最終章 55話 狂ってゆく戦場の歯車
リリスの影響が周辺の戦場にも現れます。
「やっとガス欠ってか」
璃紗は掴んだ鉄塊を投げ捨てた。
地面を転がる残骸は、イワモンが纏っていたパワードスーツのブースター部分だった。
「ガス欠……というレベルではないと思うのだがね」
イワモンは膝をついたまま璃紗を見上げた。
(相性が悪すぎたか――)
すでに彼が着用していたスーツは砕け、機能を大きく損なっている。
残っているものといえば、申し訳程度の鎧と狙撃用のライフルくらいだ。
璃紗を相手に戦える装備ではない。
「らぁッ!」
璃紗は一気に間合いを詰め、大鎌を振りかぶる。
一方でイワモンも諦めない。
彼はライフルの銃口を璃紗の心臓に向けた。
だが璃紗は防御を考えない。
心臓を撃ち抜かれようとも、大鎌を振り抜けばそれで勝ちなのだから。
たとえそれが分かっていても、抗わない理由にはならない。
「さっさと寝やがれッ」
「まだ終わらせるつもりはないッ」
二人の交錯。
その結末は――
「がッ……!」
璃紗の胸を魔弾が貫く。
近接武器と射撃によるリーチの差。
そこから生まれる絶対的な違い。
だからここまでは順当な結果。
「――《炎月》」
大鎌が炎を纏う。
心臓に風穴が空いてなお、璃紗の眼光は衰えない。
むしろ獣のような闘気がイワモンに向けられる。
そして――
「っ、ぁ……!」
「…………?」
しかし、攻撃の直前に璃紗の動きが止まる。
大鎌の炎が消え、手からこぼれ落ちる。
ついに璃紗はその場で座り込んでしまった。
彼女は浅い呼吸を繰り返すだけで動かない。
戦場で見せるにはあまりに無防備な行動。
明らかな異変。
イワモンもその理由に疑問符を浮かべる。
「なに……しやがっ……たッ…………」
璃紗は苦しげな表情でイワモンを睨む。
しかしその視線は弱々しく覇気がない。
(これは――)
イワモンは周囲の異常に気がついた。
彼のスーツは周りの魔力を吸収する性質を持つ。
砕けて機能の大半を失っていたスーツだが、魔力の吸収量が増えているのだ。
壊れたせいで吸収効率が落ちたのならわかる。
しかし吸収する魔力量が増えたのだ。
(大気中に大量の魔力が散布されているのか……?)
この場にある魔力の濃度に変動があった。
それくらいしか原因が考えられない。
「……リリス嬢か」
(おそらく、町中にウイルスが撒かれているのだろう)
そうイワモンは推測した。
状況から考えてそうとしか思えない。
幸いにもイワモンはスーツのおかげで感染を免れ――
「く……そっ……体が……どーなって……」
――朱美璃紗は逃れられなかった。
自分で感染していない以上、ウイルスの種類までは分からない。
だが感染範囲から《花嫁戦形》であることは分かる。
璃紗の戦闘力はすでにゼロといっていい。
「計画の実行において、リリス嬢はトリックスターとなると思っていたが」
イワモンは笑む。
彼の銃口はすでに璃紗を狙っている。
――彼女の脳天を。
「どうやら、僕にとってはジョーカーだったらしい」
時に敗北をもたらすが、使い方さえ誤らなければ最強となり得る切り札。
最高の場面で彼女の存在はイワモンの背中を押した。
運命は言っているのだ。
――世良マリアを救え、と。
「さすがの璃紗嬢も、この状態で意識をいつまで保てるかな?」
額を貫通するであろう弾道。
脳を潰されてなお、彼女は意識を保てるのか。
それはさほど重要ではない。
――気絶するまで繰り返すのだから。
「く……っひ……!?」
立ち上がって弾道から逃れようとした璃紗が崩れ落ちる。
ほんのわずかに動いた標的を狙い直すのにかかるのはせいぜい2秒。
すぐに銃口は彼女を捉える。
「それではそうだな」
「綺麗に一発で気絶してくれたまえ」
☆
「《真実の光・波羅蜜蓮華》ッ――」
春陽の切迫した声が戦場に響いた。
彼女の服が花嫁衣裳となり、髪から足先まで白一色に染まる。
同時に、彼女の周囲で雪が舞った。
「これって……魔法があるってことだよね……?」
《真実の光・波羅蜜蓮華》は一切の魔法を無効にする。
誰も傷つけず、傷つけられない。
放たれた魔法は無害なものへと強制的に変換される。
まさにこの雪がそうだ。
つまり、春陽の周辺では魔法が広がっていたということ。
「姉さん……っく……」
「体が……動かない……」
だがすでに美月と雲母の二人は地に倒れて動かない。
――春陽も、美月がとっさに《花嫁戦形》を指示しなければ同じように倒れていただろう。
魔法の影響を受ける前に《花嫁戦形》したことで、春陽だけは難を逃れたのだ。
(ツッキーと雲母ちゃんはすでに魔法を受けちゃってるから――)
《花嫁戦形》を発動するよりも前に受けていたダメージ。
それを取り除くことはできない。
本質的に、春陽の魔法は治療系ではないのだから。
「ど、どうなってるのー……?」
敵の見えない攻撃。
春陽は戸惑いを隠せない。
「多分……リリス……先輩」
そんな彼女の言葉に答えたのは雲母だった。
周辺に降る白雪。
この異常ともいえる粒子の数。
それが元々はウイルスだったと思えば納得がいく。
「姉さん……後……ろ……!」
絞り出すような美月の警告。
それは敵の接近を知らせるものであった。
「!」
春陽は首だけで振り返ると、人差し指を曲げた。
それだけの動作で光速の刃が伸び――魔造少女の胸を貫いた。
ウイルス攻撃は魔造少女と戦い始めてすぐの出来事だった。
ゆえに、10に及ぶ魔造少女はいまだに健在だった。
「なんでみんな平気なのかなー……」
「人形に……痛覚はいらないって……言ってた」
どこかシステマチックな魔造少女の挙動。
彼女たちは自己判断で動くが、人間ではない。
戦うための戦争人形。
戦闘に必要な機能など削ぎ落とされているのだ。
感染していないのではない。
感染したことに気付く機能がない。
「うわ――」
春陽は迫る拳を躱す。
そのまま、すれ違いざまに手首ごと拳を切り落とす。
おそらく魔造少女は美月と雲母を戦闘不能と判断した。
そのため全員が春陽に殺到しているのだ。
「せやー!」
光刃が魔造少女の首を裂く。
――だが魔造少女は機能を停止しない。
黒白春陽の《花嫁戦形》は人を殺せない。
不死の領域を作り上げる能力だから。
(このまま魔法が解除されるまで――)
時間を稼ぐ。
それこそが最善策。
敵を殺せない。
だが、この魔法が発動している限り美月と雲母が死ぬこともない。
春陽が耐えている限り、大切な人を守れる。
「きゃっ……!?」
だが、不死身の10人を相手取るのだ。
当然のように見落としが起こる。
ダメージから復活した魔造少女に両足首を掴まれた。
そのまま両足を引っ張られ、春陽は顔から地面に引き倒される。
「やっ……!」
二人の魔造少女がそれぞれ春陽の足首を掴んだまま走り出す。
春陽はうつぶせのまま道路に体を擦りつけられる。
「やめ……やめてよぉー……!」
体を引きずられる春陽。
これまでのやりとりで分かったことがある。
魔造少女には人工知能のようなものが搭載されている。
相手の攻撃を分析し、行動を最適化してゆく機能があるのだ。
その機能は、ある事実を導き出した。
――黒白春陽には魔法は通じない、と。
おそらく、そんな思考過程を経て、魔造少女は物理攻撃を選択したのだ。
魔法に頼らず、物理攻撃で春陽の意識を刈り取る。
そんな判断を下した。
「ぅぅ……!」
複数の光刃が魔造少女の胸を貫く。
何度も死ぬほどの致命傷。
それでも魔造少女は止まらない。
痛覚を捨てたことで、激痛による行動の阻害ができない。
魔造少女たちは数メートル春陽を引きずると、そのまま減速した。
「?」
不可解な行動に春陽は事態を理解できない。
理解不能な魔造少女の行動。
その理由は、すぐに示された。
「姉さんッ……!」
今度は、美月の声は間に合わなかった。
春陽が危険に気付いたときには、すでにすべてが終わっていた。
「ぃぎぅッ……!?」
空中から飛び降りてきた魔造少女が両膝で着地する。
――春陽の後頭部へと。
そのまま彼女は顔面をアスファルトに叩きつけられた。
魔造少女が落下する衝撃に潰され、頭から嫌な音が鳴る。
(ダメ……だよ)
髪を掴まれ、乱暴に身を起こされる。
だが春陽の脳はダメージから立ち直れておらず、意志が手足に反映されない。
(今、わたしが気絶しちゃったら――)
――みんな、死んじゃう。
意識を失えば魔法は効力を失う。
つまり、美月たちが不死の恩恵を受けられなくなるということ。
そうなれば、二人を守る者がいなくなる。
自分が、最後の砦なのだ。
それを理解しているからこそ、春陽は必死に意識を繋ぎ止める。
勝つ必要も、戦う必要もない。
たとえサンドバッグであろうとも、魔法を解除さえしなければ春陽の勝利なのだから。
「離れ……て……!」
とはいえ、一方的に殴られたのでは身がもたない。
春陽は一瞬で魔造少女二人の首を断つ。
そして、次の一瞬でさらに一人。
「ぅっ……!」
魔造少女の拳が春陽の腹を打ち据える。
とっさに春陽は跳び退くことで衝撃を緩和し、姿勢を崩すことなく着地する。
(体痛いなー……)
衝撃を殺しても、被弾したという事実は変わらない。
攻撃の影響は少しずつ春陽の体内に蓄積してゆく。
(でも、まだ倒れられないから)
ここまで来たのだ。
ここに来て、大切な人たちを取りこぼすわけにはいかない。
生きて帰る。
その時、みんなで笑えなければ意味がないから。
ウイルスを無効化する手段を持たない者全員が強制スタン状態となってしまいます。
それによって有利になる人物、不利になる人物が出てきて、本来ではありえなかった勝敗となる可能性もあります。
それでは次回は『運命の綻び』です。




