最終章 25話 頂上にして超常
ラフガVSマリアが始まります。
「ぅ……ぁぐ……」
薫子が胃の中身を道路にぶちまけた。
彼女は頭を抱え、獣のような唸り声を漏らしている。
ある意味それは順当な反応だ。
さっきの一撃。
グリザイユは確かに薫子の頭蓋骨を砕いた手応えを感じていたのだから。
脳を守る骨が砕けたのだ。
中身が無事なはずがない。
――これはチャンスだ。
グリザイユは足を震わせながらも立ち上がる。
下半身に力が入らず今にも倒れそうだが、それでも立ち続けた。
ここで隙は見せられない。
「致命の一撃じゃ。いくらお主でも、完治はさせられぬじゃろう」
薫子は治療魔法の使い手だ。
しかし脳を半壊させるような一撃を食らってなお元通りには回復できないだろう。
少なくとも、戦闘が続行できる体力は残らない。
そうグリザイユは見込んでいた。
「うふ……ふふ……ふふふ」
しかし、薫子は笑っていた。
脳を潰され、虫の息になっていても笑っていた。
「今のわたくしを――」
「人間の尺度で捉えないでください」
そして薫子の片目が――幾何学模様を浮かべた。
光の片翼が広げられた。
その姿は、人が天使へと変わりゆく過程。
人の領分を半歩越えた姿。
「《女神の涙》」
薫子の体が黄金の光に包まれる。
すると彼女は、何事もなかったかのように立ち上がった。
「もちろん回復性能も女神にふさわしいレベルに昇華されています」
薫子は微笑む。
虚ろな瞳を見開いて。
「未来を見通し、未来を変える」
「たとえ凡百が不断の努力で運命を歪めても、数秒で修正してしまう」
未来視、未来改変。そして超回復。
困難な道のりを経て攻撃を当てたとしても、すぐに無となる。
そんな理不尽さはまさに――
「それこそ女神」
――――女神のようだ。
☆
「ようやく来たか」
ラフガはそう口にすると、ゆっくりと立ち上がる。
彼の視線は――虚空に注がれていた。
「いるのだろう。女神マリア」
「――バレちゃったね☆」
ラフガの問いかけに答える少女の声。
しかし姿が見えない。
だが、間違いなくその声は。
「女神参上☆っと」
世良マリアであった。
何もない空間が虹彩色に歪むと、そこからマリアが現れた。
(幻術……じゃねぇな)
その光景を見たトロンプルイユ――加賀玲央は目を細める。
彼も手練れの幻術師だ。
今のが幻術であれば、その正体を看破できるはず。
そう思ったのだが――
(ただの魔力か?)
よく見れば、マリアの周囲の空間がわずかに歪んでいる。
強大すぎる魔力が空間を捻じ曲げているのだ。
――今の透明化のタネはそれだ。
魔力による圧で光の軌道を歪曲させ、マリアが周囲に見えないようにする。
そんなシンプルな話。
そう表現すれば、力押しの荒業に聞こえるだろう。
しかしその実情は神業。
それほどの魔力を放出したのなら、誰でもその気配に気付けてしまう。
見えなくなった意味がない。
自分の肌からほんの数ミリの範囲だけに魔法少女数人分に及ぶ高圧力の魔力を固めるという絶技。
それを実行して初めて、あの技は完成する。
少なくとも、あんな涼しい顔でやって見せるものではない。
(そういう意味では、それに気付いたこっちも異常か)
玲央はラフガを盗み見る。
この場には玲央を含め、《怪画》もそれなりにいる。
しかし誰も気付けなかった。
ラフガが指摘しなければ、今でも気付かなかっただろう。
女神と魔神。
二人の力が超越的である事を思い知らされる。
次元が違うかどうかを論じる段階にない。
――『いくつ』次元が違うかという世界の話だ。
「それにしても、早々にお前に勝てるとはな」
「あはは。わたしの魔法より結論が飛躍しちゃってるね☆」
ラフガの勝利宣言に、マリアはヘラヘラとした笑みで返す。
それが気に食わなかったのかラフガは眉を寄せ、放出する魔力量を引き上げた。
それだけで重力が数倍にもなったかのような錯覚が玲央を襲う。
「じゃあ、わたしもー……」
「ちょぉっと本気だそっかな☆」
「ッ!?」
突如、マリアの魔力が膨れ上がった。
その魔力はラフガの魔力をも覆い尽くし、この場を支配する。
「ぐわ!?」「ぎああああああああああああああ!?」
魔力。
それだけで《怪画》のうちの数体の頭が弾けて死んだ。
雑兵にすぎないが、垂れ流された魔力だけで命を散らすというのはかなり衝撃的な光景だった。
「あ、殺ちゃった☆」
マリアは舌をぺろりと出して自分の頭を小突く。
間違いない。
魔力という分野において、世良マリアはラフガ・カリカチュアを圧倒している。
(当然、魔力がすごければ勝つってわけじゃねぇけどな)
魔法を起点に戦うマリア。
一方で、ラフガが得意とするのは強靭な肉体を駆使した接近戦。
そもそもとして正反対のスタイルだ。
ゆえに、魔力量だけで優劣が決まるわけではない。
決まっていることがあるとするのなら。
――ここに留まれば、玲央たちなど羽虫のように死ぬということだけだ。
☆
「久しぶりに、この剣を抜ける」
ラフガは鉄塊のような黒剣を掲げた。
その刃渡りは3メートルを超え、分厚い刃はもはや鈍器だ。
「《基準点》で触れても壊れない魔剣かぁー」
マリアは興味深そうに大剣を見つめている。
この剣には当然魔力がこもっている。
しかし、そうなれば矛盾点が一つ。
ラフガの能力は《基準点》。
その両手で触れた魔力を分解し、消滅させる力。
そんな能力が宿った手で触れたのなら、魔剣など一瞬で砕けるだろう。
魔なるものを砕く手と、砕けない魔剣。
その矛盾の答えは単純明快。
「その剣――《怪画》だよね?」
「ほう。分かるか」
そう。
この大剣は《怪画》だ。
金属の肉体を持つ《怪画》を、生きたまま剣の形に削ったものだ。
ゆえに無骨な姿。
ゆえに、砕けない。
《基準点》といえども、肉体を構成する魔力までは壊せない。
ゆえに、生物を武器の形に押し固めたのならば《基準点》でも壊れずに済む優秀な得物の出来上がりだ。
ラフガの肉体で振るう大剣。
その強さは語るまでもない。
語る暇さえなく敵は死ぬ。
「ああ」
民の命で作った大剣。
王の権威の象徴。
「楽しみだ」
それをラフガは振り抜いた。
攻撃力カンストVS魔法攻撃力カンストです。
余談ですが、ラフガの剣となった《怪画》は別に彼に忠誠を誓って身を捧げた――とかではなく、『硬そう』『サイズ感が良い』などという理由でラフガに選抜されただけの被害者です。
彼の暴君ムーブの犠牲者といえるでしょう。
それでは次回は『灰色に染まる』です。




