最終章 66話 Deicide3
戦いは続きます。
(みんなが隙を作ってくれたんだ――)
(最高のタイミングで――)
「《大紅蓮二輪目――》」
(最高の一撃を――!)
「――《紅蓮葬送華》っっ!」
運命に抗う一手。
この場にいるすべての者の想いを乗せ、氷刃が放たれ――
☆
――折れた。
「…………ぇ?」
悠乃の口から間の抜けた声が漏れた。
突き出された氷剣。
それは――半ばで折れていた。
練り上げ、精錬されていた魔力は放たれることはなかった。
唐突な出来事。
悠乃は氷剣を突き出した姿勢のまま困惑していた。
(な、何が――)
何が起きたのか分からない。
脳内はパニック寸前だ。
悠乃の攻撃が不発に終わった。
目論見を打ち砕かれ、全員が動きを止める。
誰も一言さえ発さず、静寂が戦場を支配する。
「あは☆」
マリアが笑う。
「ごめんね? あんまり遅いから――」
「『氷剣を折る』過程を飛び越えちゃった」
マリアの手には――折れた氷剣が握られていた。
因果跳躍。
彼女は悠乃が攻撃を放つ直前に、氷剣を折るという結末を掴み取ったのだ。
結果として、悠乃の魔法は出だしを潰された。
「そん――な……」
今のは悠乃にできる最高の一撃だった。
生涯最高といえる攻撃。
それは逆にいえば――
――これで決まらなければ敗北しかないと確信してしまう一撃だった。
「悠乃お姉ちゃん」
マリアが歩み寄ってくる。
笑顔を浮かべて。
天真爛漫な彼女の姿が、今は恐ろしい。
「最後まで希望を失ったら駄目だよ☆」
マリアが希望を説く。
背中に絶望を引き連れて。
「悠乃お姉ちゃんは、希望を振りまく魔法少女なんだから」
マリアはついに悠乃の前に立った。
だが動けない。
それほど、悠乃が受けた精神的ダメージは大きかった。
「ほら。笑顔、笑顔っ」
マリアが悠乃の手首を掴む。
力を込められていない。
まるで撫でるような動き。
なのに、悠乃の手から氷剣が滑り落ちた。
彼女の手にはもう、力がこもってなどいなかったのだ。
「えいっ」
「ぅぅッ……!?」
純粋な魔力の衝撃が悠乃を襲う。
彼女の体は容易く吹き飛ばされ、ビルに突っ込んだ。
ガレキに埋まりかける悠乃。
彼女は崩落した建物の上で手足を投げ出す。
そんな彼女の上で黄緑の火花が散った。
一瞬の光の後、空中にマリアが現れる。
彼女はそのまま重力に従い、悠乃の腹に馬乗りになった。
「悠乃お姉ちゃんは、大切な仲間のために戦う魔法少女なんだから諦めちゃダメだよ?」
マリアの手が伸びてくる。
「どんなに痛くて、苦しくても」
彼女の指が、悠乃の唇の両端に触れた。
「戦いの途中で、絶対に勝てないって分かっちゃっても」
――ほら、笑顔笑顔~☆
マリアの指が悠乃の口角を持ち上げる。
無理矢理に笑顔を作り上げ、マリアは笑う。
だが、そうやって押し付けられた笑顔は酷く引きつっていた。
世界を救う女神。
それは敵対する者にとって、魔神をも越える絶望だ。
「仕方ないなぁ」
マリアは困ったように眉をハの字にする。
「なら見せてあげちゃおうかなぁ?」
「あたしの――本気の姿を」
マリアの言葉。
同時に、彼女の魔力が跳ね上がる。
圧倒的な敵。
そんな認識さえ誤りだったと気づかされる。
悠乃たちは――マリアの敵になどなれていなかった。
「《象牙色の悪魔》」
マリアの光翼が増えてゆく。
その数は――12枚。
頭上に光輪が創造される。
幾何学の瞳は一際強い光を放つ。
その姿はまるで天使。
悠乃たち人間とは、次元を異にする存在だ。
「《象牙色の悪魔》。違う世界でALICEと呼ばれた魔法少女が持つ最強の魔法。その力は未来演算。この世に存在するすべての要素から運命の公式を導き出し、望む未来に至るための代入値を逆算する魔法」
マリアは悠乃の顎を持ち上げる。
「この魔法は、あたしが持つ最強の魔法。強力過ぎて、あたしが唯一持ち主以上の出力を引き出せない魔法」
そう言うと、マリアは満開の笑みを浮かべる。
「ほら、これがあたしの全力だよ☆ これ以上、あたしが強くなることはないんだよ☆ よ~しっ! 今のあたしに勝てたら、悠乃お姉ちゃんには明るい未来が待っているよぉ☆ 諦めないで頑張って☆」
「ぁ……」
なんと白々しい言葉だろうか。
これ以上強くならない?
それがどうしたのだろうか。
手の届かない差が、見えないほどの差に広がった。
それの何に希望を抱けというのか。
「あは……は――」
悠乃の口から空笑いが漏れる。
どうにもならない。
絶望的な隔たりを前にすると、もはや笑えてくる。
死ぬ気で越えてきた困難の結末が、こんな悪趣味な絶望。
涙さえ出ない。
「うん、うん。やっと笑ってくれたね☆」
マリアは頷く。
「やっぱり悠乃お姉ちゃんには笑顔が似合うねっ」
「よく考えたら、別に薫お姉ちゃんにこだわらなくても良かったんだよね?」
マリアの目が細められる。
――蒼井悠乃は女神適正者だ。
つまり――
「悠乃お姉ちゃん――」
「――あたしを助けて?」
「悠乃ッ!」
そこに割り込んだのは璃紗だ。
彼女は大鎌を横に薙ぐ。
その軌道はマリアの首を狙っている。
「させません!」
薫子の爆弾がマリアの頭上に投げ込まれる。
二人だけではない。
この場にいる全員が、マリアの命を狙って殺到する。
四方八方を囲まれたマリア。
魔法少女に《怪画》。
異種族が手を取り合い、神に抗う。
だが――
「《色のない楽園》」
――神にとっては些事だ。
マリアの声。
彼女の魔力が全方位に解放される。
暴力的な魔力の衝撃波。
それは女神の叛逆者を呑み込み――
――ねじ伏せた。
余談ですが《象牙色の悪魔》は次回作の主人公の能力にしようと思っている魔法です。
簡単にいえば『鑑定』『脳のリミッター解除』『思考加速』『千里眼』『未来予知』あたりを一つにまとめた能力です。
それでは次回は『Deicide4』です。




