最終章 26話 灰色に染まる
ラフガVSマリアは続きます。
「はい☆」
「ッ……!」
マリアの掛け声を聞いた瞬間、ラフガは反射的に横に動いた。
その判断は正解だった。
それでなお、完全正解とは言えなかった。
「ちっ……」
ラフガの肩に光の矢が刺さる。
――マリアは弓を構えてさえいない。
それは彼女の魔法に起因する。
《女神に外れる道はない》。
その能力は――因果律の跳躍。
あらゆる物事には原因と結果がある。
その『原因』を省略して『結果』のみを手にする魔法。
たとえば、矢を撃つことなく相手を射抜くように。
「あたしの魔法は『相手に当たる』という結果に跳躍できる。だから――」
「――そこに回避という概念が介在する余地はない」
「……またか」
矢がラフガの肩を掠める。
いくら速い速度で躱しても、矢が皮一枚を擦ってゆく。
「なるほど。何をしても『当たる』という結末は変えられないわけか」
だが、突破口がないわけではない。
「とはいえ当たりさえすれば、その大小は問わないというのなら問題はない」
ラフガは笑みを浮かべる。
彼は目の前の少女の様子に集中する。
(この魔法を攻略するうえで、『どんな攻撃が来るか』は大事ではない)
ほんの一瞬。
わずかにマリアの眉間が動いた。
(問題なのは――奴が『いつ攻撃するか』だけだ)
どうせ躱せないのだ。
だから、マリアが攻撃をするタイミングだけは外さない。
乗り遅れることなく、マリアの攻撃と同時に高速移動でダメージを最小限に抑える。
「どうした。薄皮を削ったところで、千年経っても殺せんぞ」
「んー。別にわたしは寿命なんてないからそれでも良いんだけどね☆」
マリアはへらりと笑う。
戦場に立っているのに、彼女に気負いはない。
ただの日常のように戦場の空気を吸っている。
救世の女神として生きてきた人生が彼女をそう変えたのだろう。
「面倒臭いなぁ」
マリアが初めて――弓を構えた。
「《天を堕とす一矢》」
マリアの手中に矢が顕現する。
そこに込められた魔力は膨大。
たった一本の矢に、魔法少女の全魔力に匹敵する魔力がこもっている。
魔力量の暴力が――射出された。
それは矢と呼ぶにはあまりにも強大な光だった。
進行方向状にあるものすべてを討ち取る閃光が放たれた。
「――よかろう」
それをラフガは――躱さない。
左手をかざし、神の光を受け止める。
「ぐッ」
ラフガは想像以上の圧力に声を漏らす。
彼の手は魔力を分解する。
本来なら拮抗などありえない。
圧されるなど、あってはならないはずなのだ。
ラフガの体が後方に滑ってゆく。
力強く踏みしめていた大地ごと体が下がってゆく。
「――《基準点》のキャパシティを越える魔力量だと……!」
《基準点》が一度に消すことのできる魔力を越えた魔力量で押し潰す。
そんなシンプルな攻撃。
女神でなければ実行不可能な御業。
「ふざけるなッ」
だが、それが負けを認める理由にはならない。
『《偉大なる灰者の王》』
ラフガは右手の大剣を振り下ろした。
マリアにも劣らない灰色の魔力が斬撃となり撃ち出される。
灰色の斬撃が《天を堕とす一矢》を斬り裂いた。
「わわわわわわっ……!」
マリアは慌てた様子で灰色の斬撃を躱す。
「――まだだ」
ラフガはそう口にした。
そして彼は――全力で動いた。
音を、光を、時をも越える速度で。
「この世界を我が手に」
世界がすべて置き去りになる。
ラフガだけが動ける世界。
彼のためだけの時間。
「《偉大なる灰者の王》」
止まった時間の中、ラフガは幾条もの剣閃を放つ。
「我の世界を生きろ」
そして時が再び動き始めた。
止まった世界の中で停滞していた灰色の斬撃が一斉掃射される。
「わきゃぁ……!」
マリアはスカートを押さえる。
すさまじい衝撃波が周囲の建物を破砕する。
巻き上がる暴風がマリアの動きを阻害する。
その場にとどまるのが精一杯で、彼女は一歩も動けない。
このまま彼女は灰色の暴虐に凌辱され――
「『その攻撃は躱した』」
マリアの姿が消える。
灰色の斬撃は誰もいない町を破壊し尽くす。
「ビックリしちゃった☆」
気がつけば、マリアはラフガの頭上にいた。
幾何学模様の双眸。
天使のごとき白翼。
そのすべてが、彼女が尊き存在であることを示している。
「思ったよりも強いんだね」
マリアは笑う。
彼女の余裕は崩れない。
苛立たしい。
「不愉快な女だ」
ラフガは笑う。
残虐に口元を歪ませて。
「だが。だからこそ楽しみだ」
「その尊き神とやらを穢すとき、どのような表情をするのか興味がある」
「いやーん☆」
マリアは自身の体を抱きしめる。
「あたしの体はみんなのものなんだよ? いやらしいことしたら『めっ』なんだからね☆」
「みんなのものか。なら、やはりお前も我のものだ」
ラフガが禍々しい魔力を纏う。
「人間の神を堕とし、我が軍の繁栄の象徴とする。――面白い」
5年前の戦いで魔王軍は見る影もなく衰えた。
屈強な兵を補充するためにも優秀な母体は必要だろう。
「お前は上半身を切り落とし、苗床にしてやろう」
暴君は神に唾を吐いた。
本作がゲームであったのなら、
ラフガ勝利ルート→エレナ救済難易度ダウン、薫子救済難易度アップ
マリア勝利ルート→エレナ救済難易度アップ、薫子救済難易度ダウン
となります。
難易度が上昇してしまったキャラの生存ルートのためには緻密なフラグ管理が必須――といったところでしょうか。なお、ダウンした難易度でも充分すぎるくらいに困難な模様。
それでは次回は『神にも届く拳』です。




