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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
最終章後編 天魔血戦・滅亡編
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最終章 43話 ヒビ割れた幻想

 薫子編はあと一話くらいです。

(薫姉の心が――壊れた)


 悠乃は直感した。

 ヒビの入った心を抱えて生きていた薫子。

 最後に見つけた女神というよりどころ。

 それを失った時、彼女の心が壊れた。

 取繕えないほど、砕け散った。

(でも、だからこそチャンスだ)

 これまでの頑なになっていた心が壊れた現状。

 それこそが好機。

(今なら――薫姉にも届く)

 殻を失った柔らかい心。

 弱点を晒し出した今にも潰れそうな心の核。

 そんな今だからこそ、彼女の心に届けられる。

 ――蒼井悠乃の言葉を。

「アアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 薫子の周囲に魔弾が浮遊する。

 複数の魔弾。

 そのすべてが《女神の(マージナル・マ)魔光(ギ・レイ)》だ。

 それが一気に――放たれる。

 拡散する幾条もの光。

 そのすべてが肉体を焼き貫くレーザーだ。

「はぁっ」

 だが悠乃は引かない。

 むしろ踏み出した。

 氷でいくつもの道を作る。

 足裏に氷のエッジを精製し、氷上をスケートのように滑る。

 時に別の氷道に飛び移りながら悠乃は薫子を目指す。

「くぅッ……」

 避けきれなかった《女神の魔光》を防ぐために《自動魔障壁(エスクード)》が出現する。

 砕けた氷の盾が悠乃の頬に傷をつけた。

 それでもスピードを緩めない。

 悠乃と薫子の距離が縮まっていく。

「薫姉!」

「今は戦争。戦争、戦争……。これを止めるのが、わたくしの役目。誰を……誰を殺せば戦争は終わるんですか……? 分からないから……とりあえず全員殺しましょう」

 薫子が目を見開く。

 彼女の手にはいくつもの手榴弾が握られていた。

「魔法少女も《怪画(カリカチュア)》も全員殺して……女神も殺す。そうすれば、戦争の元凶は全員殺せますよね?」

 放られる手榴弾。

 それを悠乃は氷剣の一振りで凍らせる。

「知ってますかぁ? うふふ。戦争に善悪はないんですよ? 始めたら、参加したら、みぃんな悪なんです。だから、みんな殺して――わたくしも死にます。こんな馬鹿げた戦争を始めたみんな――死なないといけないんです」

 薫子の手に爆弾が現れる。

 だが、悠乃の氷剣が彼女の手首の腱を断つ。

 薫子の手中からこぼれた爆弾を、悠乃は蹴り飛ばした。

「あ。でもぉ、戦争って……参加した人だけが悪いんでしょうか? 武器を売ったりする人も悪いですよね? じゃあ――あとは誰を殺しましょうか?」

 螺旋階段が爆発する。

 おそらく薫子が仕掛けていた地雷だろう。

 跳んで逃れる悠乃。

 そのまま落下してゆく薫子。

 二人の間合いがまた開く。

「んー? なら、わたくしみたいなどうしようもない愚図を生んだお父様とお母様は死罪ですね。なら、その結婚を祝福した親族も死罪。なら、その親族の人生に影響を与えてきた人も死罪なわけで。えっと……範囲が分かりませんね。まあ、全員殺せばその中に元凶はいたはずです。多分。うふふふふ」

「薫――姉!」

 悠乃は薫子に飛びかかる。

 迫る《魔光(マギ・レイ)》を氷剣で弾き飛ばす。

「薫姉……もう終わりにしようよ……!」

「すでにわたくしは終わっているんですけどね。それに、もしも元凶を取り逃がせば、わたくしはもう女神としても生きられない。なら、『ちょっと多め』に裁いておいたほうが確実じゃないですか?」

 迫る氷剣を薫子は魔力の防壁で受け止める。


「薫姉……戻ってきてよ」


 悠乃は薫子の目を見つめる。

 だが交わらない。

 交錯しているはずの視線がつながらない。

 どこまでも薫子の目は虚ろで、見えているはずなのに悠乃を見ていない。

 それでも悠乃は語りかける。

「女神じゃない、人間として僕たちと一緒に生きてよ」

 精一杯の言葉。

 それに対する薫の反応は――歪な微笑み。

「何を言っているんですか? 女神への変異は不可逆。もう、わたくしは女神システムの管理者という立場から――」

「嘘吐くなッ……!」

 悠乃は荒々しく叫ぶ。

 女神になれば戻れない。

 それは事実かもしれない。

 女神システムを熟知しているマリアならともかく、薫子が女神としての権能を誰かに譲渡できなくとも不思議ではない。

 だが、悠乃は理解していた。

 ――()()()()()()()()()()()()()()


「薫姉の《女神戦形(メシアライズ)》なら――『女神システムの権能を受け取った』という事実を爆破できる」


 それこそが悠乃に残された希望。

 その可能性に思い至ったからこそ、薫子が女神化してからも希望を失うことなく戦えた。

 まだ、薫子を救える可能性を見出したから。

「薫姉は逃げているだけだ! 自分で女神の宿命に縛られて、それを言い訳にして全部諦めているだけだ!」

 悠乃でさえ思いついたのだ。

 薫子が思いつかないわけがない。

 女神としての役割を捨てることは可能だと、彼女が気付かないはずがないのだ。

「全部捨てた? 全部諦めた? みんなに迷惑をかけた?」

 悠乃は薫子を睨む。

「捨てたなら、僕たちが一緒に拾う。諦めたなら、僕たちが背中を押す。迷惑かけたと思ってるなら――謝ってよ!」


「帰ってきてくれるなら――全部許すからッ!」


 氷剣を振り下ろす。

 雪嵐が薫子を階下に叩き落とした。

「謝るっていえば、僕は薫姉に言わないといけないことがあったんだ」

 正直、薫子の振る舞いによって迷惑をかけられたつもりなど悠乃にはない。

 それが彼女自身の選択であったことも理解しているし、多少の暴走はあれどそれを悪と断じることもできない。

 少なくとも彼女の女神になるという目的は、世良マリアを救っていたのだから。

 ただ蒼井悠乃が金龍寺薫子を失う未来を許容できなかっただけ。

 そんなエゴで始めた戦いだから、薫子のエゴを否定できるわけもない。

 そんな資格はない。

 しかし、悠乃にはどうしても許せないことがあった。

「前から思っていたんだ」

 悠乃は薫子を見下ろす。

「薫姉の自虐癖。僕は嫌いだ」

 悠乃は氷剣を構える。

「だって……そうでしょ?」


「親友を馬鹿にされて、ムカつかないわけないじゃないかッ!」


 たとえそれが本人であっても、大切な人を馬鹿にさせない。

 薫子自身にさえ、薫子を貶めることは許さない。


「僕の大切な人を、馬鹿にしないでッ!」


 本来なら女神となった時点で薫子を救うことは不可能になる予定でした。しかし、彼女の魔法が過去改変であるからこそ、踏み越えてしまった致命的な一線さえも引き返せる余地があります。


 それでは次回は『そして女神は道を外れる』です。

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