最終章 23話 王と神
グリザイユVS薫子です。
「戦いたいわけではない」
グリザイユはそう口にした。
だが、彼女の表情に揺らぎはない。
「じゃが、民のためならば戦うもやむなし……じゃ」
金龍寺薫子は、グリザイユにとっても大切な存在だ。
できることなら殺しあいなどしたくはない。
だが、薫子は女神となる道を選んだ。
それはつまり《怪画》を――グリザイユの大切な民を殺すことを決めたということ。
許容できない。
大切な友であろうとも、民を守るために戦わねばならない。
自分は――王であらねばならないのだから。
グリザイユは腰を落とす。
「死にたくないのなら――出し惜しみは……するでないぞッ!」
そして、地面を蹴った。
彼女は灰色の弾丸となり薫子を狙う。
100メートル以上の距離が一気に消えてゆく。
「――《花嫁戦形》」
薫子の体が黒い魔力に包まれる。
黒い魔力は花嫁衣裳となり、彼女を彩った。
「――――――――《女神の涙・叛逆の魔典》」
「はぁッ!」
グリザイユは血の太刀を握る。
そのまま薫子の首に向かって――振るう。
「その歴史は、この世界に刻まれません」
太刀が薫子の体をすり抜ける。
歴史の爆破。
未来におけるある一定の事柄を『起こらなかったこと』にしてしまう魔法。
彼女は『破壊』の歴史を爆破することで、グリザイユの太刀を躱した。
「ぬぅッ」
グリザイユは急ブレーキをかけその場で止まる。
そのまま体を回転させ、横薙ぎに太刀を振り抜いた。
隙間ない攻撃を浴びせる。
それは、薫子と対峙するうえでグリザイユが決めていたことだ。
薫子の魔法はずっと使い続けられるものではない。
正確な時間は分からないが、魔法の持続時間と再使用までの『ラグ』が生まれるはず。
そこが突破口。
それに――
(奴が消せるのは未来だけ。事前に攻撃を察知させなければ――)
(獲れる!)
その時、薫子の背後の地面から赤い鎗が飛び出した。
それはグリザイユの血液。
爪先から地面を掘り進み、薫子の背後まで回り込ませたものだ。
《女神の涙・叛逆の魔典》はすでに起こった物事には干渉できない。
あの魔法はあくまで未来改変なのだから。
だから薫子に察知できない攻撃を当ててしまえば、彼女を討てる。
そのはずだった――
「《叛逆の魔典》」
血の鎗が薫子を貫く。
しかし彼女に傷はない。
この世界の歴史に、彼女の被弾という出来事は記されなかった。
「お見通しというわけかの?」
グリザイユの攻撃を読まれていたのか。
この程度の意図は見抜かれていたのか。
そう思い彼女は表情を歪める。
一方で、薫子は笑う。
「ええ」
「寧々子さんの目は、全てを見通します」
薫子は見下ろす。
――猫のような金眼を光らせて。
「――《化猫憑依》」
猫目に猫耳。
そして、二股に分かれた尾。
それはまるで化け猫のようだった。
「……にゃん♪」
薫子はそう鳴いた。
「貴女の魔法。当たれば、魔法少女でいられないんですよね?」
彼女は柔らかな笑みを浮かべる。
「なら、当たらなければいい」
「わたくしには……未来が視える」
そう言うと、薫子が拳を構えた。
「!」
グリザイユは拳が打ち出されるよりも早く血の刃で薫子を斬り伏せんとする。
だが――
「視えていますよ」
薫子の左手がグリザイユの手首を押さえる。
攻撃の勢いが殺され、失敗に終わる。
そのまま彼女の右拳がグリザイユの顔めがけて打ち放たれた。
すぐさまグリザイユはもう一方の手で顔面をガードする。
「そんな分かりやすい急所狙いませんよ」
「がッ!?」
薫子の拳がグリザイユの喉を潰した。
攻撃の直前に、彼女はパンチの軌道を曲げたのだ。
「これでも、元は金龍寺家の当主となる予定でしたから」
――護身術は学んでいますよ?
薫子は素早い動きでグリザイユの懐に潜ると、彼女の腹に拳をねじ込んだ。
「《肝試し》」
それだけで終わるほど薫子は甘くない。
彼女は親指を――グリザイユの臍にねじ込んだ。
「ぬ、ぁぁあ……!?」
臍の奥へ深々と指を挿し込まれ、グリザイユは苦悶の声を上げた。
文字通り内臓を試すような拷問。
「ぁ、ぁ……!」
薫子が指をひねれば、痛みから逃れようと無意識に引けていた腰が砕ける。
グリザイユはその場で膝をつく。
「良いですね。一撃必殺の魔法があれば」
「ぬぁ……!」
薫子はグリザイユの灰髪を乱暴に掴む。
「こんなに呑気に攻撃を受けられるんですから」
薫子は髪を引っ張ってグリザイユを引き寄せると――彼女の顔面に膝蹴りを放った。
「一撃で勝負を決める魔法があれば、自然とその魔法に頼ってしまう」
――誰もが持つ、心の弱さですね。
薫子は笑う。
戦闘技術において、薫子はグリザイユを圧倒している。
しかも薫子には未来が視えていて、グリザイユの行動は筒抜けだ。
しかしグリザイユには一発逆転の能力がある。
変身の強制解除。
それが為されたのならば、一気に形勢が決まる。
だからこそ耐えて、耐えて、逆転の機をうかがわねばならない。
「ある意味で、こうなるのは必然かもしれませんね」
「政治とは、往々にして宗教に侵されるものなのですから」
薫子は拳に金色の魔力を纏い、グリザイユを殴りつける。
しかしグリザイユも黙って待つはずがなく、薫子の拳を止める。
「はぁッ!」
グリザイユの露出した肩甲骨から血の翼が広がる。
翼は形を変え、腕となる。
そのまま腕は頭上で組み合わせられ――薫子を潰す鉄槌となる。
「ッ」
地面を破砕する鉄血の拳。
薫子はそれをバックステップで躱す。
「まだじゃ!」
血の拳からさらに鞭のような刃が伸びて薫子に迫る。
薫子は軽やかな動きで血刃を掻い潜る。
だが、それくらいは想定済みだ。
「食らうのじゃ!」
グリザイユは地面を巻き込んで足を蹴り上げる。
「ぐっ……!」
強靭な脚力が起こす風圧が薫子を打ち据える。
小柄であることもあり、彼女の体は大きく吹き飛んでビルに突っ込んだ。
さらに追い打ちとして、砕けた石片が薫子に飛来する。
「……! 《叛逆の魔典》!」
しかしギリギリで薫子の一手が間に合い、石の弾丸は彼女に当たらない。
「楽な戦いにはしてもらえそうにないのぅ」
砂埃を払いながらも変わらぬ足取りで歩く薫子。
その姿を見て、グリザイユはそう漏らした。
RPG風にいえば攻撃力・防御力で勝っているのがグリザイユ。命中率・回避率で勝っているのが薫子といった感じですね。
まだ二人の力はすべて覚醒したわけではありません。そのため戦いはより激しくなっていきます。
それでは次回は『金色の女神に讃美歌を』です。




