最終章 27話 神にも届く拳
天魔の戦いは続きます。
「ッ」
高速でラフガは戦場を駆ける。
戦場に残る無数の残像。
常識外れの速度に、実像を捉えることは叶わない。
「速いねー☆」
マリアは弓を構える。
――しかし、そこに矢はない。
というのに――
「チッ」
血の粒が飛んだ。
矢がラフガの肩を掠めたのだ。
マリアは『矢を放つ』という過程を省略し、『矢が当たる』という結果へと跳躍する。
不可避の一矢。
ゆえに超スピードをもってしても完全回避は不可能。
だがそれは敗北を意味しない。
ラフガは動き回ることで矢の直撃を防ぐ。
彼の体力ならば、何発矢が掠めようとも死なない。
そうしてマリアに接近し拳を叩きこむ。
そうすれば己の勝ち。
彼はそう考えているのだ。
(結構難しいかなー)
マリアは内心でラフガの速さに脅威を覚えていた。
因果跳躍をしなければ一発たりとも当たらないほどのスピード。
因果跳躍をしてもなお致命足り得ない。
もしも接近を許せば、一瞬で殺されるだろう。
ラフガの強さは、もはや世界のバグといっていい。
マリア以外の何人たりとも、彼を殺せはしないだろう。
「仕方がないから、もう一段上を見せちゃおうかな?」
マリアは笑う。
「因果跳躍一段――『100発の矢を用意する』過程を跳躍」
突如、マリアの周囲に大量の矢が現れた。
いくら女神とはいえ、これほどの本数の矢を用意するには数秒を要する。
だが、この戦場でそんな隙は許されない。
だから省略した。
「因果跳躍二段目――『矢を撃つ』という過程を跳躍」
そして100本の矢が消える。
次の瞬間には――
「ぐッ……!」
ラフガの体に数本の矢が刺さる。
すべてを躱すことはできなかったらしい。
マリアの因果跳躍は一度に一つの行動しか省略できない。
ゆえに基本戦術は『攻撃動作』を省略し『当たる』という結末に至るというもの。
それが一段目。
そして二段目はもう一つ跳躍の回数を増やす。
強力な攻撃のための『溜め』と『動作』を省略するのだ。
そうすることで溜めが必要な強い魔法もノータイムで放てる。
それが二段目。
いくらスピードで翻弄しても、100本の矢を同時に躱すことは不可能。
どんな回避動作をしたとしても『矢が当たる』という結末が決まっている以上、どれか数本くらいは直撃する。
掠めただけで済む物量ではない。
「それじゃあトドメだね」
被弾によりラフガが動きを止めた一瞬。
そこを狙って矢を放つ。
いや、『放つ』などという無駄な工程を跳躍する。
最短で放たれた一矢は――
「がッ……!?」
ラフガの額を貫いた。
「おーしまい☆」
後ろに倒れてゆくラフガの体。
それをマリアは笑顔で見送る。
「これでこの戦争は――」
「――我の勝ちだ」
「!」
突然の勝利宣言。
しかも声の主は、さっき殺したはずのラフガ。
マリアは目を見開く。
「よくやった――」
ラフガは告げる。
「トロンプルイユ」
この異常事態を演出した存在の名を。
「……さっき撃ったのは幻だったんだね」
「そうだ」
確かに、この場にトロンプルイユがいたのは記憶している。
だが記憶から排除していた。
このレベルの戦いに、彼が参加することは不可能だと判断したから。
取るに足りない存在だと思っていたから。
「我とお前の戦い方は正反対」
遠距離戦闘で無類の強さを誇るマリア。
近距離戦闘において並び立つ者のいないラフガ。
真逆で、その分野において頂点に立つ二人。
「近づけなければ我の負けで、近づけば我の勝ち」
この戦いはそんなシンプルな真理で成り立っている。
「そして、一撃でも完全にお前の攻撃を躱せたのなら」
「一撃で我はお前を殺せる」
気が付くと、ラフガはマリアに肉薄していた。
――この勝負は薄氷の上で作り上げられている。
これまでラフガが防戦一方だったのは、攻撃を回避するために時間停止を使っていたから。
ゆえに一度でも完全に攻撃を回避し、『攻撃のため』に時間停止を使う機会を得たのならば。
「我の拳は神をも殺す」
攻守が入れ替わる。
そしてそれは――
「『その攻撃は当たらない』」
「ふんッ」
「きゃぁっ!」
回避動作を省略するも、回避先へとラフガの裏拳が叩きこまれた。
次の因果跳躍をする間もなくマリアの体が殴り飛ばされる。
防戦になった際に不利なのはマリアだ。
ラフガの場合は、スピードに限らず《基準点》などの防御手段がある。
一方で、マリアは因果跳躍を使う以外に身を守る術がない。
結界でガードしようにも、ラフガの《基準点》の前では意味を持たない。
防戦に回った際の手札が圧倒的に足りていないのだ。
だからこそあのままラフガを封殺する必要があったのだが。
「まさか横槍でこんなことになるだなんて思わなかったなぁ」
マリアは頭を軽く振る。
殴られた衝撃をすさまじかったが、内臓は魔力で守っていたので無事だ。
――確かに《基準点》で殴られたのなら魔力で防御はできない。
しかしそれは着弾場所の話。
そこから伝わる衝撃そのものには魔力を無効化する力がないので、殴られた衝撃から体内を守ることはできるのだ。
裏拳を受けた左肩には痣が浮かんでいるが、骨にダメージは伝わっていない。
だが問題は――
「『当たらないよ』」
マリアは回避という過程を経ることなく、攻撃が当たらなかったという結果を掴み取る。
次も、次も、次も。
(どこかで流れを取り戻さなきゃだね)
因果跳躍で窮地をしのいでいる現状は好ましくない。
どこかで戦いの主導権を取り戻す必要がある。
(それにしても意外だなぁ)
マリアは笑いをこらえる。
危機的状況ではあるが、彼女の表情は揺らがない。
(偶然とはいえ、お互いが用意した勝敗を決めるため鍵が)
なぜなら――
(――副将だなんてね)
マリアもまた、逆転の一手を用意している。
あと数話で二人の戦いは終わる予定です。
それでは次回は『神秘を殺す弾丸』です。




