最終章 36話 君を助けたいと僕が思った
悠乃VS薫子VSグリザイユが始まります。
「悠乃君」
「悠乃……」
薫子とグリザイユの視線が悠乃へと注がれる。
そんな戦場の中心で、悠乃は氷剣を構えた。
「やっと見つけた」
この戦いの中、必死で追った。
敵であり、大切な友人たちに今、追いついた。
「《花嫁戦形》――――《氷天華・凍結世界》」
悠乃は纏う。
純白にして潔白の花嫁衣裳を。
「――悠乃君」
そんな彼女に声をかけたのは薫子だった。
彼女は虚ろな微笑みを浮かべ――
「無駄ですよ?」
そう言った。
「悠乃君の力では、わたくしたちの戦いに割って入ることはできません」
「…………」
悠乃にも理解できている。
薫子とグリザイユ。
二人が纏う魔力は圧倒的だ。
彼女たちは、一つ上の次元で戦っている。
「悠乃。妾は、お前と戦いたくはない」
グリザイユは薫子を盗み見る。
「奴は、女神として戦うことを選んだ。ゆえに、戦うことは仕方ない。そう思っておる」
そして彼女の視線が悠乃へと向けられた。
「じゃがお主は違う。お主はこの戦場において部外者じゃ。戦わなくて済むのなら、戦いたくはない」
――傷つけたくはない。
そう彼女は目を伏せる。
きっとそれは本音だ。
薫子との戦いは避けられないと諦めた。
だからこそせめて、悠乃とは戦わずに済ませたい。
本気でそう思っているのだろう。
「そうはいかないよ」
だが悠乃は拒絶する。
彼女もまた、不退転の覚悟でここに立っているのだから。
「僕は、二人を助けに来たんだ」
「たとえ二人が――それを望んでいなくても」
グリザイユが民のために《怪画》として戦うことを決めていても。
薫子が世界のために女神となることを願っていても。
関係ない。
二人を助けたい。
蒼井悠乃が、二人を助けたいと思っているのだ。
エゴのままに。
独りよがりに、そう思っているのだ。
「これは僕が決めた、僕のための戦いだ」
「誰にも、譲ったりしない」
それがたとえ、守りたい大切な人が相手でも。
「ああ見えて、お主は頑固じゃからのう」
グリザイユは大きく息を吐く。
そして――
「じゃから、死なぬよう……そこで寝ておれ」
駆ける。
グリザイユは地面を破砕し、悠乃に肉薄した。
「くっ」
悠乃は――時を止めた。
全てが凍りついた世界。
グリザイユの足が顔面に迫っていた。
一瞬でも判断が遅れていたら、悠乃の意識は容易く断たれていただろう。
悠乃は止まった世界を歩き、グリザイユの背後に回り込む。
「凍った世界に春が来る」
世界を停滞させていた氷が溶ける。
そして、世界が再び時を刻み始めた。
「ッ」
グリザイユの足が空振りする。
だが、
「甘いのじゃッ」
彼女はその場で回転し、悠乃のドレスの胸元を掴んだ。
そのままグリザイユは遠心力を乗せ、悠乃を地面に投げる。
(やば――)
あまりにもスピードの乗った投擲のせいで体勢が整えられない。
このままでは受け身も取れずに落下する。
「《氷天華》!」
悠乃は氷壁を背後に展開してブレーキをかける。
彼女の体は何枚もの氷壁を貫く。
だが、おかげで減速した。
悠乃は腰をひねり、四本足で着地する。
「ぅわッ」
しかし休む暇もない。
頭上ではすでにグリザイユの踵が迫っていた。
悠乃は慌てて横に転がる。
グリザイユの足はそのまま着弾し、広くクレーターを作りだす。
アレが当たっていたらと思うと恐ろしい。
「――悠乃君」
背後――耳元で薫子がささやく。
悠乃は反射的に氷剣を振り抜きながら後ろを向くも――
「《叛逆の魔典》」
氷剣は薫子の体をすり抜ける。
「0.1秒間、この世界に『破壊』の歴史は記されない」
「ぅ……!?」
すれ違いざま。
薫子の手が悠乃のポニーテールを掴む。
そのまま彼女は髪を引き、悠乃をコンクリートの壁に叩きつけた。
「後で治してあげますから」
薫子の拳が悠乃の腹を軽く押す。
そして彼女の拳に――魔力が収束した。
「《魔光》」
このままでは内臓を吹き飛ばされる。
だから悠乃は――氷剣を薫子の胸に突きだした。
彼女が魔法でそれを防いだのなら、悠乃に向けられた『破壊』もなかったことにして歴史が進む。
身を守るため、彼女の未来改変を引き出す。
そんな意図を込めての一撃だが。
「――痛い」
氷剣が薫子の胸を貫く。
彼女の口から血が垂れた。
「え――」
(なんで魔法を――)
使わなかったのか。
困惑する悠乃。
何より、
(僕、薫姉を――)
貫いた。
血で濡れた氷剣が汚らわしいものに思える。
同時に恐怖した。
思い出す。
「痛い……悠乃君」
5年前――魔王グリザイユを貫いた感触が、蘇る。
「ぁ――」
血の気が引く。
大切な人を殺してしまう。
そんな未来が、悠乃を恐怖させる。
「――――まあ、すぐ治るのですが」
バシュ。
そんな気の抜けるような音と共に、薫子の拳から放たれた閃光が悠乃の腹を貫いた。
「…………え?」
あまりにも突然の出来事に理解が追いつかない。
貫かれた。
悠乃の腹に穴が開いた。
内臓さえも焼き切られ、向こう側の景色が見える。
細く凝縮されていたおかげで内臓の損傷は少ない。
だが、それでも深手に変わりはない。
「わたくしを殺す気のない人を殺すなんて、簡単です」
「薫……姉」
「そこで伏して眺めていてください」
――わたくしが女神となるところを。
そう言い残すと、薫子は背を向けた。
そして彼女はグリザイユと対峙する。
――眼中に入ってもいない。
悠乃は所詮ただの不純物。
こんなにも簡単に戦場から追い出されるような矮小な存在。
そんな事実が悠乃の心を引き裂く。
その痛みを彼女は――
「まだ、だ……」
――立ち上がるための力に変えた。
腹を凍らせて出血を防ぐ。
長くはもたないが、死までのリミットは確実に伸びた。
「大丈夫。僕は生きている。生きて、立っている」
「まだ諦めてなんて、やるもんか」
三つ巴の戦いは少し長めになる予定です。
それでは次回は『等価交換』です。




