表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
最終章後編 天魔血戦・滅亡編
272/305

最終章 59話 闇を斬り裂く聖剣

 VSリリス戦、終局です。

(何も……見えない)

 意識が薄れゆく中、倫世は妙な心地よさを感じていた。

 汚泥に包まれ、視界はゼロ。

 生温かい液体に全身が呑まれている。

 このまま倫世は数分と待たずに死を迎えるのだろう。

 その証拠に、息ができないというのに苦しさを感じない。

(――――――駄目)

 歩み寄る死。

 心の声が、それを拒絶した。

 指がわずかに動く。

(彼女の居場所を知っているのは私だけ)

 ドロリとした汚泥の中で、倫世は大剣の柄を探り当てる。

(私がリリスさんを止めなければ――多くの人が死ぬ)

 リリスは倫世を殺せばそのまま身を隠すだろう。

 そして、誰も彼女を探し出せずに全滅する。

 この町のすべてが滅ぶのだ。

 それを阻止できるのは、倫世だけなのだ。


「まだ……死ねないわ」


(剣を振るう体力はもうない)

 死力は搾りつくした。

 だから――

「《女神戦形(メシアライズ)》」

 ただ――魔力で吹き飛ばす。

「なッ……!」

 汚泥が弾けた。

 倫世の背中では光翼が広がっている。

 今の体力では決闘場さえ顕現させられない。

 だが、充分だ。

 この暴力的な魔力だけで、すべての澱を跳ねのけられる。

「――それが女神化ってやつなワケ?」

 再び開けた世界。

 そこにはリリスがいた。

 彼女は目を細め、倫世を見つめていた。

「ええ……見せるのは、初めてだったわね」

 倫世は地面に倒れ込む。

 立つだけの力はすでに残っていない。

「きはッ……! 即死を免れただけで、無様に死んでいくのは一緒みたいだケド?」

 リリスの言い分は正しい。

 倫世は地を這い、今もウイルスが体を蝕んでいる。

 死は目前。

 武器を振るう力もない。

 倫世がしたのは延命であり、終末の未来は変わらない。

 だがそうやって引き延ばした命が――世界の行方を変える。


「《円環の明星(ダ・カーポ)》」


 倫世の周囲に刀剣が現れる。

 ロクに魔力を制御できていないせいで、刃こぼれだらけの欠陥品だ。

 しかし、それでも己の手で剣を振れない倫世に選べる唯一の攻撃手段。

「遅いんですケドォッ!」

 だが、リリスはその一手さえも潰す。

 ウイルスが黒い鎗となり、倫世の胸を貫いた。

「《憤怒の厄災(クレイジィ・レイジ)》ッ」

「ぃぎ……ぁが……!?」

 不安。

 恐怖。

 負の感情が倫世を襲う。

 息ができないほど荒れ狂う精神。

 リリスが使ったのはおそらく精神汚染のウイルス。

 それにより、強制的に恐慌状態に陥らされたのだ。

「ぁ、ぁぁぁっ……!」

 様々な感情が倫世の足を引っ張る。

 心が腐り、黒く染まってゆく。

 だが、踏みとどまる。

 最後に残った光の欠片をよりどころに――すべてを解き放った。

「ぁあああッ!」

 狙いさえつけていない一撃。

 しかし、それで構わない。

 元より、正確にリリスを狙うつもりはない。

(貴女なら、最後まで油断なく私の一手を阻むと思っていたわ)


(だから――貴女を狙わなかった)


 恐怖を抑え込み、倫世は全力で《円環の明星》を発動させた。

 剣が高速周回し、周囲にある物を切り刻む。

「きはははッ……! こんな真冬に扇風機なんて、風邪ひいて死んじゃったらどうしてくれるワケェ?」

 だが、リリスには当たらない。

 最悪の体調。

 崩れ切ったメンタル。

 心技体すべてが壊れた状態で放った《円環の明星》は本来の軌道を外れ、リリスの頭上を通り過ぎた。

 だが――


「――私の勝ちよ」


「ハ?」

 倫世の勝利宣言。

 リリスは眉を寄せる。

 だがすぐに彼女も気付くだろう。


 ――建物が崩落する音に。


「ここは狭い路地よ。左右の建物を切り刻めば――」

 倫世は倒れたままリリスを見て笑う。

「――刻まれた建物は、ここに流れ込むわ」

 コンクリートの土石流。

 それらが一気に路地へと殺到する。

 これこそが倫世の狙い。

 リリスを攻撃するのではない。

 周囲の建物を攻撃し――武器に変えた。

「貴女の魔法には弱点がある」

 リリスの攻撃は殺戮という側面において無比の性能を持つ。

 一方で――

「貴女の魔法は――防御ができない」

 ――守勢に回ると脆い。

 軽いウイルスでは、迫るガレキを受け止められないのだ。

「ふざけッ――!」

 リリスは汚泥をまき散らし、ガレキを押し戻そうとする。

 だが続々と増える落石は勢いを増し、汚泥では止めきれない。

 ガレキを腐食させ、塵にしてもすべてを消すことはできない。

 建物を構築する膨大なコンクリートを完全に分解するには時間が足りない。

「無理心中ってワケッ……!?」

「いいえ。地に沈むのは貴女だけよ」

 当然、倫世の上にも落石が降る。

 しかしそれは《自動魔障壁(エスクード)》に阻まれた。

 屋根のように展開されたバリアが、倫世が落石に埋まらないように防ぐ。

 身を守る術を持たないのはリリスだけだった。

「がッ……!」

 ついにガレキの一つがリリスの頭に直撃した。

 脳に衝撃が走ったのか、彼女がその場で膝をつく。

 一度防ぎ損なえば、もう決壊した流れを止められない。

 汚泥を逃れたガレキがリリスの足を埋める。

 ダメージから回復した彼女が足を引き抜こうとするも、ガレキ同士の隙間に挟まった足はもう動かない。

「あり……えないッ! アタシは――アタシはァッ!」

 ――そして、一際大きなガレキがリリスを潰した。

 地面が揺れるほどの衝撃。

 一瞬の静寂。

 そして――ガレキの下からは赤いものが広がっていった。

 それが誰の血液であるかなど考えるまでもない。

「リリスさん……」

 倫世は広がる血液に手を伸ばす。

 指先で触れた液体からは鉄の臭いがした。

 これは、罪の証。

 仲間であり、友人であった少女を殺した証。

「ぁ――」

 張り詰めた糸が切れたのだろうか。

 意識が遠のいていく。

 リリスが死んだことで、ウイルスは活動をやめた。

 しかし失った体力は戻らない。

 すでに倫世の体は限界を越えていたのだ。

 意識を保つことさえできないほどに。

(駄目……)

 倫世は震えながらも立ち上がる。

(駄目、駄目……まだ、駄目なの)

 剣を杖にして歩こうとするが、その場に倒れ込む。

 指を曲げることさえ億劫で、もう柄を握ることもできない。

(ここで気を失ったら、誰が女神になるの……?)

 せっかく決意したのに。

 覚悟を決めたのに。

 なのに、手を伸ばす力が残っていないだなんて。

(このままじゃ、薫子さんが女神にされてしまうのよ……!)

 倫世が逃げたせいで、薫子に順番が回ってしまった。

 それを許容して良いのか?

(逃げないって決めたのに――)

 逃げたはずの責務に、今度は手が届かない。

 必死に手を伸ばしても、遥か彼方に離れてしまう。

 倫世の目から大粒の涙があふれる。

 それは後悔で、懺悔で――絶望だった。


「ごめん……なさい」


 伸ばした手は何も掴めず、力尽きた。


 現時点で存在する戦争の終わり方は

1、マリアが女神を続ける

2、薫子が女神になる

3、悠乃が女神になる

4、倫世が女神になる

 でした。そして今回で4の可能性が消え、悠乃たちが女神システムの人柱とならないためにはマリアに勝利するしかなくなりました。

 悠乃たちはマリアを倒すことができるのか。それとも、第5の選択肢を見つけるのか。

 

 それでは次回は『形勢逆転』です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ