最終章 67話 Deicide4
少しずつ悠乃たちの逆転が始まります。
「《色のない楽園》」
四面楚歌の状況で、マリアが魔力を解き放つ。
ただただ強大な魔力。
それは衝撃波であり、魔力の嵐だ。
マリアを中心として球形状に広がる魔力の暴力。
地面がめくれ上がり、破壊が規模を増してゆく。
その破壊は、女神の命を狙う者たちにも及んだ。
魔力の奔流に呑まれ、悠乃たちはその場から吹き飛ばされる。
世界が破壊音に包まれた。
「……ぁ」
気が付くと、悠乃はガレキの上に倒れていた。
どうやら、一瞬とはいえ気絶していたらしい。
周囲の建物はすべて崩落し、散らばった残骸のせいで地面が見えない。
「みんな――は」
悠乃は身を起こし、全員の無事を確かめようとした。
そして――絶望する。
「そんな……」
誰も起き上がらない。
璃紗も。
薫子も。
美月も。
春陽も。
エレナも。
ギャラリーも。
玲央も。
寧々子も。
雲母も。
シズルも。
メディウムも。
アッサンブラージュも。
みんな、ガレキの海に倒れ伏していた。
衝撃で意識を失っているのか、誰も動かない。
あれだけいた味方が、今は一人も残っていない。
みんな、倒された。
たった一撃の魔法で。
「ん~☆」
町に作られた広大なクレーター。
その中心でマリアは呑気な声を漏らす。
彼女は顎に指を当て、何かを思案していた。
「じゃあ、誰からとどめ刺そうかなぁ?」
きっとそれはマリアにとって些細な悩み。
危険度などで敵を識別する必要さえない。
気の向くままに敵を蹂躙したのなら、それですべてが終わる。
優先して倒すべき敵などいないのだ。
――意識を取り戻した悠乃さえ数に入らないほどに。
「じゃあ~決めた☆」
マリアが指で示したのは――エレナだった。
「うんっ。やっぱり女神としては、魔神の種は最初に消さないとダメダメだよね☆」
マリアがエレナに向かって歩き出す。
一方で、それに対してエレナが反応することはない。
先程のマリアの一撃を、彼女はかなりの至近距離で受けていた。
意識は完全に落とされており、身じろぎさえしない。
純白にして潔白の花嫁衣裳は泥にまみれ、破れている。
崩落した建物に使用されていたであろう鉄筋が剥き出しになり、彼女の手足を突き抜けている。
鉄筋により縫い止められている彼女の姿は、まるで磔にされているようにも見える。
「エレ……ナッ!」
悠乃は叫ぶが、すぐに血の混じった咳をしてうずくまる。
さっきのダメージが内臓に響いているのだ。
あまりにも切迫していて気付かなかったが、よく見れば悠乃の右足は不自然に曲がっていた。
吹き飛ばされた際に折れていたようだ。
どうりでエレナの下に駆けだそうにも立ち上がれないはずだった。
「《氷天華》……!」
無駄だとは分かっている。
それでも悠乃は手元に氷銃を精製する。
そんな足掻きをする間にも、マリアとエレナの距離が縮まってゆく。
――マリアが足を止めた。
彼女の武器は弓。
敵を殺すのに、近づく必要はない。
だから、歩み寄ったのはただの気まぐれ。
その気まぐれが――終わった。
「それじゃあ~」
「待ちな……さいよ……!」
マリアとエレナ。
二人を隔てるように少女が現れた。
ピンクのツインテールを泥だらけにして。
ガレキに挟まれたせいか潰れかけた片足を引きずって。
少女は――ギャラリーは這うようにしてマリアの前に立ちふさがる。
「お姉様は……殺させない」
ギャラリーはマリアの道を遮る。
地面に座り込みながらも、その全身で射線を防ぐ。
「ん~無駄だと思うけどなぁ」
「黙りなさいっ……!」
一瞬、ギャラリーの目が光る。
そして発動するのは、視界を空間ごと固定する能力。
「――《魔姫催ス大――」
「えい☆」
マリアは指を横に軽く振った。
すると――
「んぁぁっ……!?」
ギャラリーの顔面に横一線の傷が引かれた。
眼球の上をなぞるように――。
「ぁ……ぁぅ……」
両目を潰された痛みに、ギャラリーはうずくまる。
女神にとっては容易いのだ。
このように『目を潰す』という過程を跳躍してしまえば、マリアは一瞬で敵の光を奪える。
研ぎ澄ませた力も、起死回生の一手も。
すべて些事と投げ捨てられる。
神の前では、全てが等しく無価値。
「まだ――まだ……」
ギャラリーはうめく。
それでも、再び身を起こしていた。
そして、エレナの盾となる。
「やっと……なのよ。もう少しで、お姉様が心の底から笑える未来が来るのよ……。ここで、終わらせるわけにはいかない……。それだけは、いや……」
「面倒だなぁ。抵抗しても1秒か2秒しか変わらないんだよ?」
「――構わないわ」
ギャラリーは笑う。
潰れた目から血の涙を流し。
それでも、マリアを見据えている。
気迫だけで伝わってくる。
「アタシが無様に倒れた1秒が、お姉様の1秒になるなら……本望よ。いくらでも惨めな姿をさらしてあげるわ。そして、何度でも立ち上がる」
「ふ~ん。ていっ☆」
「ッ~~~~!?」
ギャラリーの足が飛んだ。
白くて細い脚が宙を舞う。
――綺麗な切断面をのぞかせて。
軽い調子で行われるには、あまりに甚大なダメージだった。
「つ……次はどこかしら……? また足……かしら。腕でも――好きにすればいいわ」
ギャラリーは態度を崩さない。
足を失っても、一歩も引かない。
「じゃあ、面倒だから次は心臓だね☆」
そんな彼女の覚悟をマリアは意にも介さない。
殺害予告。
そしてそれは、きっと避けられない。
「なら――やりなさいよ。心臓が潰れても、血をすべて搾り出すまで生きて――抗ってやるんだから」
「ふ~ん。じゃあ行くよ~☆」
マリアは特に関心なさげにそう宣言した。
心を注ぐことなく、命を摘み取ろうとしている。
「ギャラリーッ!」
悠乃は力の限り氷弾を射出する。
氷弾は散弾となりマリアを狙う。
それが少しでも彼女の動きを止めてくれたのなら――
「初雪だね~」
だが、届かない。
マリアを囲む魔力の薄膜が氷弾を防ぐ。
氷弾は砕け、ダイヤモンドダストとなり彼女を彩る。
「良かったね? 最期の景色がこんなに綺麗で――って、目、潰しちゃってたねぇ~☆ ごめんね、すぐ痛くなくなるから」
マリアが笑う。
「ほら。俗世のあらゆる悩みから解放される最高のお薬だよ☆」
分かる。
次の瞬間には、マリアの矢がギャラリーの心臓を撃ち抜く。
そうして、彼女は命を落とすのだ。
「だめぇぇぇぇぇっ!」
力の限り悠乃は叫ぶ。
だが、その声には何の力も宿らない。
変わらぬ運命を変えるには、あまりに矮小だった。
「ごめんなさい……お姉様」
「あの世で待ってるから……ずっと後で会いに来て」
そんな遺言と共に、ギャラリーの表情が安らかなものとなる。
そして――
「……………………え?」
――世良マリアの心臓に穴が開いた。
マリアの口から血が垂れる。
彼女の胸には矢が刺さっている。
マリアが使う魔力の矢が、彼女を刺し貫いていた。
「まだ……運命に見放されたわけじゃなかったみたいね」
ギャラリーは笑んだ。
目を潰され、足を奪われた。
それでも、不敵に笑う。
「それが――因果跳躍の弱点ね?」
「ごぶ……!」
マリアが血の塊を吐く。
彼女はすぐに治療魔法で回復するが、かなりの量の血を失っていた。
失った血液は、確実にマリアの力を削いでいる。
「アンタの魔法は過程の省略。そして、その最大の弱点はアンタ自身も省略された過程を理解していないこと」
ギャラリーは語る。
過程の跳躍。望む未来への直結。
そんな卑怯ともいえるほどに高次元の魔法。
「過程という面倒を嫌ったからこそ、そこにあった大切なものを見失う」
「それは――」
マリアの目が見開かれる。
彼女の視線の先にあるのはギャラリーの胸元。
――そこに開いた小さなゲート。
「アンタは跳躍する過程を理解していない。だから『アタシの心臓を撃ち抜こうとしたけれどゲートに阻まれる』という過程を跳躍し、『ゲートから転移した矢が自分に刺さる』という結末を掴んでしまったのよ」
「つまり《女神に外れる道はない》の弱点は――カウンター」
因果跳躍。
過程を省略し、結果に至る魔法。
だからこそ、過程に潜むイレギュラーが毒となる。
それこそが、女神という無欠の存在のアキレス腱だ。
通常:攻撃 (省略)→ヒット (実現)
カウンター:攻撃 (省略)→跳ね返される(省略)→自分にヒット (実現)
――という風になります。
攻撃が当たる『まで』の過程を省略するため、その途中に余分なプロセスを挟み込まれても対応しきれないのがマリアの弱点です。
それでは次回は『Deicide5』です。




