最終章 61話 未来への負債
VSキリエ、終局です。
「ッ……!」
玲央の突き出したサーベルがキリエの脇腹を掠める。
服越しに滲む血。
周囲に蔓延している魔法によって彼女の動きは精彩を欠いている。
わずかだが反応が鈍く、間合いの見切りも甘い。
結果として、玲央の攻撃が徐々にだが当たり始めている。
しかし――
「ッ、ァアッ!」
雄叫びと共にキリエの鎌が振り下ろされる。
刃の大瀑布を玲央は跳び退いて躱す。
あれが当たれば、一瞬で玲央は消滅する。
いくら攻撃が当たっても、一発の被弾ですべてがひっくり返る。
ゆえに戦いの天秤は依然として傾いてはいない。
どれだけ斬ろうとも、自分が優位などと己惚れることはできない。
「大人しく――死ンでくれないかなァッ!」
キリエの猛攻は続く。
ただ玲央は途切れそうな命運を手繰り寄せ、命をつないでゆく。
そして現れる一瞬の隙を逃さない。
「っと!」
玲央は空中で腰をひねり、その勢いを乗せてサーベルを投擲する。
白刃はまっすぐにキリエを目指す。
「チッ……!」
攻撃の直後ということもあり、キリエの重心は前に傾いている。
そのせいで彼女の回避が遅れる。
サーベルがキリエの足首を掠めた。
回避行動のために足に力を込めていたタイミングでの一撃。
被弾によって足から力が抜け、キリエはその場で後ろに倒れる。
(今しかねぇ――)
キリエは魔王ラフガを除けば最速の《怪画》。
大量の鎌を背負っていることでその速力は大きく削がれているが、それでも一撃必殺の能力を加味すると脅威でしかない。
そんな彼女が見せた大きな隙。
いくらスピードがあろうとも、倒れた状態からでは行動がワンテンポ遅れる。
キリエを倒せるチャンスはここにしかない。
(悪いな)
玲央は自覚している。
自分は悪だと。
死んだ父のために涙を流し、復讐に囚われるキリエの反応は間違いではないと。
(多分、ここで死ぬべきなのはオレなんだろうな)
自分がしたことは許されることではない。
復讐のためにここまで来たキリエを殺そうなど恥知らずだと思う。
(でも本当に悪いな。まだ、やらないといけないことがある)
まだ、玲央の親友は戦っている。
覆せない運命に立ち向かっている。
玲央は、そこに向かわねばならないのだ。
大切な友人に力を添えたいのだ。
「オレを殺しに来るなら、全部終わってからにしてくれ。妹の頼みなら――命くらいやるからよ」
復讐で殺されるのは構わない。
因果応報としかいえない。
だが、まだ死ねない。
すべての結末を見届けるまでは。
親友が明るい未来に歩み出すのを見届けるまでは。
絶対に死ねないのだ。
「アタシは! 今! お前を殺したいンだよッ!」
キリエの眼光が鋭くなり、鎌の触手が持ち上がる。
「お父様が死ンだこの戦場で、お前の心臓を捧げてやるンだよッ」
刃の雨が玲央を狙う。
だが、そのすべてが幻想になる。
玲央の能力で迫る刃はすべて現実の存在ではなくなった。
幻想の刃が玲央の体をすり抜ける。
「ッ……!」
玲央はついにキリエの懐に滑り込んだ。
腕を引き、サーベルの切っ先をキリエへと向ける。
「「――――――」」
交錯する視線。
二人が攻撃を放ったのは同時だった。
一直線に刺突を繰り出す玲央。
対して、キリエは鉤爪を生やした腕を振るう。
直線と弧。
目標に到達するまでの軌跡の違い。
それによる着弾までの時間差がすべてを決める――はずだった。
(キリエのスピードが――戻ってやがる……!)
彼女の攻撃速度がさっきまでとは違う。
鋭く玲央に迫っている。
「お前のことだからさァ、自分に幻覚をかけて戦ってたンだろ? だから気付かなかった」
「さっきまでここに蔓延していた魔法は、もうないってことにさ」
玲央は触覚を消すことで魔法の影響から逃れていた。
だから、魔法の影響下から抜け出したことにも気付けなかった。
それは致命的。
キリエが本来のパフォーマンスを取り戻していることに気付けなかったのだから。
「アタシの一手は、お前を挽き裂くッ」
明らかにキリエの攻撃のほうが早い。
玲央の攻撃が届くよりも先に、彼女の攻撃が玲央を殺す。
相討ちならまだ良い。
しかし、キリエの爪に裂かれたのなら玲央は消滅する。
消えた彼には、彼女と相討つ資格さえない。
(まだ――負けられねぇ)
その刹那。
玲央の脳が激痛を訴えた。
彼が持つすべての演算能力をたった一つの幻影につぎ込んだからだ。
脳が悲鳴をあげる。
目から血が流れる。
走馬灯によって遅延する体感時間をも利用して幻を築き上げる。
その幻影が作りだした姿は――
「お父……様?」
キリエの爪が止まる。
玲央が見せた幻想は――魔王ラフガ。
灰色の暴君の姿を自分に重ねて投影した。
キリエも、それが幻術だと理解しているだろう。
それでも彼女の動きが止まった。
一瞬でも、それがすべてを決する。
「ッ……!」
サーベルがキリエの胸を貫いた。
突進の勢いも込めた一撃。
彼女の体は宙に投げ出され、そのまま地面を転がる。
転がった彼女をなぞるように赤い筋が残る。
「キリエ。オレを殺したいなら後にしてくれ。全部が終わってからなら、煮るなり焼くなりミンチなり好きにしてくれて構わないからよ」
急所には刺していない。
だからキリエが死んでいないことも分かっている。
ゆえに彼はそう語りかけた。
「アハ……ハ……!」
キリエの笑い声。
彼女は地面に手を突き、ゆっくりと起き上がる。
快活な、晴れ晴れとした笑い。
だが、彼女の目を濁らせる憎悪は消えていない。
「うん。決めた。お前を殺すのは――やめるよ」
胸から血を流し、キリエは宣言した。
「アタシたちは兄妹だからね。殺し合うなんておかしいことなんだ」
――だからさ。
すでにキリエには殺気がない。
むしろ吹っ切れたような微笑みを浮かべていた。
これまで見てきた、曲がらない――すべてを挽き裂いて進む彼女の姿ではない。
儚げで――すべてを巻き込んで壊れてしまいそうな少女がそこにいた。
「だから――お前以外の――お前の守りたいもの全部アタシが壊してやるよ」
キリエは笑みを崩さない。
凪いだ瞳には憎しみが宿っている。
燃え盛る業火はそこにはない。
激情のままに突っ込むのではなく、どれほど時間をかけても最大の復讐を。
そんなところか。
「後にして欲しいんだよね? うん。良いよ。待ってあげるさ。壊されるために、大切なものを積み上げる時間を作ってあげるよ」
キリエの笑みはどこか不気味だった。
「それに、もう。《怪画》なんてどうでも良いや。結局、アイツらもお父様よりグリザイユのほうが大事な不忠の屑どもだ。よく考えたら、アイツらの王になっても不愉快なだけだよね。女神にでも滅ぼされてくれればいいさ」
そうキリエは吐き捨てた。
「だから、アタシは真の王になる」
キリエは両手を広げた。
「悪魔。妖魔。魔獣。世界には、まだまだ人間たちを狙う種族がいる」
彼女は清々しい笑みを玲央に向ける。
「すべての種族がこれまで魔法少女に敗北して来た。ならさァ――アタシがすべての種族を束ねる王になる」
魔王とは所詮《怪画》を統べる存在にすぎない。
あくまでその種族の王でしかない。
だがキリエが目指すのは――
「5年だ。5年でアタシは、すべての種族を支配し、本物の王となる」
キリエの目はどこまでの真剣だった。
「5年の時を越え《残党軍》は復活した。だから、さらに5年の時をかけ《連合軍》を作ってみせる」
玲央の知る限り、種族を越えた連合軍など聞いたことがない。
王とは、良くも悪くも我が強い生き物だからだ。
支配することがあっても、他種族による支配を受け入れることはない。
そんな王たちをまとめ上げるという大業を成し遂げるには圧倒的な力と、絶大なカリスマを要求される。
その困難な道のりをキリエは選んだ。
「だから戦いはお預けだ。5年間、恋人でも親友でも作ればいいさ。5年後、お前が積み上げた宝物を全部壊してやるんだからね」
そう言い残すと、キリエは地面を蹴った。
彼女の姿が急激に離れてゆく。
「おいっ――」
玲央も追おうとするが、諦める。
明らかに追いつけるスピードではない。
すでにキリエの魔力さえ感じられない。
彼女はこの戦場を離脱したのだ。
自らの手で、より大きな戦いを起こすために。
「ちっ……」
玲央は頭を掻く。
「オレは、とんでもない未来への負債を作っちまったらしいな」
彼女がやると言ったのだ。
いつか来るのだろう。
万魔の王となった彼女が、この世界へと侵攻する日が。
ちなみに、5年後のエピソードを書くことはないかと思います。
ただもしかするとそんな展開があるかもしれない、みたいなIFに思いをはせる要素くらいに思っておいてください。
それでは次回は『一方その頃2』です。




