最終章 39話 最期の一秒
全てが終わる一秒のお話です。
「ぬぅ……!」
悠乃の氷剣をグリザイユは魔力で精製した太刀で受け止める。
状況は拮抗。
だが――
「……!」
雪が舞い降り、グリザイユの肩に氷の華が咲く。
これで5輪目。
「くッ」
グリザイユは勢いよく距離を取る。
そして彼女は身をひねり、体に咲いていた氷の華をすべて砕く。
6輪目が咲けば、その人物は永遠に時を止められてしまう。
ゆえに彼女は常に体についた華に気を配らねばならない。
鍔迫り合いで足止めされるだけでも彼女にとっては痛手となる。
《氷天に咲く華は溶けることなく》はそんな駆け引きを相手に強いる。
たとえグリザイユが攻勢に転じようとも、6輪の花が咲く前に彼女は攻撃を中断しなければならなくなる。
「はぁっ」
悠乃の背後に薫子が飛びかかる。
彼女は拳を構え、悠乃の後頭部を狙う。
「時よ止まれ」
悠乃は時間を停止させた。
そのまま彼女は薫子の背後に回る。
――時間の流れが再開する。
「視えていますよ?」
薫子の目が悠乃を捉える。
そして薫子は手首のスナップだけで爆弾を放る。
爆弾は放物線を描き、悠乃の顔面に迫った。
「《大紅蓮散華・氷天華檄》」
蒼の風が広がる。
世界のすべてが凍りつく絶対零度。
一秒にも満たない間、範囲内のすべての生物が死滅する。
一瞬の後に解凍され、全員が蘇生するが――
「っ……」
爆弾が悠乃の額に当たるが――起爆しない。
薫子が一度死亡した時にはすでに、爆弾に込められていた魔法は解除されている。
「はぁっ」
悠乃は氷銃を薫子に向ける。
そのまま引き金を引くも――
「当たりませんっ」
氷弾は薫子をすり抜ける。
未来改変で破壊の歴史を拒絶したのだ。
しかし――
「それくらい読めてるからっ……!」
氷弾が一斉にカーブし薫子の背後で弧を描く。
そのまま氷弾は彼女を横から襲った。
薫子が未来改変で躱すことは分かっていた。
だから氷弾に強力な回転をかけ、軌道を曲げたのだ。
「く……」
薫子は地面に爆弾を転がす。
そして起爆の衝撃に紛れて彼女は体を後方へと吹き飛ばした。
彼女がいた場所を氷弾が通過する。
「厄介……ですね」
埃を浴びながら薫子はそう口にした。
戦いは悠乃が優位に進めている。
女神化した彼女の能力は、二人を圧倒している。
この場において悠乃は、無視できない存在となっていた。
「これなら――!」
悠乃の背後で衝突音が響く。
それはグリザイユの拳を《自動魔障壁》が防いだ音。
盾にはヒビが入っているが、グリザイユの拳は止められている。
――女神となったことで魔法の出力が向上し、氷壁の強度も増しているのだ。
「――! 《魔光》!」
グリザイユは左手で右手首を掴む。
彼女の右拳に魔力が収束し、放たれる。
ヒビが入った防壁ではそれを防ぐことはできず、灰色の奔流が悠乃を襲う。
「っ……!」
悠乃は跳躍して灰色の津波から脱出する。
わずかに左手に火傷を負っているが、ダメージはほとんどない。
「――――《合奏魔光》」
空中で隙を晒した悠乃。
薫子はそのチャンスを取りこぼさない。
融合する4つの《魔光》。
それは相乗効果によって数倍の威力の《魔光》となって悠乃に放たれた。
「《大紅蓮二輪目・紅蓮葬送華》ッ……!」
悠乃は魔法の撃ち合いに応じる。
氷剣の切っ先に冷気を凝縮する。
そして、刺突の勢いに合わせて一直線に冷撃を撃ち放った。
天へと昇る蒼銀の閃光。
地に伸びる黒金の閃光。
二つの光が衝突する。
均衡は一瞬。
貫通力に特化した《紅蓮葬送華》が《合奏魔光》を撃ち抜く。
黒金の魔法を相殺してなおその勢いを衰えない。
そして《紅蓮葬送華》は薫子の肩を突き抜けた。
「ぁ――」
続く《大紅蓮》による氷の血栓で傷口が破裂する。
血の飛沫が街に降る。
そのまま薫子は脱力し、地面に落下した。
彼女は四肢を放り出したまま動かない。
「薫姉。僕は――」
薫子の戦意が折れた。
そう思い、悠乃が自らの気持ちを告げようとした時――
「うふふふふふ…………」
薫子が笑った。
上品に。
それでいて不気味に。
彼女の微笑みはどこか致命的だった。
「うふふ、あは、くふふふふふふふふ…………!」
「薫……姉?」
異常な雰囲気に呑まれ、悠乃はわずかに後ずさる。
――駄目だ。
直感する。
何か、何かが壊れようとしている。
抑えきれない不安感が胸を支配する。
その正体は、薫子の口から紡ぎ出された。
「やっと……来ました」
「――――女神として、完全覚醒する時が」
薫子の両目に幾何学模様が浮かぶ。
片方しかなかった光翼がいつの間にか二対になっている。
「この一秒が、わたくしが人間として過ごす最期の一秒」
薫子は喜悦に口元を歪める。
「薫姉! 待って――!」
嫌だ。
薫子を女神になんてしたくない。
悠乃は必死に手を伸ばす。
しかし、薫子が最期の言葉を口にするほうが早かった。
「《女神戦形》」
「――――――《書き変わる涙のわけ・叛逆の禁書書庫》」
この日、人間としての金龍寺薫子は消滅した。
ついに薫子が女神となります。
彼女の場合は、正真正銘の女神システムの管理者です。
はたして不可逆の存在となった彼女を悠乃は救えるのか。
最後のチャンスを掴み損ねた、さらにその先の戦いとなります。
それでは次回は『最初の1ページ』です。




