最終章 41話 摂理への叛逆
女神薫子との戦いは続きます。
「――行って」
悠乃の周囲を氷剣の隊列が取り囲む。
全ての切っ先が狙うは薫子。
その光景を薫子は静かに眺めていた。
そんな彼女に向け、氷剣の大群が飛んでゆく。
「《叛逆の魔典》」
しかしすべての氷剣は薫子をすり抜ける。
女神化してなお、彼女の未来改変は健在だ。
(ここでもう一段)
だが悠乃もここで終わらせはしない。
氷剣と薫子が重なった時、氷剣が霧散する。
粒子となる氷の欠片。
そのすべてが鋭い刃となり、薫子の肺を裂く。
そのはずだったが――
「その攻撃ならもう見ました」
薫子が顔の隣に持ち上げたのは――手榴弾。
今、彼女の周囲では『破壊』の歴史は記されない。
ゆえに――手榴弾が薫子を巻き込んで爆発しても彼女は無傷。
吹き荒れる爆風。
それが何を意味するのかは悠乃にも分かっていた。
(爆風で氷の破片が――)
細かい粒子となった氷刃は軽い。
それこそ、爆風で散らされるほどに。
「こうすれば、氷の刃を吸い込むことはありません」
小さな氷の刃は体内に吸い込まなければ意味を持たない。
肌に触れたところで掠り傷にもならない。
「やっぱり、薫姉に同じ手は通用しないか……」
未来予知、未来改変。
そこに彼女の頭脳が加われば、一度見せた技は通じない。
「それじゃあ――」
悠乃は地面に氷剣を突き立てる。
すると薫子の四方を囲むように氷柱が伸びた。
「こうだっ」
四本の柱。
氷で作られたそれが――同時に弾けた。
氷の破片が無差別に飛び散る。
悠乃自身にも制御できない氷片の軌道。
それだけではない。
大量の氷片は互いに衝突し、さらに予測不能な弾道を描く。
これはいわば、氷のピンボール。
幸い、ここは塔という閉鎖空間。
暴れ馬のように跳ねまわる氷弾を回避するのは困難なはず。
「《叛逆の魔典》」
回避ができないのなら、避けられない運命を改変する。
薫子は『破壊』の未来を捻じ曲げる。
四方八方から飛来する氷弾が薫子をすり抜ける。
「まだだ――」
悠乃はさらに追撃の一手を打つ。
彼女が腕を薙げば、氷壁が顕現する。
壁は多面体のドームとなって薫子を閉じ込める。
響く衝突音。
氷弾がドームにぶつかり跳ね返っているのだ。
薫子をすり抜けた氷弾が反射し、再び彼女を襲う。
途切れない連撃。
それはついに薫子が変えられる未来の範囲を越えた。
「ッ……!」
氷弾が薫子の太腿にめり込む。
彼女は痛みに表情を歪め、
「がッ」
薫子の全身を氷弾が打ち据える。
彼女は衝撃で氷のドームを貫きながら吹っ飛ぶ。
「《叛逆の禁書書庫》」
「『攻撃を受けた』という歴史を爆破します」
薫子の体に浮かんだ痣が消えてゆく。
この世界において、彼女が被弾したという歴史はなかったこととなる。
「悠乃君じゃ絶対に勝てませんよ?」
薫子は微笑む。
「だって、悠乃君はわたくしを殺そうとしませんから」
彼女の口の端が吊り上がってゆく。
「今のわたくしは、即死以外なら一瞬で治せます。つまり、わたくしを生け捕りにしようとしている時点で、悠乃君の勝ち目はありません」
きっとそれは事実だ。
悠乃にとって、薫子を倒せばいいわけではない。
彼女を無事に連れ戻すことこそが目的。
だから悠乃は、薫子に致命傷を与えられない。
しかし薫子なら、意識さえ保っていればどんな負傷も『なかったこと』にできてしまう。
悠乃の目的と、薫子が手にした魔法は相性が悪すぎる。
「わたくしの《書き変わる涙のわけ・叛逆の禁書書庫》は、すでに起こった過去を爆破できます」
ダメージを受けたという過去を爆破する。
その時にそこには酸素が存在していたという過去を爆破する。
このように、薫子は過去にあった事実を消し去れる。
過去改変と呼ぶべき能力だ。
「今のわたくしは女神」
薫子の手に禁書が出現する。
「だからこそ、人間には分不相応な行いも容認される」
――こういうこともできるんですよ?
そう微笑む薫子は魅力的で、不気味だった。
一方、彼女は少し名残惜しげに禁書を宙に放る。
そして禁書が燃えた。
「『三毛寧々子の死』を――爆破する」
女神なので、死者蘇生という奇跡も起こせます。
それでは次回は『アタシの、せいなの?』です。




