最終章 20話 その絶望を裏返して3
美月VS雲母は最終回です。
「なんで、そんな酷いこと言うのッッ……!?」
それはきっと、雲母が背負ってきた想いそのものだった。
背負ってきた重荷そのものだった。
あの一言に、彼女の絶望が集約されていた。
世界が彼女を生かす。
魔法が、運命が。
すべてが彼女を無視して、彼女を生かしてゆく。
そして今、美月も雲母を生かそうとしている。
そのすべてが、雲母にとっての苦痛だった。
「もう、楽にしてよ……!」
「もう背負えないよ……」
「誰か……わたしを殺して」
雲母は懇願する。
死という救済を。
だが、それを美月は――
「いいえ。私は貴女を殺さない」
――拒絶する。
「『私の分も生きて』……『死んでいった人たちのためにも生きなければいけない』」
それはきっと、雲母にとって呪いの言葉。
彼女の心とすれ違った優しさ。
「その言葉を望まないことを理解したうえで、私は言います」
「『私は、貴女に生きて欲しい』」
「『生きたいと思えるようになって欲しい』」
それが美月の願い。
彼女をこの戦場に駆り立てた想い。
「だって……おかしいじゃないですか」
気が付くと、美月は涙を流していた。
「星宮さんの人生は、きっと不幸といって間違いないと思います」
それを否定はしない。
不幸な生い立ちの中にも幸せなことはあったはず。
絶望の中にも一欠片の希望があったはず。
そんな無責任なことは言えない。
「だけど、それならこれからの未来は幸せであってしかるべきです」
美月は雲母に歩み寄る。
「不幸だったのなら、これから幸せにならないといけない……!」
人生における幸せと不幸せの比率は同じだという。
幸せには苦難がつきもので。
不幸せには終わりがあって。
明けない夜はないけれど、待ちに待った朝もいつかは暮れていって。
晴れの日ばかりではないけれど、いつかは晴れ空を隠した雨も終わる。
そうやってバランスが保たれてゆくものなのだ。
「貴女は……! このままで良いんですか……!?」
きっと雲母の人生は不幸に染まっていた。
でもきっと、それは不幸を先払いしてきただけ。
これからは、残った幸運を受け取りながら生きていける。
そうでもなければ理不尽だ。
「貴女は、もっと幸せになって良いはずなんです……!」
「だから、未来を諦めないで……!」
美月はそう叫ぶ。
彼女の手から影のナイフがこぼれた。
――刃はもういらない。
ただ美月は――
「……!?」
――抱きしめた。
雲母を全力で抱きしめた。
余程意外だったのか、雲母は体を硬直させる。
そんな彼女の頭を撫でながら――
「私が言っていることが、そんな簡単なことじゃないことくらい私も分かっています」
美月の言葉は外野だからこそ言えることだ。
当事者だったとして、自分の未来を信じられるだろうか。
不幸のどん底にいる自分が、明日こそは幸せになれると信じきれるだろうか。
――簡単なはずがない。
期待はしていても、信じられないはずだ。
「言い出したのは私です。だから私は、私の人生をかけます」
――私の人生すべてをかけて、貴女を幸せにする。
そう美月は宣言した。
宣誓した。
「一人で背負えるような過去じゃないのなら、私も手伝います」
「だから『死にたい』だなんて言わないで……」
「まだ私たちは子供じゃないですか。未来を諦めるには……早すぎます」
美月の腕に力がこもる。
「どうしても死にたいのなら」
「貴女が『死にたくない』と思えるくらい、私が貴女を幸せにする」
――そうすれば、死ねるでしょう?
そう美月は微笑みかけた。
星宮雲母を取り囲む運命は、彼女の願いに逆行する。
死にたがりの少女の目標は叶わない。
しかし逆説的にいえば、雲母が生きることに意味を見出した時、彼女は死ぬことができるようになる。
「…………怖い」
雲母は両腕を垂らす。
「もしも頑張って生きて、その先が絶望だったら……どうすればいいの?」
雲母は問いかけてくる。
「今でも苦しくて、壊れそうなのに。もっと、絶望しないといけないの?」
死はしばしば安息に例えられる。
その本質は停滞。
絶望も、希望もない完全なゼロ。
だからこそ雲母は望む。
マイナスに振り切れた人生を送っているからこそ、ゼロに戻れる未来を望んでいる。
そして今、雲母は問うているのだ。
プラスの未来を目指す代わりに、さらなる絶望に沈むリスクを背負わせるのか、と。
きっと雲母も、幸せな未来に期待を抱いている。
幸せになりたくない人間なんていないだろう。
だが、これまでに経験した絶望が足枷になる。
未来の希望を疑わせる。
これまでに亡くした人たちが罪悪感となる。
自分だけが未来に進むことに後ろめたさを感じさせる。
「貴女は幸せにならないといけない」
「死んだ人の代わりじゃない。生き残った人の責任じゃない」
「失ってしまったものを取り戻すため。自分自身のために幸せにならないといけない。なって……良いんです」
言葉は、尽くした。
美月は想いのすべてを言葉にした。
もしもこれが届かなかったのなら――
「……学校」
雲母がそう呟く。
「学校……あれから行ってない」
「星宮さん……」
「あまり好きじゃなかったけど、今なら……違う……?」
雲母はそう問いかけてきた。
だから美月は微笑んで。
「分かりません。でも――そうあって欲しいと思っています」
美月は雲母の頭を撫でる。
「星宮さん。私と一緒に、幸せになってください」
人生をかけた美月の言葉。
それを聞いた雲母は――顔をほころばせ、
「もう一回……生きてみる」
きっとその瞬間、絶望が裏返った。
次で天魔血戦編の序盤が終わります。
中盤は主にラフガVSマリアとなります。
中盤で戦争の勝者が決まり、終盤は望む結末のための戦いとなる予定です。
それでは次回は『決別』です。




