最終章 47話 玉座に手を伸ばせ
グリザイユ編は続きます。
ズドンという音とともに、灰色の閃光が薫子の胸を貫いた。
それでも熱線の勢いは衰えることなく地面に着弾する。
「……っく――《叛逆の禁書書庫》」
薫子は冷や汗を垂らしながらも禁書を顕現させ――燃やす。
歴史書は焼け落ち、そこに記されていた事象が消滅する。
そうして薫子の胸に開いていた風穴がふさがってゆく。
「――危なかったですね……」
薫子はその場で尻餅をつく。
もしも歴史改変能力がなかったのなら、今ごろ薫子は地面に倒れ伏していたことだろう。
「――徹甲弾だね」
悠乃はグリザイユが放った魔弾の性質を予測した。
徹甲弾。追尾弾。拡散弾。
主に彼女が使う魔弾はこの三種類だ。
拡散弾で敵の足を止める。
敵が守りに入れば徹甲弾。
無理に逃げようとしたのなら追尾弾。
すでにグリザイユの勝ちパターンに嵌まりつつある。
「このまま守りに入るのはまずいよ。――こっちも攻めよう」
「ええ。障害物越しに撃ち抜かれるのは想定外でした」
悠乃と薫子は頷き合う。
障害物ではグリザイユの射線を阻めない。
それならむしろ正面から彼女と対峙するべきだ。
彼女を視界に収めている限り、射撃のタイミングを見失うことはないのだから。
「バラバラになっちゃう? せっかく3人いるんだし」
寧々子がしたのはそんな提案だった。
「拳銃は二丁。なら、3方向から立ち回れば一人はフリーにゃん」
そう寧々子は笑う。
「ですね。問題は、最終的に勝負を決めるのがわたくしでなければならないという点ですが――」
「フリーになった一人がエレナを止めて、最後は薫姉が……ってわけだね」
悠乃たちの目的はグリザイユを殺すことではない。
薫子の過去改変によって、彼女の記憶を取り戻すこと。
だから悠乃たちが意識するのは、上手く薫子にバトンを渡すこと。
それを念頭に置いて戦わねばならない。
「それじゃあ――」
「行こう」「行きましょう」「行くにゃん」
3人がそれぞれの方向へと散開した。
☆
「――《化猫憑依》っ」
寧々子は黒い魔力を纏う。
白無垢が解け、白い肌が露わになる。
局部を隠す黒い毛並み。
その姿はまさに化け猫だった。
「ここまで来たんだから――」
寧々子は荒れ果てた街並みを駆ける。
ガレキのハードルを最小限の動きで躱す。
そして彼女は――グリザイユの背後に回り込んだ。
「アタシも頑張らなきゃだよね……!」
寧々子は爪を振り上げる。
そのままグリザイユの背中を裂こうとするも――
「当たらぬ」
彼女の姿がブレたと思えば、すでにグリザイユは爪を躱していた。
――速い。
極限まで研ぎ澄まされた速力は、寧々子の動体視力を越えている。
「まだだッ」
だが戦っているのは寧々子だけではない。
グリザイユを横から氷の津波が襲う。
「無駄じゃ」
しかし彼女はそれを蹴りで押し返した。
「ダメか――」
悠乃はその光景に苦い表情を浮かべた。
「であれば、残りはこっちかの」
グリザイユが持つ二つの銃口が、薫子が隠れているであろう方向を狙った。
「「ッ!」」
「人数差を活かして包囲するのじゃろう? なら、マジカル☆トパーズがいるのは、誰にも射線を邪魔されぬこちらの方角じゃ」
現在、寧々子たちはグリザイユを中心とした正三角形を描く陣形を取っていた。
そうすればグリザイユを狙った攻撃が外れても、味方に当たるリスクは抑えられるから。
そんな考え方を逆手に取り、彼女は薫子の潜伏先を導き出した。
「お主らの動き方。おそらく本命は奴なのじゃろう?」
二つの銃口が灰色に輝く。
「にゃ――」
「まず――」
グリザイユは全力を以って薫子を狙っている。
二丁拳銃で集中砲火を受けたのなら、薫子に防ぐ術はない。
寧々子たちは急いで止めに入るも――
「いいえ。右です」
――薫子の声が聞こえた。
彼女は陣形を放棄し、グリザイユへと迫っていた。
彼女の右側から。
「馬鹿正直に――」
「教えるわけないじゃないですか」
銃口が薫子を狙うも、彼女は動揺しない。
むしろ笑みさえ浮かべている。
「わたくしは貴女の右にいましたが――」
「攻撃は下です」
「!」
薫子の言葉。
反射的にグリザイユは下を見た。
――何もない下側を。
「うふふ。焦るとよく言い間違えて困りますよね」
本命は――上だ。
グリザイユの頭上で禁書が開く。
あれは薫子が投げたものだ。
グリザイユに声をかける直前、彼女が投げたもの。
バスケットのシュートのように放られたことで高いループを描いた禁書は、グリザイユの視界のさらに上から彼女を狙っていた。
それを悟らせないため、薫子は虚偽の情報でグリザイユの意識を撹乱したのだ。
「『灰原エレナが記憶を捧げたという――』」
「――《灰色の憤怒》」
禁書がグリザイユを間合いに捉える直前。
彼女の銃口から灰色の球体が撃ち出された。
ゆっくりと漂う小さな魔弾。
シャボン玉のようにも思える灰色の弾丸。
とても対象に当たるとは思えない弾速。
だが、それを見た悠乃と薫子が蒼褪める。
「逃げてぇっ!」
悠乃が叫んだ。
「それは――」
寧々子の目が未来を視た。
だがもう――
「炸裂弾だッ!」
――間に合わない。
寧々子たちを襲うのは灰色のビッグバン。
掌に収まりそうなくらいに小さな魔弾は、一瞬にして戦場を爆炎で呑み込んだ。
☆
(失敗した)
――近づきすぎた。
悠乃は後悔していた。
間合いを詰めなければならない。
その考えに囚われて、グリザイユが持つもう一つの魔弾を失念していた。
炸裂弾。
放たれた直後は弱々しい魔弾だが、その魔弾は一瞬にして半径100メートル近くを巻き込んで爆発する。
接近することにこだわりすぎるあまり――悠乃たち全員がその爆発圏内に踏み込んでしまっていた。
結果として――グリザイユによって一網打尽にされた。
爆音と爆発光によって耳と目が潰される。
何とか身を守ろうと周囲に氷の盾を展開するが爆炎によって一瞬で溶かされる。
致命的な戦略ミス。
そんな言葉が悠乃の脳裏を流れた時――
「《虚数空間》」
音が、光が消えた。
気が付くと、悠乃はグリザイユからかなり離れた位置にいた。
悠乃だけではない。
薫子も寧々子も近くに座り込んでいた。
――爆風に吹き飛ばされたわけではない。
そうならこんな軽傷で済むわけがない。
なにより、さっきの声は――
「勘違いしないでよね」
揺れるピンクのツインテール。
その姿は、悠乃にとって印象深いものだった。
「お姉様に、友達を殺させたくなかっただけだから」
そう言って、少女――ギャラリーは腕を組んだまま悠乃を見下ろした。
ギャラリー合流です。
グリザイユ編が終われば、天魔血戦は最終部分に迫っていきます。
それでは次回は『届かない手』です。




