最終章 28話 神秘を殺す弾丸
もうすぐ天魔血戦も終わりです。
「また外れ☆」
マリアの姿が消え、ラフガの拳が虚空を殴る。
だが彼のパンチが生み出す衝撃波それで終わらない。
撃ち出された空気が100メートル以上先にある乗用車を天に飛ばした。
紙屑のように吹き飛んだ車が落下地点で爆発する。
「きゃー☆ ローンが残ってるかもしれないのにー」
「ふん。生きて嘆けると良いがな。車の持ち主とやらが」
そう笑うと、ラフガは片手で道路標識を引っこ抜く。
そのまま彼は標識を斧のように振り抜いた。
神速のスイング。
空気との摩擦で金属が溶け、赤く発熱した飛沫となってマリアを襲う。
「絶対無敵☆ガード!」
ふざけたネーミングと共にマリアが防壁を作る。
だがその結界は、名付け以上にふざけていた。
――たった一秒もかからずに3000層に及ぶ障壁を編み上げたのだから。
溶けた金属の弾丸も、そんな城壁じみた守りは崩せない。
「やはりお前は、我が手で殺すしかないか」
力ではマリアの結界を貫けない。
《基準点》で構成要素たる魔力を消さない限り。
そうラフガは理解した。
確信していた。己の拳なら神を殺せると。
「さっさと沈め」
彼は拳を引く。
「古き神よ」
そのままマリアを殴りつけようとして――やめた。
視界の端に映ったのだ。
己に迫る魔力の閃光に。
出処は遥か遠く。
――狙撃だ。
「くだらん」
狙撃をラフガは手の甲でガードした。
魔力による攻撃など容易く散らすことができる。
そのはずが――
「な……!」
狙撃がラフガの掌を貫いた。
顔を背けたおかげで脳天を撃ち抜くことはなかったが、狙撃が頬を焼く。
「《基準点》で防げないだと……?」
ラフガの手は魔力をかき消す。
故に魔力に由来する攻撃は意味がない。
その例外があるとしたら、魔法処女の原点である女神マリア。
魔法少女数百人分の魔力を持つ彼女でもない限り、正面から《基準点》を突破できない。
マリアがこの場にいる以上、狙撃は別の魔法少女のはずなのだが。
「――あれは」
ラフガはつぶやいた。
違う。
あれは、魔法少女ではない。
白い猫だ。
白猫――イワモンが狙撃銃をこちらに向けている。
対物ライフルの銃口からは煙が昇っているため間違いはない。
さっきの狙撃は、彼によるものだ。
「なんで《基準点》で防げないかなんて簡単だよ」
マリアはそう笑う。
「だってあれは魔法よりも魔法みたいな――」
「――神秘を殺す科学だもん」
科学。
それは物理的存在であり、魔力を持たない。
だからこそ《基準点》の干渉を受けない。
――しかも、《基準点》の影響がないとはいえラフガの掌を貫いた時点で規格外の威力を持っていることになる。
魔力のこもっていない一撃とは信じがたい。
「ウチにはす~っごく頭の良い子がいてね。作ってくれたんだよ」
「なるほど。これが、我を殺すための一手というわけか」
ラフガは視線を玲央に向けた。
「トロンプルイユ。狙撃だけに警戒し、すべて防げ」
「…………はい」
玲央は小さく頭を下げると、視線をイワモンがいた方向へと向ける。
彼ならば狙撃を幻に変え、封殺することができる。
ラフガとマリア。誰の干渉もない戦場を作ることができる。
――互いの攻勢は止まった。
ラフガの掌には風穴が開き、血が止まらない。
マリアは内部こそ損傷していないが複数個所に痣を作っている。
条件は五分。
その形勢はまだ傾かない。
☆
「《女神の魔光》」
マリアがピンクの閃光を放つ。
その威力はこれまでで最大のものだ。
「女神の資格がある魔法少女にしか撃てない最強の《魔光》だよ☆」
桃色の奔流。
ラフガはそれを片手で防ぐ。
しかし、《女神の魔光》を消すことはできない。
ラフガの体が圧されてゆく。
だが拮抗している。
彼はマリアの攻撃を止めている。
だから――
「《女神に外れる道はない》」
マリアはラフガの背後に移動する。
移動という過程を省略し、瞬間移動する。
そして、
「《女神の魔光》」
ラフガの背中に魔閃光を叩きこむ。
「ちっ」
だが彼も負けてはいない。
残していたもう一方の手で魔力の光線を受け止める。
前後から女神の攻撃に挟まれてなお崩れない。
それはもはや彼が王ではなく、マリアと対等な『神』の領域に踏み込んでいることの証明だった。
だが――年季が違う。
「さらにもう一発ドン☆」
マリアはさらに、ラフガの下方に瞬間移動した。
左右。
そして下から――
「《女神の魔光》」
女神の流星が天に昇った。
いくら速くとも、ラフガの腕は二本しかない。
前後の攻撃を防いでいる今、3方向目からの攻撃は止められない。
「ッッ――!」
高密度の魔力にラフガは呑み込まれてゆく。
ピンクの光は巨大な柱となり町に顕現した。
「おっと……!」
それでも負けを認めない。
敗北を認めるなどという潔さは存在しない。
ラフガ・カリカチュアは悪であるがゆえに、そのような美徳を持ち合わせない。
それは、悪としてのプライド。
衝突音。
それはピンクの閃光を貫いた大剣が、マリアが作った防壁とぶつかった音だ。
ラフガはマリアの攻撃が直撃してなお、反撃をしてみせた。
手にしていた大剣を投擲し、彼女の命を狙ったのだ。
「でも、苦し紛れだねっ」
マリアの強固な結界を砕くには至らず、大剣は弾かれた。
そのまま大剣は町並みに墜落してゆく。
「――苦し紛れか?」
「っ!」
声が聞こえた。
そして――結界が貫かれる。
「ぁっ……!」
障壁をぶち抜いた腕がマリアの首を掴む。
その腕の主は――
「ならお前が襲われるのは――この上なく純粋な苦痛だ」
ラフガだ。
彼は体中に火傷を負いながら、マリアの攻撃をくぐり抜けていた。
正面から突っ切って、マリアに肉薄した。
「それでは、神を堕とすとしよう」
ラフガはマリアの首を掴んだまま、地面へと突撃した。
天魔血戦の中盤戦がもうすぐ終わります。
少しずつ物語が終わりに向かっていると思うと、感慨深いものがあります。
それでは次回は『神体を砕く者』です。




