最終章 35話 はじまりの二人
5年前の戦い。
その始まりとなった二人です。
「そーいや。最初はアタシたちだけだったんだよな」
璃紗は誰に聞かせるわけでもなくそう呟いた。
5年前、朱美璃紗は仲間と共に世界を救った。
璃紗、悠乃、薫子。
3人の中で、最初に魔法少女となったのは璃紗だった。
それほど長い時期ではないが、璃紗とイワモンの二人だけで戦っていた期間もあった。
「そうだったね。君は、僕が最初に力を渡した魔法少女だ。初めての、パートナーだった」
「それで――アタシにとっては、お前が最初の仲間だった」
二人は小さく笑う。
微笑みのような、苦笑のような。
そんな曖昧な笑みだ。
「奇縁とでもいうべきか。はじまりの二人が今や、最後を決めるための戦いをすることになるとは」
魔法少女システムの。人間界の。
世界を構成する概念の終わり方を決める戦い。
奇しくもそこで、はじまりの二人が対峙した。
「ったく、色恋で世界を滅ぼそうだなんて……色ボケしやがって」
「そういう璃紗嬢もだろう? 悠乃嬢と良い仲になったようではないか。勝ち筋のない戦いにカップルで特攻など、それこそ色ボケしてるのではないか?」
「なっ……く……! ……気付いてたのかよ」
案外、この決戦が始まるまでの間、璃紗たちの監視も行われていたのだろうか。
そう考えていたのだが――
「ふむ。これでも、二度も一緒に戦ったのだ。交わす視線が以前とはまた違った趣を持っていることくらいすぐに分かる」
どうやら、イワモンは二人のやり取りを見ただけで、互いが抱いている感情を理解したらしい。
璃紗たちが分かりやすかったと思うべきか。
――イワモンが、璃紗たちを深く知っていたというべきなのか。
「勝ち筋のない戦いといえば懐かしいな」
イワモンは笑う。
「『目の前の人を救うため』なら負け戦でも突っ込んでいった璃紗嬢。救い手がいなくなることを最大のリスクと捉え、あくまで『世界を救う』ことに固執した薫嬢。仲の悪い君たちの仲介は、新人だった僕には大仕事だった」
「……そんなこともあったかもな」
璃紗は頭を掻く。
璃紗と薫子は、最初は仲が良いとは言えなかった。
正義感で戦う璃紗。
責任感で戦う薫子。
両者の主張はあまりに食い違っていた。
「『目の前の奴を救えない魔法少女が、世界なんて救えるのかよ』」
「『目の前の人を助けようとして死んだ魔法少女は、世界を救えるんですか?』……だったか?」
きっと、あのやり取りが二人の本質的な違いだった。
もっとも、そんな衝突もいつしかなくなっていったのだが。
「やっぱ薫姉は変わらねーな。昔も今も、世界だ女神だとかアタシとはえらいスケールの違いだな」
薫子は合理主義者だ。
リスクが大きすぎると判断すれば、一般人がそこにいても戦線離脱を実行した。
だから昔の璃紗は、薫子を冷たい人間だと思っていた。
だが、それが違うことは一緒にいるうちに自然と理解した。
彼女はただ、より多くの人を助けることに必死だっただけだと。
誰も取りこぼしたくないのは、薫子も同じだったのだと気づいた。
二人が三人になって、璃紗たちは互いを少し冷静に見ることができるようになった。
「とまあ――お喋りはこれくらいで良いだろ」
璃紗は大鎌を肩に担いだ。
思い出に浸りたい気持ちはある。
正直、こうやって懐かしい日々を語り合えるというのは嬉しい。
少し、鼻にツンとした感覚が走るくらいには。
だけど、そんな時間も終わる。
終わらせなければならない。
「ワリーけど手加減はなしだ」
――お前も好きな奴がいるっていうなら分かるだろ?
「早く、アイツのとこに行きたいんだよ」
「初々しくて何よりだ」
「言ってろ」
璃紗の視線が鋭くなる。
赤い魔力が溢れ、赫炎が彼女を包む。
渦巻く火柱。
「《花嫁戦形》――《既死回帰の大鎌》」
火炎の殻を破り、花嫁姿の璃紗が現れた。
純白にして潔白のマーメイドドレス。
「それじゃ――」
彼女は腰をひねり、大鎌を構える。
「――《大焦熱炎月》」
赤い月が戦場を包んだ。
☆
降り落ちる氷塊。
人体など一瞬で赤い水たまりに変えてしまいそうなほどの重量感を持った大きな塊が落ちてくる。
「「ッ」」
頭上の死角から迫る脅威に、薫子とグリザイユは同時に跳び退いた。
このタイミングで、この攻撃。
薫子の脳裏に一人の姿が浮かぶ。
きっとグリザイユも、同じ人間を思い浮かべているはず。
「やっと――届いた」
乱入者――悠乃はガレキを踏みしめ、強い決意を秘めて笑う。
蒼井悠乃。
金龍寺薫子。
グリザイユ・カリカチュア。
三つ巴の戦いが始まろうとしていた。
しばらく悠乃VS薫子VSグリザイユが主になると思います。
この物語において、一番重要な戦いですしね。
ある意味で、悠乃たちにとって女神と魔王の戦いなんてどうでも良くて、この三つ巴の戦いの結末こそが最重要なのです。
それでは次回は『君を助けたいと僕が思った』です。




