最終章 46話 魔神グリザイユ
グリザイユ編の始まりです。
「ッ!」
「この魔力は――!」
世界が悠乃たちを押し潰す。
そう錯覚しそうなほどに膨大な魔力。
恐怖さえ感じるほどの魔力。
だがその魔力には覚えがあった。
「――グリザイユ」
悠乃は魔力の持ち主の名を呼んだ。
曇天の空。
そこには灰色の女性がいた。
妖艶な、恐ろしくも美しい王女がいた。
「――マジカル☆サファイアにマジカル☆トパーズか」
グリザイユから発せられた言葉。
悠乃はその意味を一瞬理解できなかった。
彼女から、そう呼ばれるとは思わなかったから。
一方でグリザイユは周囲を警戒するように見回すと――
「マジカル☆ガーネットはおらぬのか。妾の隙をうかがっておるのじゃな」
「……?」
悠乃は違和感を覚えた。。
会話が成り立たない。不自然だ。
まるで悠乃と薫子が共闘していることを当然とする言動。
璃紗がここにいないことに対する解釈。
どうにもズレを感じる。
大きな、致命的なズレを。
「それにしても、これはもう一度チャンスを与えられたということかのう?」
グリザイユは自身の手を見つめ、呟く。
「敗北した妾に、もう一度やり直せと。そう言っておるのじゃろうか」
(目だ――)
ようやくグリザイユの変化に気がついた。
目だ。
そこには一切の迷いがない。
《怪画》と人間。
二つの種族の間に立っていたがゆえの葛藤が感じられない。
今の彼女は《怪画》だ。
迷いを押し殺したのではない。
本当に存在していないのだ。
あのグリザイユは――人間として生きた自分を知らない。
「力の上昇率と彼女の素振りから推測するに、おそらく彼女が捨てたのは――記憶」
薫子も悠乃と同じ結論に至ったらしい。
記憶。
この5年間の、灰原エレナとしての記憶を捨てた。
そうすることで彼女の能力は神の領域に至った。
それはつまり、それほどその記憶が大事だったということ。
そして――
――失われた記憶は一生戻らないということ。
「薫姉」
否。
まだ諦めるには早い。
「『エレナが記憶を捧げたという事実』を――爆破できる?」
薫子が持つ魔法――《書き変わる涙のわけ・叛逆の禁書書庫》。
女神化という不可逆の摂理さえも覆した魔法。
それによってグリザイユの過去を改変したのならば、失われた記憶を取り戻せるかもしれない。
そんな希望を託して悠乃は薫子を見る。
「幸い、わたくしの魔法はまだ使えます」
薫子が捨てたのは女神システムの管理者権限。
彼女が女神化したという事実は変えていない。
だから彼女は《女神戦形》を失わなかった。
「ですが、あの魔法はあまりリーチが長くありません」
戦っていたから分かる。
薫子の魔法が適用されるのは禁書を中心とした半径数メートル。
禁書を投擲したとしても、10メートルは最低でも近づかねばならない。
「正直、今の彼女を相手にそれほど間合いを詰められるとは思えません」
身体能力において、グリザイユは薫子を圧倒していた。
そこからさらに記憶を捧げて飛躍的な変貌を遂げた彼女の身体能力はおそらく――魔王ラフガに準ずる。
「未来が視えることを考慮しても、一度彼女の動きを完全に止めなければ《叛逆の禁書書庫》を当てることはできません」
「足止めで良いだけ、ありがたく思うしかないかぁ……」
悠乃は息を吐くと氷剣を構えた。
「そういうことなら、アタシも手伝おうかにゃ?」
そんな彼女の隣に並び立ったのは、魔法少女となった寧々子だった。
彼女は白無垢を纏い、グリザイユと対峙する。
「二人ほど強くないけど、いないよりマシだろうからね」
寧々子はそう笑う。
ここにいるのは女神と魔神。
そこで普通の魔法少女にすぎない彼女が戦場に立つには、並々ならない勇気が必要だろう。
それでも寧々子は躊躇わなかった。
「せっかく薫子ちゃんが人間として生きる決意をしたのに、それがバッドエンドだニャんてアタシが嫌だからね」
悠乃、薫子、寧々子。
3人でグリザイユを止める。
そんな決意を込め、悠乃はグリザイユを見据える。
一方で彼女はわずかに不思議そうな表情を見せていた。
「? 見慣れない魔法少女もいるようじゃの」
やはり悠乃たちの推測は正しいのだろう。
グリザイユは寧々子の存在を記憶していない。
「ふむ。やはり、やり直しというだけあって、運命を変えるにはより過酷な試練を越えねばならぬというわけか」
グリザイユの両手に二丁拳銃が握られる。
「構わぬ」
二つの銃口が悠乃たちを狙った。
「我が民の命運をつなぎとめるための試練なら、いくらでも越えて見せよう」
そして――
「《灰色の喝采》」
魔弾が射出される。
その数は――
「なッ……!?」
――1000を越えていた。
灰色の魔弾が横殴りの雨となり悠乃たちを襲う。
「《自動魔障壁》……!」
自動発動した防壁に魔力を注ぎ、より強固に補強する。
それでも弾雨には耐えきれず、障壁は砕けた。
「ぐっ」
悠乃の体を魔弾が掠める。
機関銃さえも生温い連射。
その発砲音は喝采だ。
灰色の王女の権威を讃える喝采だ。
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイにゃん……!」
寧々子が身を震わせる。
彼女たちは建物の陰に隠れ、魔弾をやり過ごしていた。
だがそれさえも時間稼ぎだ。
「5年間の記憶が消えたってことは、戦闘スタイルも昔に戻るのか――」
二丁拳銃を使った遠距離戦闘。
大量の弾幕で一方的に敵を制圧する王者の戦術。
「だとしたら悠乃君ッ……!」
慌てた様子で薫子が立ち上がる。
――悠乃たちは知っている。
魔王グリザイユの戦闘スタイルを。
逃げ場を塗り潰す広範囲への面攻撃。
敵はそうして逃げ道を失い、防御を固めるしかなくなる。
そのままジリジリと削り殺す?
否。
王はそんな凡俗な手を打たない。
真の王は――
「《灰色の覇道》」
――平民の悪足掻きなど一手で撃ち抜く。
「ぁ……」
未来を視たのだろう。
薫子は後方に跳び退こうとしていた。
だが次の瞬間には、灰色の熱線が――薫子の心臓を貫いていた。
「薫姉ッ!」
目の前の凄惨な光景に悠乃は叫んだ。
驚愕の表情のまま、薫子が崩れゆく。
これが――
面攻撃で戦場すべてを抑え込み君臨する。
そして、点攻撃で反逆の芽を焼き落とす。
これこそが――民にすべてを託された王。
――魔王グリザイユ・カリカチュアの戦いだ。
魔法少女としてのグリザイユは、魔王時代より魔力量が少なくなっていたのでここまで大盤振る舞いに弾丸を撃てなかったわけですね。それに、街を巻き込みますし。
だからこそ、魔力の残量を一切に気しなくて良い状態での隙のない弾幕こそ、彼女の本領です。
それでは次回は『玉座に手を伸ばせ』です。




