最終章 34話 はじまりの君
はじまりの彼が立ちふさがります。
「璃紗!」
「分かってるッ」
一瞬の殺気。
悠乃たちは同時に反応した。
攻撃は横合いから迫ってきている。
「ッ……!」
璃紗は飛来した弾丸を大鎌を盾にして防いだ。
反動で彼女はわずかに後ずさりする。
「狙撃……」
悠乃は弾道を辿り、敵の居場所を探り出す。
そこにいたのは――
「――――――――――――イワモン」
かつての大切な相棒だった。
彼は数百メートル先から悠乃たちを狙っていた。
こちらに向けられた視線にこもっているのは怒りでも憎悪でもない。
ただ、敵を倒すという冷静な戦意。
「来るぞ……!」
「うんっ」
璃紗が警告すると同時に、イワモンは追加の弾丸を放つ。
その数は四発。
二人にそれぞれ二発ずつ。
「「……!」」
狙撃とは究極の奇襲だ。
敵に悟らせない遠距離から秘密裏に撃ち抜く。
だが、言い換えてしまえば位置さえ知られていれば無力。
悠乃たちは軽く跳び退いて躱す。
回避後の隙を狙われないよう、イワモンから視線はそらさない。
だが、それが仇になった。
「璃紗!」
悠乃は視界の端に見つけた。
躱したはずの弾丸が跳ね返り、璃紗の背後を狙う光景を。
「跳弾かよ……!」
璃紗はとっさに大鎌の柄で弾道を塞ぐ。
柄の曲線に着弾した弾丸の軌跡が逸れる。
ギリギリの反応だったため弾が彼女の脇腹を掠めるが、軽く血が滲むだけで済んだ。
「ったく、厄介じゃねーか」
璃紗は舌打ちする。
悠乃たちはイワモンが戦う姿を見たことがない。
彼はあくまでサポートであり、《怪画》と戦うのは悠乃たちだけだった。
だから、彼にあのような狙撃技術があるとは知らなかった。
悠乃たちは、彼について知らないことばかりだった。
「どうやら、いつまでも狙撃だけってつもりでもないみたいだね」
米粒のような大きさに見えるイワモン。
彼の手から狙撃銃が消えた。
そして彼の周囲を魔力が包む。
「結構ロボっぽいな」
イワモンの変貌を目にした璃紗はそう呟いた。
彼が纏うのはパワードスーツだった。
フルフェイスのヘルメットに、人型のアーム。
両肩には細身のカノン砲が取り付けられており、まさに兵器と呼ぶべき姿だ。
何より――
「なんか、随分とダイエットしてるじゃねーか」
イワモンの体が細く引き締まっている。
さっきまでの膨らんだフォルムではない。
五年前のように細身のシルエットを作りだしている。
「――このスーツは体への負担が大きいのだよ」
「「ッ!」」
背後から声が聞こえた。
反射的に悠乃たちは背後の声から距離を取る。
一瞬。たった一瞬で、悠乃たちの背後にイワモンがいた。
彼は滞空したまま悠乃たちを見下ろしている。
「あまりに負担が大きいものだから、魔力を大量に蓄えておく必要があったんだ」
イワモンはそう告げる。
彼の背中からは魔力が光翼となり広がっている。
今、彼は己の血肉を魔力に変換しているのだ。
彼がこの五年間で蓄えた肉は、この戦いのための燃料だったのだ。
「負担は大きいが――力は本物だ」
イワモンの雰囲気に圧され、悠乃たちは身構える。
さっきのスピード。
それを悠乃たちは捉えられなかった。
あれほどの距離があったのに、見失ってしまったのだ。
初見だったとはいえ、それはイワモンの速力が凄まじかったということ。
彼の戦闘力は決して軽視できない。
「悠乃。先に行け」
それを理解できているはずの璃紗がそう提案した。
「でも――」
難色を示す悠乃。
だが璃紗は退かない。
「アイツがわざわざ来たってことは、まだ薫姉を連れ戻せるってことだ」
イワモンの目的はあくまでも、マリアの女神としての権能を薫子に渡すこと。
いくら魔王ラフガを殺そうとも、薫子が女神として覚醒できなければ意味がないのだ。
「わざわざアタシたちの足止めをするっていうことは、まだ薫姉の能力は女神の領域に届いてねーってことだろ?」
「確かに、薫姉が女神として充分な力を持っているなら僕たちの存在なんて気にする必要がないもんね」
女神の力は魔法少女の上位互換だ。
イワモンが手助けをする必要もない。
どうせ悠乃たちが力を尽そうと無駄なのだから。
悠乃の存在など歯牙にかけず見送ればいい。
そうしないということは――
「つまり、まだ薫姉は未覚醒――戻れるってこと」
「だけど、そんなに余裕があるとは思えねー。薫姉が覚醒するのがまだ先って言うなら、ラフガを殺した時点で身を隠すだろ」
そうやって覚醒までじっくり待てばいい。
その選択をしなかったのは、薫子の覚醒と《怪画》の掃討。この二つを同時に達成できるという見込みがあったから。
女神マリアを人間に戻すための条件をすべてこの日に達成できる算段があったから。
「なら、どっちかが早いとこ薫姉に会いに行かないとだろ?」
璃紗は言う。
行け、と。
悠乃の手で、薫子を救えと。
「それに薫姉だけじゃねー。あっちにはエレナもいる。二人を連れ戻そーって考えたら、やっぱり悠乃が適任だろ」
薫子との縁の深さだけではない。
悠乃とエレナの因縁は五年前から深く続いている。
最後の戦いで、対峙した二人として。
最後に引き金を引いた両者として。
だからこそ璃紗は、悠乃が行くほうがエレナを説得できる可能性が高いと判断したのだ。
その縁の深さが、エレナを救う鍵となると。
「二人で行けば――って言いたいけど。難しいよね」
悠乃と璃紗。
二人で協力し、最短でイワモンを倒す。
それが一番堅実に思えるかもしれない。
しかし、そうなればイワモンは時間稼ぎだけに注力する。
負けないように逃げ。
逃がさないように追う。
そんな徒労ばかりが積み上がる戦いとなる。
それでは結果的にロスとなる。
イワモンに足止めされるのではない。
イワモンをここで足止めする役が必要なのだ。
「じゃあ……任せた」
「おう」
短い言葉を交わす。
だが、それだけで充分に伝わった。
互いへの信頼が。
共に帰ろうという意志が。
「今度会う時は、みんなと一緒でね」
そう言って、悠乃は駆けた。
「させると思うかね?」
当然、イワモンはそれを黙認などしない。
彼の手にライフルが現れ、悠乃を狙う。
だが彼女は一切頓着しない。
だって――任せたから。
「らァッ」
璃紗が大鎌を振り下ろせば、一気に地面がめくれ上がる。
土石の波はイワモンが放つ銃弾を防ぐ壁となる。
イワモンの射線が通るころには
「逃がしたか」
――もう悠乃はこの場を走り去っていた。
イワモンが5年間で激太りした理由は、パワードスーツを纏うためです。
当初は『自堕落な生活のせい』と言い訳されていたものの、彼は5年間休まずに戦いの準備をしてきたのだから、激太りにもまた理由があるわけです。
それでは次回は『はじまりの二人』です。




