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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
最終章後編 天魔血戦・滅亡編
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最終章 42話 アタシの、せいなの?

 薫子編の終わりが近づいてきました。

 死。

 それはあらゆるものに訪れる終わり。

 不可避で、不可逆なこの世のルール。

 だがそれを一人の女神が――踏みにじった。


「『三毛寧々子の死』を――爆破する」


 薫子の手中で禁書が燃える。

 利己的な焚書。

 それが世界の歴史を変えた。

「ん……んんぅ」

 いつの間にか、薫子の足元には女性がいた。

 黒髪の、豊満な肢体の女性。

 なにより特徴的なのはその頭部に生えている猫耳だ。

「……あれ?」

 女性――三毛寧々子は目を覚ます。

 彼女は事態が呑み込めていないのか、周囲を見回しながら目をしばたたかせている。

「おはようございます。寧々子さん」

「…………薫子ちゃん?」

 薫子が声をかけると、寧々子が硬直する。

 寧々子が浮かべたのは安堵したような表情。

 だがそれは一瞬のことだった。

 彼女の視線が動き、薫子と目が合う。

 きっと寧々子は見たことだろう。

 薫子の瞳に浮かび上がった幾何学模様を。

 寧々子の表情がこわばった。

「薫子ちゃん……?」

 寧々子はわずかに唇を震わせ、尋ねた。


「女神に……なったの?」

 

 そんな彼女の問い。

 それに対し、薫子が見せたのは――笑顔。

 上品な微笑みなどではない。

 満面の。

 親に褒められたがっている子供のような、得意気で、誇らしげな顔。

 薫子は年齢以上に幼げな笑顔を見せていた。

「はいっ……! わたくし、女神になりましたっ」

 心底嬉しそうな薫子。

 きっと薫子にとって、寧々子は身近な大人で――褒めて欲しい相手なのだ。

 家族に見捨てられた薫子。

 年長者として頑張ろうとしていた薫子。

 そんな彼女が子供として、褒めて欲しい相手がきっと寧々子だったのだ。

「…………!」

 寧々子の表情が歪む。

 ――薫子は気付いているのだろうか。

 寧々子が痛ましいものを見るような表情で自分を見ていることに。

 そこには隠し切れない哀れみの念が込められていることに。

「うふふ。良かったぁ。思っていたんですよ。わたくしの《花嫁戦形(Mariage)》が未来の爆破であるのなら、《女神戦形(メシアライズ)》もその延長線上にある能力なのではないかと」

 薫子は饒舌にそう語る。

「寧々子さんが生き返って良かった……。見て欲しかったんですよ? わたくしが女神になって世界を――」


 パシン……。


 そんな音が塔内に響いた。

 乾いた音。

 それは寧々子が薫子の頬を叩いた音だった。

「なんで――女神になんてなったの……!?」

 寧々子は涙を浮かべて問い詰める。


「アタシは――女神になんてなって欲しくなかった……!」


「……………………え?」

 薫子の笑顔が固まる。

 信じてやまなかったのだろう。

 寧々子の笑顔を。

 彼女の祝福を。

 その幻想と現実のギャップが、薫子を凍りつかせた。

「女神なんかじゃなくて……薫子ちゃんには人間として幸せになって欲しかったのに……!」

 寧々子は薫子を抱きしめる。

 だが薫子は現実を受け入れられていないのか一切の反応を見せない。

「薫子ちゃんが家族と上手くいっていないのは知ってる」

 ――でも、それだけだったの?

「友達は? 好きなものは? ねえ。今が駄目だったら、未来はずっと不幸せなの?」

 寧々子は血を吐くような悲痛さを滲ませてそう言った。

「なんで、未来を諦めるような選択をするの……?」

 寧々子が鼻をすする。

 彼女は、泣いていた。

 一人の少女が下した不可逆の選択を前にして。

 彼女の未来に立ちふさがるであろう終わらない地獄を想って。

「ねえ薫子ちゃん……?」


「薫子ちゃんが女神になったのって……アタシの、せいなの?」


 寧々子は問う。

「アタシが……死んじゃったから。薫子ちゃんは戻れなくなったの? アタシの死が、薫子ちゃんの逃げ道を塞いだの……?」

「――――」

 悠乃には事情が分からない。

 薫子と寧々子の関係性を正確には理解できていない。

 そもそも、寧々子が死んでいたことさえ知らなかったのだから。

 だが話の流れから考えるに、寧々子は女神の後継者である薫子を守るために戦ったのだろう。

 だから彼女の死が、薫子が女神となることをやめられない原因になったと考えているのだろう。

「あ……あれ?」

 薫子がふらついた足取りで後退する。

「あれ……お、おかしいです……。こんなの……おかしいです」

 彼女は頭を抱える。

「女神になったらわたくしは世界の役に立って……。みんな、わたくしのことを認めてくれて。違う。わたくしは、みんなが幸せならそれで良くて……」

 薫子はうわ言のように繰り返す。

「そ、そう……。だから女神になったら褒めてもらえるだなんて不純で――。救済はもっと慈善的でないといけなくて……」

 足取りもおぼつかない薫子。

 ついに彼女は、足を踏み外した。

 彼女の体が後ろに傾き、螺旋階段を落ちてゆく。

「薫子ちゃん……!?」

 伸ばした寧々子の手も届かない。

 ――薫子はその手を取ろうともしない。

 そのまま彼女の体は階段を滑り落ちた。

 階段を転がり落ちる薫子。

 踊り場まで転落し彼女は止まった。

「薫姉……!」

 魔法少女はあれくらいで死なない。

 そう分かってはいても、悠乃は彼女に駆け寄ろうとした。

 だが、彼女の口から漏れた声が悠乃の足を縫い止める。


「――――何をやっていたんでしょうか……?」


 腕で隠されていて薫子の表情は見えない。

 抑えきれない嗚咽が塔内にこだました。


「全部捨てて、全部諦めて。そのくせに、みんなに迷惑かけて」


「なんでわたくし、女神になったの……?」


「うふふふふ……あははははは……!」

 薫子が笑う。

 手の下に隠れた表情。

 ただ、一筋の水がこぼれていた。

「所詮、愚図が神になっても、神業めいた馬鹿を晒すだけというわけですね」

 そう薫子は自虐した。

 女神になるという目標を得てから消えかけていた自虐的な言葉が再発した。

 きっと薫子は――また自分を認められなくなった。

 女神として世界を救うという価値を失った自分を――


「全部、壊してしまいたい」


 ――自分で見限った。


「ッ!」

 悠乃はその場を飛び退いた。

 彼女がいた場所を閃光が貫いた。

 滅茶苦茶な魔力制御で《魔光(マギ・レイ)》が放たれる。

 ろくに収束されていない、拡散する《魔光》。

 無差別で破滅的なこの光は、薫子の心そのものだ。


「もう今さら戻れません」


「みんな殺して」


「世界を救わなきゃ」


 もしも死の歴史を消してしまえば、本来なら大規模な歴史改変が起こってしまいます。

 ですが薫子の魔法は『一定範囲内』での過去改変なので、寧々子が生き返っても周囲の事象には影響を及ぼしません。


 それでは次回は『ヒビ割れた幻想』です。

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