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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
最終章後編 天魔血戦・滅亡編
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最終章 37話 等価交換

 悠乃がついに覚醒する回です。

「右目」


 グリザイユの魔力が膨れ上がる。

 振り上げた彼女の手元に灰色の炎剣が伸びた。

 そのまま彼女は大火力を振り下ろす。

 鞭のように伸びる炎。

 それが薫子を呑み込み――

「《魔光(マギ・レイ)》」

 金色の光が灰色の炎を打ち砕く。

 二つの攻撃が相殺され、戦場に一瞬の空白時間が訪れる。

 そのタイミングでグリザイユは薫子に迫った。

「はぁッ」

 空気を巻き込んだパンチ。

 だがそれは薫子を捉えない。

 彼女の体を抵抗なくすり抜けるだけだ。

「《叛逆の魔典(リベリオン)》」

 未来が改変される。

 新しい未来に『破壊』という事実は記されない。

「まだじゃッ」

 グリザイユは諦めない。

 空中で体を回転させ、足を振り上げた。

 すらりと長い脚が断頭台の刃のように打ち下ろされる。

 流れるような連撃。

 再び未来改変を行うには、まだ時間が足りない。

 未来改変が間に合わない。

「くっ……」

 薫子は両腕を交差させてガードを固める。

 さらに何層もの障壁を編み上げて攻撃に備えた。

 しかし――

「がッ……!?」

 グリザイユの踵が薫子の胸にめり込む。

 ビスケットのような気やすさで両腕の骨が砕ける。

 そのまま彼女は地面に叩きつけられた。

 頭がクラクラする。

 衝撃で脳が揺れる。

 薫子は途切れそうな意識を気合いで繋ぎ止める。

「これで、終いじゃ」

 グリザイユは薫子にまたがるように着地する。

 彼女は拳を構え、いつでも薫子にトドメを刺せる体勢を取った。

 そんな状況で――

「うふふ、うふふふふふ……」

 薫子は笑う。

 上品に。

 それでいて底冷えするような不気味さを内包した微笑み。

 わずかにグリザイユは気圧されたような仕草を見せる。

「何がおかしいのじゃ」

 そんなありきたりな問い。

 それに対して薫子が用意した答えは一つだ。

「いえ。この戦いで、貴女はいくつ捨てたのかと思いまして」

「…………!」

 わずかにグリザイユの肩が跳ねる。

 今の言葉で分かったのだろう。

 薫子が、グリザイユの《花嫁戦形(Mariage)》の本質を看破していることを。


「貴女の能力は()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「左耳。左手の小指。右目。貴女が体の一部を告げるたび、身体能力や魔力が飛躍的に向上しています」

 そこから導き出した答えだ。

 捨てた部位に応じて自己強化を行う能力。

 それこそがグリザイユの《花嫁戦形》。

 その自己犠牲的な在り方は実に彼女らしい。

「得られる恩恵の大きさから考えるに、契約は不可逆的なもの。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この戦いの中ですでに、貴女は消えない障害を3つ背負いました」

 薫子は微笑む。

「それで? 次は何を捨てますか?」

 ほんのわずかな動揺。

 それによってグリザイユの重心が乱れた。

「はぁっ……!」

 その好機を逃さない。

 薫子はグリザイユの足を持ち上げ、彼女の下敷きになっていた体を引き抜く。

 そのまま距離を取って――


「右腎臓」


 グリザイユが一瞬で距離を詰める。

「王は民を常に支配する。じゃからこそ――」


「いざというときに動けぬ王を、民は認めない」

 

 グリザイユの拳が薫子の腹を貫いた。



「く……ぅ……」

 腹の中に違和感が生じる。

 きっと今ごろ、臓物が一つ機能を失ったのだろう。

 グリザイユは歪みそうになる表情を抑え込む。

 薫子ならそんな微細な仕草さえも見抜き、利用する。

(このまま押し切るのじゃッ……!)

 今なら彼女を圧倒できる。

 だからこそ躊躇いなくグリザイユは身を削いでゆく。

 薫子が女神として完全覚醒する前に勝負を決めねばならない。

(妾は多大な代償でこの有利を掴んでおるだけすぎぬ)

 圧倒できている今がラストチャンス。

(拮抗では足りぬ。拮抗では妾の負けじゃ)

 時間が過ぎるほどに力を増してゆく薫子。

 そんな彼女に追いすがるためには、また体の一部を捧げるしかない。

 そのような戦い方を続けても、先に限界が来るのはグリザイユだ。

 だから今、決着をつけなければならない。

「ぁぁ……!」

 薫子が地面を転がる。

「トドメじゃぁッ!」

 グリザイユは地を砕く。

 ロケットスタートで薫子に迫り、命を絶つ一手を振るう。


「《氷天華(アブソリュートゼロ)》」


「!」

 グリザイユの視界を氷が塞ぐ。

 薫子とグリザイユ。

 二人が氷壁に隔てられる。

 グリザイユの追撃が止まった。

「…………どういうつもりじゃ」

 最後の詰めを妨げられた。

 不満を込め、攻撃の主を睨む。

 氷撃を放った少女――蒼井悠乃は揺らがない。

 彼女もまっすぐにグリザイユを見据えていた。

「言ったよね」

 悠乃は氷剣を構える。

「僕は、二人を助けるって」

 彼女の腹に開いていた穴は氷で埋められている。

 おそらく治ってはいないだろう。

 それでも彼女は立っていた。

 誰よりも弱いのに、誰よりも力強く立っていた。

 その覚悟は揺らがない。

「どちらが一人じゃ駄目なんだ。皆がいないと、僕は嫌なんだ」

「………………」

 正直、心に何も響かなかったといえば嘘になる。

 この5年間。

 そして、悠乃たちと過ごした1年。

 それに対する未練がないといえば嘘になる。

 彼女の手を取りたいという想いに負けそうになる。

 だが、それでは駄目なのだ。

 グリザイユ・カリカチュアは王とならねばならないのだから。

「悠乃君。もう遅いんですよ」

 ふらつきながらも薫子が立ち上がる。

 すでに彼女の傷は治療されていた。

「わたくしたちの道は別たれています。一緒に笑える未来だなんて、もうありません」

 残念なことだが、薫子の言うことは事実。

 グリザイユも薫子も多くの物事に縛られている。

 今さら方向転換などできない。

 もう、悲しすぎるほどに手遅れだ。

「嫌だよ。諦めたくない」

 それでも悠乃は折れない。

 神のごとき力などない。

 英雄のごとき精神などない。

 そんな彼女の悲痛な願い。

 ――女神は人を愛する。

 弱くても、誰かのために強くあろうとする種族を。

 愚かで、それゆえにまっすぐに誰かを愛することのできる種族を。

 そしてきっと今――


「――――――――僕は、みんなと一緒に帰りたいんだッ!」


 ――女神が彼女に微笑んだ。

「「ッッッ!?」」

 グリザイユと薫子が瞠目する。

 原因は、蒼井悠乃に起きた変化。

 彼女の目に起きた変化だ。

「あれは――!」

「悠乃君……まさか……!」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 彼女は氷剣を指でなぞり、呟いた。

「あの日の思い出は、記憶の中に凍りついている」


「――――――――《女神戦形(メシアライズ)》」


「――――《氷天に咲く(アブソリュートゼロ)華は溶け(・レクイエム・)ることなく(ホワイトレコード)》」


 蒼井悠乃の背中に、天使のような翼が生えた。


 ちなみにですが『女神化』と『女神システムとなる』ことは別です。

 女神システムの核となるためには女神化が必須なだけで、女神化した悠乃がそのまま女神システムの核になることはないです。あくまで、マリアに権能を譲渡されることが女神システムを継承する条件です。

 

 それでは次回は『氷天に咲く』です。

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