最終章 68話 Deicide5
Deicide編は6で終わりの予定です。
たった一筋の光明。
圧倒的な力量差を前にしてしまえば、あまりにもか細い希望。
だがそれが、悠乃たちに力を与えてくれる。
「まだ……終わりじゃ……ない……!」
悠乃はゆっくりと立ち上がる。
体は重い。
だが、しっかりとした足取りでこの地に立つ。
彼女だけではない。
他の皆も、傷だらけの体を持ち上げている。
彼女たちの目には強い覚悟が宿り、マリアへと向けられている。
「たった一つ綻びが見えたくらいで……張り切りすぎだよもぅ」
マリアはため息を吐き出した。
すでに彼女に傷はない。
彼女はあらゆる魔法の原点。
ゆえに、治療魔法も彼女は使えるのだ。
――おそらく、あらゆる魔法少女よりも高次元で。
「いや……二つだ」
玲央がそう呟いた。
彼は満身創痍でありながら、不敵な笑みを浮かべている。
「その《象牙色の悪魔》とかいう魔法。そいつにもボロが出ちまったらしいな」
玲央は続ける。
「もし完全に未来を演算できるのなら、ギャラリーを攻撃してカウンターを食らうわけがない。あらかじめ気付けるはずだからな」
それはある意味で当然のことだった。
確かに《女神に外れる道はない》の弱点はカウンター。
しかし、《象牙色の悪魔》による未来演算ならばその結果も先に知ることができたはずなのだ。
それなのに、マリアはその結末を見落とした。
「未来演算なんていうくらいだ。未来予知とは違って、なんの脈絡もなく未来を知れる能力じゃないんだろ? 世界に存在するあらゆる要素を考慮し、未来を計算する。つまり――」
「世界にノイズが混じれば、数式は難解になり解けなくなる」
――戦場に雪が降りだした。
吹雪とはいえない。
だが、決して少ないともいえない雪。
視界が完全に潰されることはないが、目につく程度には多い降雪。
「オレも幻術を使うから分かる。こういう悪天候は、複雑な演算を必要とする能力にとってはノイズとなる」
この雪景色はおそらく玲央が作りだした幻術だ。
そうやってマリアの演算能力に負荷をかけているのだ。
「っ……!」
マリアの目から血が流れた。
血の涙が頬を伝い、地面に溶けた。
赤い雫が、白い雪に染み込む。
「バタフライエフェクトなんて言葉があるくらいだ。未来を計算するためには、この世のすべてを数式に組み込む必要がある。元々、負担が小さい魔法じゃないはずだ」
意図的な数式の複雑化。
それがマリアの脳を蝕んだ。
あの血涙がその証明だ。
「完全に無効化とまではいかないだろうけどよ……大分、未来の見落としが増えたんじゃねぇか?」
「っ~~~~~~~!」
マリアの表情が悔しげに歪む。
――マリアが苛立っている。
それはつまり、余裕がなくなりつつあるということ。
想定よりも長引く戦いに、焦燥を覚えつつあるということ。
ここにきてやっと、悠乃たちの努力が女神の掌を跳び出そうとしている。
「これがラストチャンスだっ! 一気に押し切るんだっ!」
悠乃はそう叫ぶ。
このタイミングでマリアを倒す。
全員が全霊を懸けて攻勢に移る。
これで倒しきれなかったのなら、もう勝利のチャンスはない。
正真正銘、最後の戦いだ。
「《反転世界》……!」
花嫁衣装を纏う美月。
彼女の手元から、影の手裏剣が消えた。
「甘いよっ」
マリアが横に跳ぶ。
すると彼女を掠めるようにして手裏剣が出現し、飛んで行った。
「あたしは女神。現在・過去・未来。並行世界をも掌握した存在なんだよっ。だから――反転世界に隠された攻撃でも認識できるっ……!」
「ええ――予想できていましたよ」
マリアの言葉に、美月は微笑む。
「でも、並行世界まで見なければならないとなれば――演算の負荷は増えますよね?」
「っ……!」
マリアの表情が歪む。
頭を押さえ、わずかに足元がふらつく。
おそらく脳への負担が影響し始めているのだ。
――美月が放った認識不可の攻撃はマリアの脳へのダメージを増やすためのもの。
彼女の目論見は成功したということだ。
「せやぁーっ」
春陽は滅茶苦茶な方向に光刃を飛ばす。
狙いは荒く、拡散する刃。
「自分でも予想つかない攻撃だからねー。読むのは大変だよー?」
「ああもうっ!」
マリアが声を荒げる。
光刃が体を掠めたのだ。
――《象牙色の悪魔》による演算にミスが発生したのだ。
不規則で予測不能。
そんな攻撃が、彼女の計算を狂わせ始めている。
「《不幸の先払い》」
戦場の中心で雲母は祈る。
彼女の体が裂け、血が噴き出す。
それでも彼女は祈りを捧げ続けていた。
「悲劇の涙なら乗り越えた。だから未来は美しいはず」
世界に光が降り注ぐ。
それらは悠乃たちに力を与えた。
「――次の一手、この場の全員に最高の幸運を」
おそらくこの魔法はあらかじめ雲母が不幸を背負うことで、周囲の人間に幸運を与えるもの。
次の――最後の一手は、雲母によって祝福された。
「行きますよぉ」
アッサンブラージュが地面を殴りつけた。
地震のような衝撃。
それは地面をめくり上げ、マリアの周囲を砂煙で覆い隠す。
「女神の眼は、あらゆる罪を見逃さないんだよ」
「特に、罪深い異教徒の姿はね」
マリアの手元に十字剣が現れる。
光が作りだした剣。
それが狙うのは――
「遅いよ」
マリアの目が移すのは、砂煙から跳び出すシズル。
シズルはマリアの斜め後ろから襲いかかっていた。
死角を狙った攻撃。
だが、マリアは隙を晒さない。
「『斬る』という過程を跳躍する」
マリアは剣を振るわない。
ただ、シズルの首を落とすという結末だけを手にした。
しかし――
「《極楽冥土》」
マリアを三人のシズルが襲う。
それでもマリアは微笑んで――
「遅いって言ってるでしょ☆」
幾条もの剣閃。
マリアが振るう光剣は結界のように周囲の者を切り刻む。
「因果跳躍がないと剣が使えないと思った?」
世良マリアは数えきれない戦場を経験しているのだ。
彼女が弓以外にも精通している可能性は、充分に考えられることだった。
シズルが血飛沫をまき散らして倒れる。
さらに彼女が現れることは――ない。
「ゆくのじゃっ!」
エレナが声を上げる。
彼女の瞳は、悠乃へと向けられていた。
通じ合う二人の心。
そして二人は手を取り合った。
「ぬぅ――はぁぁっ!」
エレナは体を回転させ、悠乃を投擲する。
悠乃が目指す先は当然、マリアだ。
「真正面からなんて――」
マリアは光剣を構える。
だが無駄だ。
二人の間合いが重なる直前――悠乃の姿が消えた。
「!」
マリアが目を見開く。
悠乃は、そんな彼女を見つめていた。
――マリアの背後で。
「《虚数空間》」
戦場では、薫子によってギャラリーの傷が癒されていた。
光を取り戻したギャラリー。
彼女は空間転移によって悠乃の座標を変えたのだ。
「『回避』という過程を跳躍っ」
マリアが声を上げる。
だが――
「なんでっ……!?」
しかしマリアはその場で倒れた。
彼女の足から血が流れている。
靴が脱げ、足の皮が剥がれている。
彼女の裸足から血があふれ出している。
あの状態では立ち上がることも困難だろう。
「そりゃあ――」
声が聞こえた。
声の主は、音を消して近づいていたメディウムだ。
彼女の指先が触れている。
シズルを中心に広がる血だまりに。
――マリアが踏んだ血液に。
「地面に足がくっついていたら、そうなるってわけだ」
メディウムの能力で、マリアの足は血だまりに固定されていたのだ。
それに気付かず、マリアは因果跳躍をした。
回避という結末に至った。
――足の皮を剥がしながら血の池を抜け出したという過程を経て。
因果の跳躍をしていなければ、マリアは血だまりに縫い付けられていることを理解した時点で他の手を打っていただろう。
だが因果を跳躍する過程にマリアは介入できない。
ゆえに途中で回避行動をキャンセルできず、足を負傷した。
「行け悠乃っ!」
悠乃の背後に璃紗が現れる。
交錯する視線。
二人は頷き、悠乃は璃紗を蹴りつけた。
彼女を足場にすることで、悠乃は空中で軌道を変えてマリアを追う。
「っ――」
「逃がさないにゃん!」
後退しようとするマリア。
その背中を押さえつけたのは寧々子だ。
寧々子がマリアの背を押し、彼女の後退を阻む。
マリアは判断ミスをしたのだ。
あの場で因果跳躍を躊躇った。
因果跳躍を利用されて大怪我を負った直後だったから『もしかしたら』という思いがよぎったのだろう。
そうしてマリアは魔法に頼らない回避を選び――失敗した。
もう因果跳躍は間に合わない。
「はぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああっ!」
悠乃は叫ぶ。
そして拳を握り――
――マリアの顔面を殴り抜いた。
次回でマリアとの戦いも決着がつきます。
それでは次回は『Deicide6』です。




