最終章 48話 届かない手
投稿を忘れていました。
そのため、今日の分はあと一話あります。
「――――お姉様」
ギャラリーはグリザイユと対峙した。
見つめ合う二人。
「……ギャラリーか?」
「……?」
グリザイユの言葉にギャラリーは納得がいかないといった表情を浮かべた。
――彼女はまだ知らないのだ。
「ギャラリー。今のエレナは……5年間の記憶を失っているんだ」
「――どういうことよ?」
悠乃の言葉にギャラリーが眉を寄せる。
彼女にとっては唐突過ぎる話。
その反応も仕方がないことだろう。
「エレナの《花嫁戦形》だよ。自分にとって大事なものを捧げるほど強くなれる。――だからエレナは……捨てたんだ」
その理由は、言えなかった。
想像はついている。
だが言えるだろうか。
グリザイユ・カリカチュアは、民を守るために自分の命よりも大切なものを捨てたなどと。
きっとギャラリーだって同じ答えに至るだろう。
それでも、悠乃の口からは言えなかった。
「だから今のエレナは――あの日の戦いの続きを生きているんだ」
5年前。
悠乃たちと魔王グリザイユが雌雄を決した戦い。
彼女はあの日まで引き返した。
大切なものと引き換えに、あの日をやり直しているのだ。
「そう……」
ギャラリーは目を閉じる。
そしてもう一度、彼女はグリザイユを見据えた。
「お姉さま。もうやめましょう」
ギャラリーは語りかける。
少しでもグリザイユに不安を抱かせないためだろう。
ギャラリーは微笑みを浮かべる。
「もう、戦争なんてやめましょう」
ギャラリーは言葉を重ねた。
「もう、アタシたちの戦争は終わりにしましょう」
魔王ラフガが死んだ時点で《怪画》の敗北は決まっている。
彼女たちにできるのは、どう戦争を終わらせるか。
勝利の道ではなく、どう敗北するのかを求められている。
「今回はアタシたちの負け。でも、アタシは生きているし、夢を諦めるつもりもないわ」
ギャラリーの夢。
それはグリザイユと共に歩める未来。
外形上、それは今でも叶っている夢。
だがギャラリーが真に望むものではなかった。
葛藤し、苦しむグリザイユを見ていることしかできない現状を夢の実現などと彼女は認めなかった。
「逃げましょうお姉様。お姉様が身を削ることを、アタシたちは望んでいないわ。それくらいなら、いっそ――」
「ギャラリー」
グリザイユの声がギャラリーの言葉を遮った。
「妾は王じゃ。王である以上、妾も相応の覚悟をしておる」
グリザイユは拳銃を持ち上げた。
その銃口は悠乃を狙っていた。
「じゃが、確かにこれは負け戦じゃのう」
グリザイユは自嘲する。
そしてギャラリーに目を向けると、
「お主は逃げておれ。民の敵となる者は、妾のすべてを賭して滅ぼす」
銃口に魔力が集まっていく。
収束する光。
「待ってお姉様ッ」
ギャラリーの悲痛な声が響く。
「今、お姉様が撃とうとしているのはお姉様にとって――」
「《王の覇道》」
ギャラリーの声は銃声に塗りつぶされた。
☆
「ギャラリーの声も届かないのか……」
悠乃は横に跳んで魔弾を回避する。
もしもグリザイユを止められるとしたらギャラリーだと思っていた。
だが、その目論見は楽観だった。
「……そうね。薄々気付いてはいたわ」
一方で、ギャラリーは悲しげな表情を浮かべつつも、どこか納得しているように思えた。
「5年前もそうだったわ。お姉様はいつもアタシたちを想っていたけれど、アタシたちの言葉がお姉様の覚悟を揺らがせたことはなかった」
一度決めたら、道を貫徹することしかできない。
弾丸のような生き方だ。
進むことしか知らない。
戻ることも、曲がることも知らない。
ただ標的を撃ち抜くことだけを願って、帰り道も考えずに飛ぶ。
力強く、それでいて儚い。
それこそがグリザイユの本質。
「蒼井悠乃。次善策はあるのよね?」
「うん。エレナの足を止められたら、薫姉の魔法でどうにかできる――はず」
「分かったわ」
――アタシも協力する。
ギャラリーはそう言った。
「やっとなのよ。そして、これが最後のチャンスなの。アタシがお姉様を助けられる最後のチャンス」
ギャラリーは唇を噛む。
「だから、掴んで見せる。今度は、アタシがお姉様を守る」
予定としては、あと2話くらいでグリザイユ編は終わる予定です。
まるで5年前の再現のような戦場。そのまま昔のように『魔王を倒して終わり』となってしまうのか、それとも新しい道が開けるのか。そんな戦いです。
それでは次回は『5年前を越えて』です。




