入れたのだ。
否、受け入れさせたのだ。
「………………あはっ」
リリスは笑う。
黒い陣の中心で。
――彼女の腕が再生する。
おそらく再構築されているのだ。
人間の肉体から――女神の肉体へと。
「《女神戦形》」
「――――《Evvを蝕mm・死w告gelm神m》ゥゥ!」
リリスの声にノイズが混じった。
おそらく、女神システムへと強行な干渉を行ったためだろう。
彼女の《女神戦形》にバグが現れたのかもしれない。
彼女の背には歪んだ光翼。
破滅の女神。
反転した女神。
無秩序の女神。
そこにいるのは女神であって女神ではない。
「あれが……新しい女神」
イワモンは空を仰ぐ。
そこには破滅を願う女神が浮かんでいた。
「女神としての役割を果たす上で大事なのは正義感じゃナイ」
リリスは微笑む。
「破滅を愛でる心」
女神は何度も滅びと直面する。
そのたびに心を痛める善良さなど必要ない。
むしろそれは足枷だと。
そうリリスは語る。
「本来なら死ぬはずだったアタシは女神となる代わりに死なず、半永久的に破滅する世界を愉しめる。アンタたちは、当初の望み通りに女神システムから解放される。まさにウィンウィンってやつでショ?」
「――リリスちゃん」
マリアの目には涙が浮かんでいた。
リリスが起こした暴挙。
それはまるでマリアを――
「え……?」
――マリアの周囲が吹き飛んだ。
その原因はリリスだ。
彼女の指先からノータイムで放たれた《魔光》がマリアを襲ったのだ。
地面ごと吹き飛ばされて彼女は尻餅をつく。
「ぇ……どうして?」
困惑した表情でマリアはリリスを見つめている。
そんな彼女にリリスは笑いかける。
狂気に満ちた笑顔で。
「粛清に決まってるデショ?」
「粛……清……?」
「だってアタシは女神だカラ。戦争の原因になった世良マリアとイワモンを粛正するのがお仕事なワケ」
この戦争。
その根幹にあるのは、イワモンがマリアを助けようとしたこと。
女神の役割が、滅びの要因を摘み取ることであるのなら――その標的となるべきなのが誰かは言うまでもない。
「分かったらァ――」
「はあああああああああああああ!」
リリスの追撃を防ぐため、悠乃は跳んだ。
彼女へと横から迫り、氷剣を振り抜く。
「ッ……!」
リリスは攻撃を中断して氷剣を躱した。
彼女はさらに上空で陣取り。
「どういうつもりなワケ?」
「もう、マリアが滅びの要因にならないことは分かってるんでしょ?」
悠乃はそう問いかけた。
「君のおかげで、マリアは女神システムから解放された。だから彼女が世界の秩序を崩す理由はもうない。――この世界は救われたんだ」
悠乃は氷剣をリリスへと向けた。
「ならもう粛清の必要はない――間違ってる?」
「間違ってないけど、アタシが満足しないんだヨネ」
リリスの周囲に魔弾が浮かぶ。
彼女の号令であのすべてが《魔光》として敵を焼き尽くすだろう。
「じゃあ、こういうのはどうカナ?」
リリスは笑う。
「完全無欠のハッピーエンドが欲しいなら――アタシを壊してみてヨォ!」
リリスの魔力が膨張する。
重力が倍増するような感覚。
そのプレッシャーだけで冷や汗が止まらない。
――天美リリスは女神として世良マリアに劣る。
彼女ほどの魔力を感じない。
紛い物であるがゆえに、その完成度が低いのだ。
しかし相手に与える恐怖感となれば話が変わる。
純粋無垢なマリアが与える威圧感と、ドロドロとした悪意を纏うリリスでは相手に与える影響が違う。
対峙しているだけで体が震えるほどに恐ろしい。
今の彼女は女神で、魔神よりも魔なる存在だった。
(駄目だ……彼女の雰囲気に呑まれちゃ駄目だ)
悠乃は深呼吸する。
あと少し。
あとほんの少しで、幸せな未来が待っている。
リリスがいうところの完全無欠のハッピーエンドが。
「悠乃」
「悠乃君」
「ぁ――――」
悠乃の傍らに二人の少女が現れる。
朱美璃紗。
金龍寺薫子。
ここに――始まりの三人が揃った。
「こいつがラストバトルってわけだな」
「ええ。すべてがここで、終わります」
「…………うん」
3人はリリスを見据える。
彼女はそれでも壊れた笑みを崩さない。
「それじゃあ――ボーナスステージの始まりだヨォ?」
ラストバトルはVS女神リリスです。
それでは次回は『もう一度世界を救うために』です。




