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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
最終章前編 天魔血戦編
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最終章 21話 決別

 戦争編の序盤はここで終わりです。

「ぃギッ……!」

 リリスの腕が飛ぶ。

 春陽の光刃が彼女の腕を両断したのだ。

 しかし宙を舞う腕は地面に落ちるよりも早く消える。

 そしてリリスの腕が復活した。

 この世界に死は存在しない。

 そんな世界で、春陽は神のごとき力を振るう。

 不可視の領域に踏み込んだ光速の刃。

 それは躱す間もなくリリスの胸を貫く。

「はぁッ!」

 その隙を縫い、キリエが春陽の背後を取った。

 彼女は大鎌を振りかぶり、春陽の首を狙う。

 しかし――

「がッ……!?」

 光刃がキリエの首を貫く。

 彼女は喉を裂かれ動きを止めた。

 その硬直は致命傷。

 天から降り注いだ光の波がキリエを地面に叩き伏せる。

「これなら――」

 ギャラリーが春陽の頭上に建物を転移させる。

 一般的な民家だが、人間一人を押し潰すには充分な重量だ。

 だが、

「そーれー」

 春陽が天を指し示す。

 指先から放たれる閃光が民家を貫く。

 そこからヒビは建物全体へと広がり――砕けた。

 ガレキの雨が降る。

 しかし春陽にダメージはない。

 戦況は膠着している。

 黒白春陽という一人の少女によって。

「あーメンドくさ」

 リリスは苛立ちを募らせる。

 彼女の魔法は遠距離に特化している。

 手から離れた魔法を消されるこの戦場は、彼女にとって最悪だ。

 攻撃手段をほとんど奪われていることもあり、ストレスは溜まる一方だ。

 現状打てる手はない。

 だが、撤退というのも腹立たしい。

 リリスは頭を掻きむしる。

 その時――


「リリス先輩」


 声が聞こえた。

「やっと戻ってきたワケ?」

 リリスは首だけで振り返る。

 本来なら敵から目を離すなど愚行だが、この戦場では当てはまらない。

 この戦場に死などないのだから。

「……?」

 リリスは肩眉を上げた。

 なんとなく雲母の雰囲気が違うのだ。

 自信なさげで、いつ壊れてもおかしくない少女。

 だが、違って見えた。

 いつもとは違うものを恐れているように見えた。

「戻ったならさっさとやってくんナイ? アイツと相性良い魔法持ってるのソッチなんだカラ」

 《表無し裏(フェイトロット・)無い(タロット)》は運命に干渉する魔法。

 しかし最終的な攻撃は物理的なもの。

 魔法的要素のない攻撃でしか倒せない春陽を討つには最適。

 そう判断しての言葉だったのだが、

「――ごめんなさい」

 リリスの予想に反して、雲母から告げられたのは謝罪だった。

 彼女は頭を深々と下げている。

 その意図が掴めない。

「ごめんなさい。リリス先輩」


「殺して欲しいっていう約束……なかったことにして……欲しい」


「………………………………ハ?」

 リリスの時が止まった。

 周囲で上がる戦闘音さえ聞こえなくなる。


「死ぬのが……怖くなった」



「死ぬのが……怖くなった」

 

 それは、雲母にとって一世一代の告白だった。

 彼女には約束があった。

 天美リリスと初めて会った日に交わした約束が。

 死にたがりの少女を殺して欲しい。

 そんな約束を。

 だが、今の雲母は生きていくことを決めた。

 もう一度だけ、未来を信じてみると決めた。

 だからこそこれだけは避けられなかった。

 最後のケジメとして、リリスに告げなくてはいけなかった。

 雲母の決意を。

 たとえ、どんな罵声を浴びたとしても、約束を反故にすると決めたから。

「だから、あの約束は……なかったことにして……ください」

 正直にいえば、怖かった。

 自分から死を望んでおいて、今さら裏切るなど。

 その決断に後ろめたさがあるからこそ、リリスの反応が怖かった。

「……ソ」

 一方で、リリス返事は淡白だった。

 狂気も、怒りもない。

 かといって祝福しているようにも見えない。

 ただ無表情。

「……そっか。まぁ……」

 風が吹いた。

 リリスの黒髪が翻り、彼女の表情を隠す。

 ただその口元は――笑っていた。


「良いんじゃないの?」

 

 突き放したのか、喜んだのか。

 彼女の笑み。

 その意味は分からない。

 だが、次に見えた彼女の表情はまた無だった。

「ほんと、メンドくさ」

 そう言ってリリスは――後ろに倒れた。

「!」

 彼女たちがいるのは、崩れたビルの上。

 いくら崩落して低くなったとはいえ、その高さは5メートル程度。

 普通の魔法少女ならともかく、身体能力においては人間と変わらないリリスが身を投げたのなら――

「リリス先輩……!」

 雲母は地を蹴り、リリスの後を追う。

 彼女が消えたビルの端から下を覗き込むと――

「ぁ――」

 頭から血を流すリリスがいた。

 頭蓋が割れ、命を流した少女がいた。

「ぁ、ぁ……」

 元来、人間のパーツの中で一番重い頭部は、落下の際に下向きになりやすいという。

 彼女が意図的にそうしたのなら、頭部の損傷が激しいのは当然のことだった。

 ここは黒白春陽が作りした真実に囚われた世界。

 ここでは魔法で人を殺せない。

 しかし、地面に叩きつけられて死ぬことは――可能なのだろう。

 突飛で破滅的。

 なんの脈絡のないように思える投身自殺は、ある意味で一番彼女らしくて――

「ぁ」

 視界がブレる。

 ついにリリスの体が原形を失って見え――

「あれは――」

 雲母の隣に駆け寄った美月が驚きの声を漏らす。

 そこで初めて雲母は気付いた。

 リリスの体が溶けていることに。

「ウイルスでできた体……囮ですか」

 あの死体は偽物だ。

 ウイルスを成形し、一時的に見た目を似せたもの。

 ほんの数秒くらいしか欺けないが、数秒だけなら時間を稼げる技術。

「逃げた、ってことでしょうか」

 その数秒を利用し、リリスは身を隠した。

 雲母が決別を告げたことで、この場で勝利を掴むことは難しいと判断したのだろう。

 それゆえの撤退。

「おやおや。うん。みんなでいつも一つな真実を探す探偵ごっこをしていたら……気付かないうちに事態が動いたみたいだ」

 美月たちのいるビルにキリエが降り立つ。

 彼女は戦いながらここまで移動してきていたらしい。

「あの病原菌は消えたのね」

「いじめっ子みたいなニックネームセンスだね。うん」

「? どういう意味よ?」

 キリエの傍らに転移して来たギャラリーが眉を寄せる。

 いまいちキリエの言いたかったことが伝わらなかったらしい。

「で、アタシとしては一つ聞かないといけないことがあるわけだ」

 キリエは大鎌を雲母に突きつける。

「ゴスロリちゃん。君は、どっちにつくわけかな?」

 彼女は問いかける。

「ま、アタシたちはないとして。そのまま女神の下につくのか。それとも痴女妹ちゃんの妹になるのか。はっきりしてもらわないと困るわけだ」

「衣装だけで人を痴女認定するのはやめてもらいませんか……!」

 怒りを含んだ声で美月が抗議する。

 一方で、雲母は思案していた。

「まあもちろん。このまま戦線離脱ってのもアリじゃないのかな?」

 キリエの言うことも一理ある。

 結局のところ、雲母が参戦した理由は『死にたい』から。

 それならば生きると決めた今、この戦いを続行する意味はない。

「実際に、君のパートナーは戦局を見て戦いをやめたわけだし、別におかしな話じゃないさ」

 雲母は考える。

 誰に味方するか。それともすべてから逃れるか。

 生きるという目的のためならば、逃げるのが正解だ。

 しかし――


「わたしも、一緒に戦いたい」


 ――生きる『だけ』なら、もう充分にしてきた。

 これからは、自分が望むもののために生きると決めた。

 ただ揺蕩うのではなく、見据えた先を目指すと決めた。

 だから雲母は美月にそう告げる。

 共に戦いたい、と。

 彼女たちの守りたいものを、一緒に守りたいのだと。

「そっか……んー」

 雲母の発言を聞いて、キリエは頭を掻く。

 そして大きなため息を吐いて。

「2対2ならやる気満々だったけどなァ。さすがに旗色が悪いか……?」

 キリエにとっての最良は雲母が離脱することだったのだろう。

 そうなれば人数的な不利はない。

 ならば自分たちは勝てる。そんな自負があったのだろう。

 次点で三つ巴の戦い。

 そうなったところでキリエたちに不利となるわけではない。

 戦いを躊躇う必要性はない。

 しかし雲母が美月たちの味方をするとなれば話が別。

 そこには明確な不利が存在していた。

「言っとくけど、このままだと1対3よ。アタシが戦うのは女神か、女神の味方をする奴だけだから」

「――とか言う奴がいるわけだ」

 ギャラリーの一言を受け、キリエは肩をすくめる。

 彼女はその場で伸びをすると、雲母たちに背を向ける。

「まあいいや。君たちを無視したところで、アタシたちの戦いが不利になるわけじゃないしね」

 黒白姉妹――さらにいうのならば蒼井悠乃たちは戦場への介入者。

 戦場を乱すことはあっても、誰かの味方ではない。

 女神にとっても、魔王にとっても。

 どちらにとっても損であり、得な存在。

 そんな陣営に雲母がついたとしても、魔王軍にとって大きな障害にはならない。

 むしろ上手く行けば、魔王軍の有利にさえなり得る。

 そうキリエは判断したのだろう。

「あくまでこの戦いはお父様のもの。個人的な戦いは後でするとしようかな」

 個人的に、キリエは戦いたいという意志はあるのだろう。

 しかし戦略的な観点から撤退を選んだ。


「そういうわけで、敗走といこうか」


「ええ」

 ギャラリーは空間にゲートを開く。

 彼女たちはまた別の戦場に赴くのだろう。

「ちなみに、君たち姉妹がこの戦争で死んだら、自動的にアタシの勝ちってシステムだからよろしく」

 そう言い残すと、キリエはゲートの向こうに消えた。

 ギャラリーもそれに続くような素振りを見せ、立ち止まった。

 彼女は動かない。

「そういえば――」

 彼女は振り返らず、そう言った。


「人って、いつからでも救われるものなのね」


 だから、今の彼女がどんな表情をしているのかは分からない。

 ただ、その言葉が自分に向けられたものである事は雲母にも理解できた。

「……うん。『助けたい』って手を伸ばしてくれる人がいて……『救われたい』って思えたのなら」

 ゆえに雲母は答えた。

 今の自分の胸にある答えを。

 自分のために手を伸ばしてくれた少女がいた。

 そして、その手を取りたいと思った自分がいた。

 それがきっと、雲母を救った。

 それが、答えだったから。

「なるほど、ね」

 ギャラリーはゲートに消える。

 

「少しだけ……参考になったわ」


 そんな言葉を残して。


 ここで雲母が仲間として加入します。

 このように、話の流れ次第で協力者を得てゆく展開もあります。

 逆にいえば、それくらいの奇跡を重ねていかなければ、悠乃たちのハッピーエンドには届きません。

 

 それでは次回から中盤戦に移っていきます。

 交戦の第一波が終わり、新たな戦いが始まります。


 それでは次回は『転換点』です。

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