最終章 60話 形勢逆転
リリスのウイルスが消え、戦場の均衡が再び崩れます。
(や、べー……)
ガレキの山に埋まりかけながら、璃紗は浅い呼吸を繰り返す。
突如彼女の体を襲った異変。
それはいまだに治まらない。
「がッ……!」
璃紗の心臓を魔弾が貫く。
動けないまま、一方的にダメージが積み重なる。
「もうそろそろ諦めて欲しいのだがね」
魔弾がもう一度心臓を吹き飛ばす。
「がぁッ……」
もはや何度目かも分からない致命傷。
心臓。脳。
それらを何度ぶちまけたか思い出せない。
分かることといえば、超速再生がなければ両手両足の指でも足りないほど殺されたこと。
「く……ぁぁ……!」
もはや勝ち目を探る余裕さえない。
璃紗は這うようにしてその場から逃れようとする。
「潰すだけでは駄目なら、今度は破壊した脳を分離するべきか? 完全に隔離すれば、さすがに再生はできまい」
イワモンが向ける銃口の先にあるのは脳。
(ワリー悠乃)
璃紗は大切な人を思い浮かべる。
(マジで、ここで死ぬかもしれねーわ……)
意識がなくても続く魔法は少ない。
脳を潰されても耐えられたのは、意識が途切れるのは一瞬だから。
もしもイワモンの言う通りに、脳を長時間分離されてしまえば璃紗の超速再生は発動しなくなる確率が高い。
そうなれば璃紗の命運もここまでだ。
ゆえに――
「ッッ!」
死の予感がすべてを支配した時。
――璃紗の体からウイルスが消えた。
理由は分からない。
術者が魔法を解除したのか、死んだのか。
それを知る術はない。
分かるのは――ギリギリで間に合ったということ。
「ッ、ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
璃紗は勢いよく身を起こす。
彼女の額に魔力が集まり、熱量を放つ。
そして璃紗はそのまま――イワモンの眼球めがけて頭突きした。
水分が蒸発する音。
「ぐ、ぬううううううううううううううううううッ!」
イワモンが押し殺した絶叫と共に下がる。
眼球を焼かれたのだ。
その痛みは想像を絶することだろう。
「ったく、これで少しは思い知ったかよ。好き勝手にバコバコ撃ちやがって……」
もっとも、璃紗はそれ以上の生き地獄を耐え抜いたのだけれど。
「まさか――最後まで意識を保たれるとは……大した、根性だ」
イワモンは焼けた片目を押さえて璃紗を睨む。
あちらの目はもう使い物になるまい。
彼には璃紗のような再生能力はないのだから。
「逆転ホームランだぜ――とでも言えばいいか?」
璃紗は拳を握る。
鎌さえ必要ない。
最短で拳を打ちこめば、それで璃紗の勝利だ。
「なぜ――だ」
すでに勝負の行方は決まった。
そんな中、イワモンが絞り出す。
「なぜ――僕が負けなければならないんだッ」
彼の声に込められているのは怒りだ。
「僕はマリアを救わなければならないッ! おかしいではないか! 世界を救い続けた彼女が、誰にも助けてもらえないなどッ!」
――理不尽だ!
それはイワモンの本音だろう。
世良マリア。
世をより良くするために聖女となった少女。
彼女が作った魔法少女という概念は、世界を救い続けた。
彼女の存在なしで、この世界は存在しなかったとさえいえる。
全てを守り抜いた少女。
誰からも守ってもらえない少女。
そんな世の理不尽への義憤こそがイワモンを動かしたのだ。
恋心など、他の要因もあるだろう。
しかし、誰にも守ってもらえない少女へと手を差し伸べたいという正義感もまたイワモンの足を動かしたものだ。
昔から今まで変わることのなかった、彼のまっすぐな芯だ。
「正直、お前の言いたいことも分かる。でも、アタシは選んだ」
「――僕も選んだ」
二人は向き合う。
そして――同時に動いた。
「「守る奴を、自分の意志で選んだんだッ」」
イワモンの魔弾が璃紗の心臓を撃ち抜く。
だが構わない。
璃紗は彼との距離を一気に詰めた。
今度こそ、彼女の足を止める横槍はない。
「お前が本気なのが分かるから、手加減はしねー。一ミリも譲らねーから覚悟しろよ」
振り抜かれる腕。
固く握られた拳がイワモンの顔面を捉える。
璃紗の肘から炎が噴き出し、パンチを加速させる。
一切の手加減がない一撃。
それは一瞬にしてイワモンの意識を刈り取った。
「――気分悪りーな……」
砂煙に沈むイワモン。
命がけで守りたい者のために戦い、勝利した。
だけど、そのために殴った相手もまた大切な友達で。
璃紗の行動は、そんな友達の大切なものを砕くもので。
――胸には、後味の悪さがあった。
マリアと女神システム。
これらとの決着のつけ方が今後のポイントになります。
それでは次回は『未来への負債』です。




