最終章 71話 もう、寂しくないよ
本当のラストに向けてのお話です。
「一つ、聞いて欲しいことがあるんだ」
そう言ってイワモンは踏み出した。
きっと《貴族の決闘》の反動だろう。
世良マリアは決闘に負けた。
だからイワモンの体には凄惨な傷が刻まれている。
一歩ごとにこぼれる血液。
きっとイワモンも――長くない。
悠乃の目から見て、彼の体は死へと踏み込み始めていた。
「きゃ……!?」
その時、マリアの足元に曼荼羅が浮かび上がった。
神々しい光が彼女を照らし出す。
だが一方で、マリアの顔は青ざめていた。
「や……やだぁ……! 呼ばないで……行きたくない……行きたくないよぅ……!」
彼女は腰を抜かす。
そこにいるのは女神ではない。
恐怖に震える普通の少女だった。
――おそらく、あの曼荼羅は召喚陣。
女神マリアを、救われるべき世界に呼び出すための陣。
世良マリアを、絶望へと引きずり込む地獄の門。
「やだ、やだやだやだぁ!」
陣から伸びた腕がマリアを掴む。
彼女はめちゃくちゃに暴れながら抵抗する。
だが腕は妄執とでもいうべき執着でマリアを求める。
それはまるで亡者だ。
マリアという人間ではなく――救済という概念だけをただ求める民衆の手だ。
誰もマリアの苦悩に気をとめない。
助けて。助けて。助けて。
ただ、女神に助けだけを求める。
ついに彼女は身動きが取れなくなった。
これでは救世主ではなく咎人だ。
「マリア……。聞いて欲しいんだ」
そんな彼女に、イワモンは語りかける。
だが切迫した状況でマリアに冷静さなど残っているはずもない。
「こんな時に話を聞いてなんて――!」
「僕も一緒に連れて行ってくれ」
――イワモンが陣に足を踏み入れた。
「…………ぇ?」
「僕も一緒に、君の旅へ連れて行ってくれないか?」
マリアは目を見開く。
彼女は信じられないものを見たような目でイワモンを見つめていた。
――当然だ。
この召喚陣に入ったということは、マリアと共にいるということ。
マリアと共に、女神システムに組み込まれるということ。
終わらぬ絶望に沈むということ。
そんなイワモンの行動を見てマリアは――
「……ダメだよ……イワモン。来ちゃダメ……!」
「いいや。行くよ」
イワモンはマリアの目の前に立つ。
二人の額が合わさった。
「僕は、女神システムからの解放だけが君を救えると思っていた」
イワモンは語りだす。
この上なく優しい声で。
「でも、もっと単純な話だったのかもしれない」
イワモンは微笑んだ。
「僕は君と一生添い遂げる。終わらない絶望を、共に歩いていこう」
「……イワモン?」
「君をもう……一人で戦わせたりはしない」
(――そうか)
二人のやり取りを見つめ、悠乃は考えていた。
(マリアは女神システムから脱却し、人間として生きることを目指していた)
だが、違ったのだ。
(でも本当にマリアが望んでいたものはそれじゃなかった――)
(本当に彼女が望んだのは――孤独を癒してくれる人)
マリアの苦しみを理解しようと努力し、助けるために命を懸けた。
そんなイワモンの存在そのものがマリアを救っていた。
どう生きるかではない。
誰と生きるか。
それがマリアには大切だったのだ。
「…………イワモン」
マリアの目から涙がこぼれた。
彼女は震える唇で言葉を紡ぐ。
「戦うのは痛いよ? 寂しいよ? …………良いの?」
「当然だ。マリアと痛みを分け合えるのなら本望。二人なら――寂しくない」
「…………そっか」
マリアを戒めていた腕が消えてゆく。
――きっと、マリアが運命を受け入れたから。
女神システムの一部として生きることを決めたから。
無理に引きずり込む必要がないと判断されたのだ。
「ごめんねイワモン……イワモンまで、巻き込んじゃった……」
「こちらこそすまない。美味しいものを食べさせてあげられなかった。楽しいことを教えてあげられなかった。綺麗な景色を見せてあげられなかった。
「――君が守った世界はこんなに素晴らしいのだと教えてあげられなかった」
「僕は、君にしてあげられなかったことだらけだ」
「…………そうだね」
マリアは否定しない。
だがその表情に非難の色はない。
ただ穏やかな微笑みを浮かべ。
「でも…………もう、寂しくないよ」
「それは――良かった」
イワモンは目を閉じた。
二人は抱き合う。
二人の間にある愛情は紛れもない本物だった。
この二人を隔てるものはない。
摂理という残酷なシステムでさえ、二人の心を砕けない。
――曼荼羅が光を増してゆく。
きっと時間が近づいているのだろう。
マリアが。
イワモンが。
女神として次なる世界に呼び出される時間が。
「ねぇイワモン……」
「なんだい?」
「これから苦しいことも辛いこともいっぱいあると思うけど――」
「「――――二人で一緒に生きよう」」
☆
(温かいなぁ)
マリアはイワモンを抱き寄せる。
胸が温かい。
それはきっと彼の体温だけではないだろう。
(初めて、あたしを助けてくれた人)
女神であるマリアは、いつだって助けを求められてきた。
マリアの心があげていた悲鳴にも気付かずに。
そんな彼女に手を差し伸べたのが彼だった。
マリアのSOSを受け取ってくれた。
解放はなされなかった。
だが、救済された。
確かに、マリアの心は救われた。
「人間には戻れなかったけど――」
――好きな相手とずっと一緒にいられるのも良いかもね?
マリアは目を閉じる。
そして待った。
次の戦場を。
破滅に侵食されている世界を待った。
でもきっとそれは、これまでほど絶望に満ちた戦場ではないのだろう。
(ああ……)
「ねぇ、イワモン。あたし――」
「妥協して満足とか……考えられないんだケド」
「え……?」
何者かがマリアの背中を押した。
彼女の体は前に倒れ――曼荼羅から弾き出された。
(そんな――ありえない)
あるはずのないエラーにマリアは困惑する。
あの曼荼羅は召喚陣。
たとえ逃げようとしても、陣は女神を追ってくる。
――陣の外に出てしまうなどありえないのだ。
(まさか――)
とはいえ例外がないわけではない。
曼荼羅は召喚陣。
召喚されるべき標的を逃さない。
――逆にいえば、陣の中に誰かがいたのならば部外者が陣を離れることは可能。
「そんなに嫌なら、やめちゃえばいいと思うんだケド? 女神なんてサァ?」
黒髪が揺れた。
曼荼羅の中心には、一人の魔法少女がいた。
口元を三日月形に歪めて。
千切れた腕から大量の血を流して。
今にも死にそうな体で、彼女は立っていた。
「アタシが女神になれば――万事解決デショ?」
少女――天美リリスはそう言った。
1、世良マリアが女神続投 (ノーマルエンド)
2、蒼井悠乃が女神化 (バッドエンド)
3、金龍寺薫子が女神化 (バッドエンド)
4、美珠倫世が女神化 (ノーマルエンド)
5、天美リリスが女神化 (トゥルーエンド)
5は隠しルート扱いで、ゲーム風にいえば『リリスとの親愛度が一定以下』『雲母の救済イベント発生』『世良マリアに勝利』の条件を満たすことで現れるルート……という感じですかね。
それでは次回は『破滅の祈り』です。
先日言った通り、数日休むかもしれませんがご容赦を。




