表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
最終章後編 天魔血戦・滅亡編
283/305

最終章 70話 潰えた夢の跡

 救われない少女が救われる未来は果たして訪れるのか。

「あ~あ。綺麗だなぁ」

 地に倒れ、マリアは空に手を伸ばす。

 血に染まった彼女の体に雪が降る。

 彼女の体には斜めの傷が刻まれていた。

 その傷は深く、修復が進む今でも血があふれている。

 たとえ体が癒えても、もう彼女は戦えない。

 ――マリアは敗北したのだ。

「これは……死んじゃうなぁ」

 マリアは微笑む。

 すでに血を失い過ぎている。

 女神といえど、生命維持ができる状態ではない。

「でも、女神が完全に死ぬことはないんだよ」

 マリアは悠乃を見つめる。

「女神が死ぬのは世界の破滅を意味するから。何度死んでも、生き返る」

 マリアは身を起こす。

 血は止まらない。

「死んでも、次の瞬間には生き返って。悠乃お姉ちゃんたちを倒すよ……そしてあたしは――人間に戻るの」


「それは――無理だよ」


 悠乃が告げたのは、おそらくマリアにとってもっとも残酷な言葉だった。

「女神が現れるは、世界が滅びの危機に瀕した時」

 ――でも、見てよ。

 悠乃は周囲に視線を巡らせた。

 そこには――


「こうして魔法少女と《怪画》が手を取り合って、君を倒した」


「僕たちはもう――争わない」


 そこには敵も味方もなく団結した少女たちがいた。

 女神という共通の敵を前に、共に戦う者たちが。


「ここにはもう――()()()()()()()()()()()()


「マリア。君がこの時代に呼ばれることは――もうないんだよ」


 女神は世界の危機に現れる。

 だが、悠乃たちが争うことはない。

 それは世界の危機が消滅するということ。

 だから女神がいくら蘇ろうとも、この時代には呼ばれない。

 ――マリアを人間に戻すために用意されたこの時代には。

「確かに、君を完全に殺すことはできない。でも、僕たちにとっては一回で充分だったんだ。たった一回で、君をこの時代から追放できる」

「ぁ……ぁ……」

 マリアの目から涙があふれ出す。

 理解したのだ。

 ――夢が潰えたことを。

「いや……いやだよぉ……死にたく、ない……!」

 マリアは地を這う。

「やだ……女神になんて戻りたくないよぉ……」

 彼女は両手で悠乃に縋りつく。

 涙で顔を濡らし、懇願する。

「殺さないで……。助けてよぉ……悠乃お姉ちゃん……」

「…………!」

 助けを乞う少女の嘆き。

 それは悠乃の心を抉る。

 だが――

「ごめんね。僕は、君を救えない」

「…………!」

 マリアの表情が絶望に染め上げられる。

 彼女の体から力抜け、崩れ落ちた。

「イワモン……! イワモンはどこ……!? 助けて……助けてよぉ……!」

 マリアは子供のように泣きじゃくる。

「いやだぁ……! なんで、人間なんかのために頑張らないとダメなの……!?」

 マリアは吐き出す。

 悲痛な怨嗟を。

「人間なんて――大っ嫌い……!」



 ――最初は、単純な動機だった。

 泣かないで欲しい。

 笑って欲しい。

 そんな馬鹿みたいな理想論。

 本来なら机上の空論で終わる子供の夢。

 だが幸か不幸か、マリアにはそれを実現する力があった。

 突然変異と称すべき異能力。

 ――マリアには、人間が持ちえない力があった。

 それを操り、新たな概念を作った。

 この世界に、新しい神を作った。

 そうして、マリアは戦い続けた。

 千年。その何百倍もの時間を。

 それでも良かった。

 それでも良いと――思っていた。

 そんな想いが砕かれるまでに時間はかからなかった。

「素体に記録された記憶。それを見るのが、あたしの唯一の楽しみだった」

 世界に危機が迫った時、世界にはマリアの素体が現れる。

 女神が降臨するための準備を整えるために。

 だから素体は運命に導かれる。

 世界の危機の情報を集める未来に。

 でも、それだけではない。

 素体の記憶には、平和な日常もある。

 それだけが、マリアの心を慰めてくれた。

「でも……平和な世界で、みんな不満ばっかり」

 マリアの微笑みは自分で分かるほどに引き攣っていた。

「ねぇ……知ってるの?」

 誰にも届かない問い。

「この世界を守るために、あたしがどれだけ頑張ったと思ってるの……?」

 そんな不満が積もっていった。

「ねぇ……笑ってよ」


「あたしが守った世界って……そんなに嫌だった?」


「人間なんて……嫌い」

 誰かを助けたくてなったはずの女神。

 だが結果としてマリアは、全てを呪わずにはいられなくなった。

「あたしがすべてを懸けて守った世界に不満ばっかり漏らす人間が嫌い」

 噛んだ唇から血が流れた。


「そんなに不満なら……滅んでも良いよね?」


「あたしは、あたしのために生きて……良いよね?」


 それがすべての始まりだった。

 マリアが抱いた不満が膨れ上がった。

 女神という役割を捨てる決意をした。

 ――イワモンの手を取ると決めた。

 人間として日常を生きると決めたのだ。



「でも……駄目だったなぁ」

 力なくマリアは笑う。

 涙は枯れ、空虚な笑いだけが漏れる。

 彼女の心は砕け散っていた。

「ねぇイワモン……」


「こんな残酷な夢ってないよぉ…………」


 マリアは死を待つ。

 血は止まらない。

 5分と待つことなく、彼女は死ぬ。

 そして戦いの輪廻に囚われるのだ。

 永遠に、誰からも助けられることなく。


「そうだ。僕は、君に残酷な夢を見せてしまった」


「…………イワモン?」

 戦場に、白猫が舞い降りた。

 白猫――イワモンはゆっくりとマリアに歩み寄る。

「ごめん。マリア。僕は――君を救えなかった」

「謝っても……許せることじゃないよぉ……」

 マリアは肩を震わせる。

「本当に嬉しかったんだよ? これまでの絶望を忘れられるくらい。また会える日までの絶望を塗り潰すくらい」


「信じてたのに…………ばか」


 マリアの涙声を受け止め、イワモンは目を閉じる。

 そして彼は穏やかな微笑みを浮かべた。

「マリア――――」


「一つ、聞いて欲しいことがあるんだ」

 次の話を投稿したら、もしかすると数日休むかもしれません。

 ストックなしで最終章を駆け抜けましたが、大切なラストだからこそ少し余裕を持って話を整理したいと思いまして……。

 

 それでは次回は『もう、寂しくないよ』です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ