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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
最終章前編 天魔血戦編
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最終章 31話 悪

 今話で中盤戦は終わりです。

「お父様ッ」


 キリエは叫んだ。

 彼女は最高速で町を駆け、ラフガのいる場所へと向かっていた。

 そこで目にしたのは、心臓を穿たれ地に倒れた父の姿。

「お父様、お父様、お父様……!」

 錯乱状態に陥りかけながらキリエはラフガの肩を揺らす。

 すると、彼の瞼がわずかに動いた。

「――キリエ、か」

 ラフガの口から声が漏れる。

 それはこれまでの姿からは想像もつかないほどに弱々しく、そして掠れた声だった。

 嫌でも分かってしまう。

 彼の命が、尽きかけていることを。

「なんで――」

 キリエは、ラフガの胸に突き立てられたサーベルを握る。

 見慣れたデザイン。

 柄から伝わる魔力も、キリエが知っているものだった。

 さっきまでここにいたはずの。

 そして、今はここにいない男のものだった。

「――トロンプルイユ」

 トロンプルイユ。

 そして加賀玲央。

 なにより、同じカリカチュアの姓を持つ者。

「なんでお父様を……」

 キリエ・カリカチュアは知っていた。

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 そして、彼がその事実を知っているであろうことにも気付いていた。

 彼が秘めた魔力の質から、なんとなく察していた。

 だけど、あえて指摘しなかった。

 兄妹だから、最後は分かり合えると思っていた。

 最終的には、ラフガの下で一緒に戦えると思っていた。

 なのに――


「アイツが……お父様を殺したの?」


 確かに、玲央は父への恨み言を口にしていた。

 だが、こんな凶行に走るとは思わなかった。

 ラフガが復活してからは、玲央は彼に対する意趣返しを諦めていたように見えたから。

 時が経てば、同じ魔王の血族であることを彼自身の口から聞けると信じていた。

 それまで、待つつもりでいた。

 だから、キリエが魔王となってからは側近として迎え入れたいとまで思っていたのに。

「なんで、なんで、なんでッ」

 キリエの中で憎悪が燃え上がる。

 グリザイユに対して抱いていた嫉妬とは違う。

 あんなちっぽけな炎ではない。

 胸にあるのは、地獄の業火でさえぬるい破滅的な怨嗟。

「思えば――」

 ラフガは手を伸ばす。

 天に向かって。

「我は思うがままに生きたが、思うがままになった物事は案外と少なかったように思える」

 ラフガは自嘲する。

「最後までグリザイユの心を操ることはできず――まさか、知りもしない息子に殺されるとはな」

 ――運命の上で結ばれた約束とは恐ろしいな。

「お父様! 死なないでッ!」

 キリエはラフガに縋りつく。

「アタシはこれから、もっと成長するッ! そして、いつかお父様に認めて欲しいと思っているんだよッ……! だから――」

「――そうか」

 ラフガの手が動く。

 その手が置かれたのは――キリエの頭だった。

「考えてみれば、最初から最後まで――お前だけは我の期待を裏切らなかったな」

 ラフガの笑みが深まる。

「皮肉なものだ。一番期待していなかった娘が、最後まで我のために動いていたなどとは」

「…………」

 キリエの目からこぼれた涙が、ラフガの頬へと落ちる。

「――決めた」


「キリエ・カリカチュア。お前を、我の正統後継者とする」


 ――我の力を、すべて受け継ぐのだ。


 そうラフガは告げた。

 しかし――

「嫌、だ……。お父様は……生きて、アタシを見守ってよ。お父様の力を借りなくても、立派な王になるから。王の力なんかいらないから――王になったアタシと共に生きて、見ていてよ……」

 ラフガの力を受け継ぐ?

 きっとそれは魅力的な提案なのだろう。

 ――今が父の死に際でさえなければ。

 絶対強者としての力も、大切な人の死という絶望を上回ることはない。

「――我の力は受け継がれ、我の野望は途絶えない」

 ラフガは満足げに笑う。

「我が覇道は、歩む者が変わろうとも途切れはしない」

 ――故に、何度正義が勝とうとも悪が滅びることはなかった。

 そこまで言うと、ラフガの手から力が抜けた。

 キリエの頭上から掌が離れ、地面に落ちる。

 ――ラフガ・カリカチュアの鼓動が止まった瞬間だった。


「あ、アアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 キリエは慟哭する。

 巻き上がる怒りと憎しみ。

 それだけではない。

 大切な人の魔力が流れ込んでくる。

 分かる。

 己の存在が書き変わる。

 《怪画(カリカチュア)》から魔王へ。

 魔王から――――――魔神へ。


「《魔神戦形(ディアボライズ)》」


「《挽き裂くは縁切(カット&ペースト・)りの爪(デリート)》」

 

 キリエの背中を突き破り、大量の鉤爪が現れる。

 それは触手のようでいて、翼のようでもある。

 刃同士が擦れるたびに、耳障りな音が鳴る。

 禍々しく、見た者に本能的な恐怖を与える姿。

 これぞ悪神。

 悪の救世主の姿だ。


「トロンプルイユ」


 キリエの口が弧を描く。

 流れる血涙。

 そこにあるのは狂気と――


「アタシは――お前を殺す」


 ――家族を殺された少女の叫びだ。


 ここから最終章は終盤戦に突入します。

 そして最終章後編『天魔血戦・滅亡編』へと続きます。


 女神化までのタイムリミットが迫る薫子。

 ラフガの死によって王としての覚悟を決めるグリザイユ。

 玲央への復讐を決意したキリエ。

 グリザイユを救うために行動するギャラリー。

 《逆十字魔女団》結成について大きな秘密を抱えた倫世。

 戦線離脱したまま行方知れずのリリス。

 そんな彼女たちの戦いが絡まり合う後編となります。

 陣営や運命に縛られていた皆が、自分の意志に従って陣営さえも外れて戦う。

 これまで物語を支配し続けてきた運命に打ち克つための戦いです。


 それでは次回は『戦場に広がる波紋』です。


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