最終章 32話 戦場に広がる波紋
最終章は後半に入り、本番です。
町から、一つの絶望が消えた。
絶対的な力を持つ者同士がぶつかり、片方が潰えた。
その衝撃が、その場だけで収まるはずなど――ないのだ。
☆
「――世良さんが勝ったのね」
倫世は戦いの行方を察していた。
マリアが勝利した以上、魔王軍に勝ち目はない。
いくら残党が集まろうとも、女神という絶対強者を討つことは叶わない。
だからこれから行われるのは掃討戦。
《怪画》という種族を滅ぼすための戦いだ。
「これですべてが決まった。世良マリアが勝利し、彼女は薫子に女神の権能を引き渡し――人間として生きる。それで終わりだ」
彼女の傍らでテッサはそう口にした。
きっと彼の言う通りだ。
ここからは万が一の逆転劇も起こらない。
すべてが順当に、予定調和で収束してゆく。
「今回の戦いで女神の力の解析も進んだ。すぐにとはいかないが、いずれは女神システムに頼らない世界救済システムも実現するだろう」
テッサは小さく笑う。
彼は研究者だ。
彼は女神の力を研究し、女神に頼らずとも世界が守られる仕組みを作ろうとしている。
「でも、それまでの間に女神は何度戦うのかしら?」
「愚問だな」
倫世の問いを一蹴する。
「無論。数えきれないほど、だ」
女神は時間に囚われない。
現在、過去、未来。
あらゆる世界線で世界を守り続ける。
もしも数年後に女神を必要としないシステムが生まれたとする。
倫世たちの視点では、それ以降に女神が現れることはない。
だが、女神の視点では?
彼女は過去で無限に戦い続けるだけだ。
確かに、自律システムが生まれて以降の時代に呼び出されることはないかもしれない。
しかし、女神から考えてみればなんの慰めでもない。
自律システムが確立する前の時代には、無限の戦場が待っているから。
「どうあっても……女神になってしまえば救われないのね」
倫世のため息は空に消えた。
☆
「あら。死んだのは魔王のようですね」
薫子は和やかに微笑む。
優しい風に撫でられ、波打った金糸が揺れる。
「これで、心残りは減りましたか?」
薫子は、地面に倒れたグリザイユにそう問いかける。
すでにグリザイユは満身創痍。
なんとか立ち上がったが、最初に比べて明らかに動きが鈍くなっていた。
一方で、薫子の体に傷はない。
――魔力がすでに3割程度にまで消耗しているが、黙っていれば看破されることもない。
薫子は優雅な笑みでグリザイユを見下ろす。
「これでもう、貴女の勝利に意味はない」
――それでも続けますか?
薫子はそう問いかける。
ラフガが死んだのだ。
ここでグリザイユが勝とうとも、彼女はマリアに勝てない。
すでに詰んでいるのだ。
この状況で希望を抱くことなど欺瞞だ。
そういう意図を込めて告げたのだが――
「逆じゃ――」
グリザイユは地面を踏みしめる。
その一歩は――重い。
確実な一歩を踏み出してゆく。
「妾が、負けられぬ理由が増えた」
グリザイユの目には強い覚悟が灯っている。
「妾にとって、人間として生きた時間は宝物であった」
――じゃが、
「今の妾は――《怪画》じゃ」
彼女はそう宣言する。
《怪画》と人間。
二つの種族間で揺らいでいた心が――定まった。
グリザイユは、《怪画》の王としての自分を受け入れた。
「このまま、民を滅ぼさせるわけにはいかぬ」
順当にいけば、今日で《怪画》は滅亡する。
グリザイユは、その運命に抗おうというのだ。
己の手で、民の未来を切り開くと。
「お父様が言っておったのう」
グリザイユの魔力が増してゆく。
「妾は魔法少女としての因子を持つがゆえに、運命の修正を受け辛い立場にあると」
魔法少女とは、結局のところ女神の駒だ。
女神から力を借り受け、自分の手で自分の種族を守る。
ビジネスじみた言い方になるが、下請けとでも評すべき存在。
ならば、魔法少女の行動が女神によって制限されるはずもない。
むしろ女神の祝福受ける存在といえる。
「であれば、突破口はここにしかないじゃろう?」
「――――――――《花嫁戦形》」
グリザイユの覚悟が、扉をこじ開けた。
扉の先にあるのは運命を変えるための力。
それは純白にして潔白の花嫁衣裳となり、彼女の身を包む。
「《敗者の王の最期》」
そこにいたのは、美しく――そして気高い灰色の姫。
身に宿した魔力は膨大。
民の期待を背負う、最後の光。
彼女ならば。
そう思わせるカリスマ。
そんな力強さを持っているというのに――
「王は神に勝てはしない。神に勝つのは、いつだって英雄」
薫子は目を細めた。
「そして英雄の末路は、悲劇だと相場が決まっています」
大いなる偉業と引き換えに、無残に命を散らすものと決まっている。
だからだろうか。
薫子の目には、グリザイユの姿がひどく危ういものに見えていた。
グリザイユの《花嫁戦形》の詳細は後程です。
それでは次回は『民に捧げる心臓』です。




