最終章 62話 一方その頃2
ちょっと箸休めの回です。
「とりあえず身を隠しましょう」
薫子はそう提案した。
「さっきまではリリスさんの魔法のせいで身動きが取れませんでしたが、今なら潜伏場所を探せます」
「……最悪な目に遭ったわ」
ギャラリーは身を起こすと、不快感に表情を歪めていた。
「…………はぅ」
そんな中、悠乃は赤面したままうずくまっている。
ほんの数分前まで、彼女たちがいるところにもリリスのウイルスは届いていた。
そのせいで悠乃たちは足止めをされていたのだが――
「……ふわぁ」
悠乃が思い出すのは先程までの光景。
唐突に体を侵蝕してきた脱力感。
当時は必死だったが、思い返してみると――
(お、思い出したらダメだぁ……!)
金龍寺薫子。灰原エレナ。ギャラリー。三毛寧々子。
悠乃が知る中でもかなりの美少女たちだ。
そんな彼女たちが苦しげに酸素を求める姿は妙な艶めかしさが――
「――なんて顔してるのよ」
なかなか立ち上がれない悠乃をギャラリーは冷めた目で見下ろしていた。
彼女の首筋には汗が浮かんでいる。
汗は首を伝い、鎖骨をなぞって流れていく。
真冬だというのに汗をかいているのは間違いなく先程の残滓で――
「~~~~~~~~~~~!」
「え、ちょ、なんで人の顔見てその反応なのよ……!?」
途端にギャラリーが赤くなる。
彼女も、悠乃の反応の意味を悟ったのだ。
「わ、忘れなさいッ! せ、せめてお姉様のだけでも忘れなさいッ!」
「ちょ、踏まないでッ! 出ちゃう! 脳味噌出ちゃうからぁ!」
悠乃は必死に地面を転がり、ギャラリーの足を避ける。
「お願い! ハイヒールは本当にシャレにならないってぇっ……!」
「脳味噌を転移しないだけありがたく思いな――さいっ」
「それ即死攻撃だからぁ!」
忘却どころか死亡するだろう。
「痛っ」
ギャラリーのステッキが悠乃の後頭部を強打した。
手加減されていても地味に痛い。
「忘れなさい! 今すぐ!」
「ダメぇ! 先端でグリグリは結構真面目にやめてぇ……! 入っちゃう! 頭にステッキが入っちゃうからぁ! ほ、掘らないでぇっ……! あ、あ、あぁぁっ~~~!」
悠乃の懇願が届いたのか、ギャラリーは渋々ながらもステッキから力を抜いた。
解放された悠乃は死人のように地面に倒れる。
白目を剥いて気絶したいくらいのダメージだった。
「あ、頭が逝っちゃいそう……」
「――よく考えたら、あなたって人間に戻ったら男なのよね」
ギャラリーの視線が悠乃の股間に向かう。
恥ずかしくなってギャラリーの視線を手で防ぐ悠乃だが――
「後で……潰すから」
「どこをですか!?」
股間がきゅんとなった。
――ホラー的な意味で。
「ど、ど、どこって……あ、あれよ……! ぜぜ、絶対潰してやるんだから……!」
「は、恥ずかしがるくらいなら言わないと良いのに……」
自分で言っておきながら赤面するギャラリーに、どこか微笑ましさを覚えた。
――とはいえ、ここで上手いこと言い訳をしなければ、後で地獄を見ることになりそうだけれど。
「と、とにかく――! 僕は璃紗一筋だからぁ……!」
「…………え?」
精一杯の言い訳。
それに最も反応したのは――薫子だった。
「あ、あれ――悠乃君と璃紗さん……付き合っているんですか?」
「あ」
薫子がよろめく。
まだ、彼女には璃紗との関係を伝えていなかった。
さすがにそんな話をするタイミングではないと思っていたから話さなかっただけだが、まさかこんな形で発覚するとは。
薫子の目から光が消えてゆく。
「あは……あははは……。わたくしが女神になるだなんて中二臭い痛々しい夢を語っている間に……二人は付き合って現実的な幸せを――うふふ……。悠乃君と璃紗さんはカップル。春陽さんと美月さんは仲が良い双子。くすくす……どこかに仲間外れがいますねぇ……? あれ……仲間外れが見えませんねぇ? ああ、自分だから見えなかったんですね。人の道を外れ、女神の道を外れ。最後は仲間外れ。全部外れたのに罰は当たるだなんて。うふふ……幸せな友人たちを見ながら、一生部屋の隅で埃を食べて生きていく。これから二人の様子が変わるたび『もしかして昨晩――』だなんて思って、一晩中一人で寂しく悶々とするんですね? 分かっています。これがわたくしに課せられた罰というわけですね……。え、ええ……。それで悠乃君たちが許してくれるなら喜んで……うふふ……拷問で大切なのは苦しみの最大値ではなく、壊れないギリギリを継続すること……。一瞬の痛みよりも、終わりが見えないという絶望こそが一番心を壊してゆく……」
うわ言と共に震える薫子。
「お主には、わ、妾がおるではないか」
あまりに不憫だったのか、エレナはそうフォローする。
「そんな――お姉様にはアタシがいるわ! アタシじゃ駄目なんですかっ!?」
「いや、今はそういうことを言っておるのでは――」
「これが持てる者の余裕ですかぁ……!? 全てを持っているからこそ、持たざる者への優しさを持てる。そうやって差し伸べられた同情が人をどれほど傷つけるかも知らないでぇぇ……!」
ついに薫子はその場で泣き崩れた。
そんな彼女の肩を叩いたのは寧々子だった。
「か、薫子ちゃんにはアタシがいるから……ね?」
「寧々子さんッ~~!」
「よ~しよし~」
薫子は寧々子の胸に飛び込む。
寧々子はそんな彼女の体に腕を回し、優しく受け止めた。
その光景はまるで――
「柔らかい――こ、これが胸のある人の余裕ですかぁ~~!?」
「なんか薫子ちゃんの面倒臭さに磨きがかかってるにゃん……!」
寧々子の胸から顔を上げた薫子は――涙目だった。
「あぁぁ~~……! 寧々子さんにも面倒臭いって言われましたぁ~~……!」
「あ、ちょ、今のは言葉の綾にゃん……!」
――この後、薫子を慰めるのにさらに5分の時間を費やすこととなった。
ついにVSマリアが始まります。
それでは次回は『最終血戦』です。




