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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
最終章後編 天魔血戦・滅亡編
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最終章 57話 聖女を穢す澱

 ラストバトル直前の戦いは、あくまで倫世VSリリスをメインにして進みます。

「っ…………はぁっ!」

 倫世は必死の叫びと共に大剣を振るう。

 横を薙ぐ軌道の斬撃。

 それをリリスは身を屈めてやりすごす。

 わずかに散る黒髪。

「きはははははッ……! 随分、隙だらけの攻撃だヨネ」

 倫世の変調は治まらない。

 今でも手足の感覚はどこか遠く、気を抜けば大剣が手からこぼれそうになる。

 そのせいで上手く攻撃ができない。

 何百、何千と振るった剣。

 手足のように扱えるはずの得物が制御できない。

「ぁ――」

 踏ん張りが利かず、大剣の重量に引かれて倫世の姿勢が崩れる。

 倫世は前のめりになって足踏みする。

 転倒だけは回避したが――

「ひゃぁんっ……!?」

 すれ違いざまにリリスが倫世の足元を払った。

 ほんの少し触れる程度の接触。

 だがギリギリで保っていたバランスを崩すには充分で、倫世はその場で転ぶ。

「アンタの《自動魔障壁(エスクード)》ってさ、魔力で作られたレーダーが一定速度で迫る物体を感知することで発動するんだったヨネ?」

 以前、一度だけリリスに《自動魔障壁》の仕組みを話したことがある。

 一定の距離で広がる微量の魔力による膜。

 そこに触れる際に、『倫世に当たる角度』かつ『一定速度以上』の物体に対して自動的に結界が発動するように作られている。

「言い換えれば、《自動魔障壁》が発動しないギリギリの速度で攻撃すれば、アンタの防御は発動しないってワケ」

 リリスは倒れた倫世を踏みにじる。

 彼女は目に涙を浮かべ、肩で息をしていた。

 ウイルスに感染した体は倫世のいうことを聞いてくれない。

 目では見えているのに、反応が間に合わない。

「ねえ、倫世さァ」

「…………!」

 リリスは倫世の背後に回り込むと、彼女の髪を掴んで無理矢理に倫世を立たせる。

 一太刀でも振るえばリリスを倒せる距離。

 しかし先程の攻撃で残っていた体力の大半を費やしている。

 結果として、倫世はリリスの言葉の続きを聞くことしかできない状況となる。

「倫世さァ。なんで女神にならなきゃって思ったワケ?」

「…………?」

「まさかと思うケド。薫子が可哀想だからとかフザけた理由じゃないヨネ?」

 奇しくも、倫世の決意を後押ししたのはリリスが言うところの『フザけた理由』であった。

「私の覚悟が至らなかったのが――原因の戦いだから……! 彼女を、その巻き添えにしたくない……。それが――おかしいの……!?」

「言ってて、自分でオカシイと思わないワケ?」

 リリスは倫世の覚悟を否定する。

 馬鹿にするような様子さえ見せず、一考する価値さえないと言わんばかりに。

「アタシには、アンタが女神に向いているとは思えないんだヨネ」

 リリスは倫世の耳を噛む。

 甘噛みではない。

 むしろ耳を噛み千切ろうとしているかのような痛み。

 生温かい血液が倫世の頬を流れる。

「倫世ってさ、根っからの騎士様だよ――ネっ」

 耳が裂け、熱い痛みが走る。

 そんな彼女の耳元でリリスは囁いた。

「誰かの上に立って多くの人を率いタイ。でもォ、頼れる人がいないのは怖いから誰かに忠誠を誓わずにはいられナイ。仕切りたがりの癖に、誰かに支配されていないと不安で震えちゃう――尻で兵士を踏みつけて、口ではお姫様の足を舐める。そういうとこ、本当に騎士らしいと思ってたんだヨネ」

 ――悔しくは思う。しかし、リリスの言葉を否定できない自分がいた。

 みんなの前では強者の自分を演じた。

 だが、心の中ではいつだって誰かに依存していた。

 テッサに、女神に。

 戦う目的をくれる人がいなければ、彼女は戦えなかった。

 誰かが作った戦場でしか、倫世は戦えない。

 自分の覚悟で踏み出した戦場なんて――なかった。

 確かに、一人で戦う力はあった。

 だが、一人で戦う心の強さはなかった。

 それが、美珠倫世という魔法少女の本質。

「で、もう一回聞くケド」


「一生女神として戦い続けられるって、自分で思ってるワケ?」


「…………!」

「一時の感情で言っちゃっただけじゃナイ? 子猫を拾うような感覚で、気軽に決意しちゃったってわけじゃないって言えるワケ?」

「私、は――」


「アンタの心は、女神としての戦いに耐えられナイ」


 ――断言してアゲル。

 リリスはそう言うと、倫世を突き放す。

 体の自由が戻った。

 しかし、倫世は動けなかった。

 地面に体を投げ出し、弱々しく息をしているだけだった。

 体以上に、心を折られた。

 気力だけで立ち上がっていた倫世の、最後の支柱が砕かれた。

「どうせ、すぐに心が折れて次の女神候補を探すことになるのがオチだと思うんだケド。それとも、薫子を助けたら、次の後継者は犠牲にしてもOKってカンジ?」

 リリスの笑い声が遠くに聞こえる。

 ウイルスに耐えかねて意識が薄れている?

 ――違う。

 多分、彼女の言葉は倫世にとって一番聞きたくないものだったから。

 耳に痛い――真実だったから。

「一時の……感情だったのかも……しれないわね」

「そうなんじゃナイ? 良かったヨネ。みんなに聞かれて、引っ込みがつかなくなる前に気付けてサ」

 リリスはくすくすと笑う。

「良いこと考えちゃったカモ」

 リリスが耳元で告げる。

 その声音は、驚くほど優しかった。

「じゃあ、ここで気絶しちゃいなヨ。で、全部終わった後に目を覚まして『女神になって薫子を救おうとしたけど、アタシに邪魔されちゃった』って涙でも流せば良い感じデショ? そうすれば、みんな慰めてくれるんじゃナイ? 誰も、倫世を責めたりしないヨネ」

 それは悪魔の誘いだった。

 きっと一番楽で、何も失わない選択。

 利口で、名誉に傷もつかない。

「別に、わざと負けろなんて言ってないワケ。必死にならなくて良いヨって話」

 ――良い感じに、気絶させてあげるカラ。

「だから、倫世も女神になるなんて――」

「でも――」

 倫世はリリスの言葉を遮る。

 彼女の手に力がこもる。

 その五指は、大剣を掴んだ。


「一時の感情でも――これが私の、今の感情なの」


 倫世は腰をひねり、リリスに大剣を振るう。

 刃がリリスの首を掠める。

 傷は浅い。

 だが、彼女の肉体強度は低い。

 かなりの量の血液が噴き出す。

「ぎがッ……!」

 リリスは首を押さえて後退する。

 魔法で止血したようだが、血を失ったという事実は変わらない。

「多分、貴女の言うことのほうが正しいわ」

 倫世は立ち上がる。

「私は弱くて、女神になる資格なんてないかもしれない」

 適性があるかではない。

 本人の素質がない。

「でも私は――」


「薫子さんを見捨てられないくらい、弱いのよッ――!」


 倫世は剣を振るった。

 弱さを強さに変えることなく。

 弱さを弱さと認めたまま、聖剣を振り抜いた。


 戦いはあと二話くらいを予定しています。


 それでは次回は『死病の魔女』です。

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