最終章 19話 その絶望を裏返して2
美月VS雲母です。
「「――――――――」」
黒白美月と星宮雲母。
二人は黙したまま向かい合っていた。
二人は両腕を垂らしたまま見つめ合う。
ここには春陽による不死の戦場は届かない。
殺せば死ぬ、そんないつも通りの戦場だ。
「ッ!」
永遠にも思える沈黙を破ったのは美月。
彼女は腕を振るい、影の刃を鞭のように伸ばした。
刃はしなりながら雲母の肩を裂く。
「――!」
反射が発動しない。
雲母の表情に驚きが見える。
「私の魔法は、見えていてもこの世界に存在しない」
反転世界。
この世と重なって存在する並行世界。
美月の《花嫁戦形》は反転世界を自由に経由できる。
反転世界に入門してしまえば、表の世界の人間は美月を見ることも感じることも、記憶することさえできない。
そして反転世界で目的地まで移動をしてから表の世界に戻ったのなら、神出鬼没な暗殺者の完成だ。
「この世界にいないから、この世界のルールに縛られない」
反転世界には雲母の魔法は存在しない。
だから、反転世界越しに攻撃してしまえば雲母に当てられる。
「…………」
雲母はうつむく。
垂れた前髪で表情は見えない。
だが――
「やっと見つけた」
きっと雲母は――
「わたしを……殺せる人」
――笑っていた。
「《表無し裏無い》」
雲母は地面を踏みつけ、一気に加速する。
足から伝わる反動を反射し、すさまじいロケットスタートを見せる雲母。
二人の距離が一瞬で詰まる。
「ぐ……!」
雲母の拳を影のナイフで受け止めるが、一撃で砕かれる。
《花嫁戦形》になっても、影の強度は低いままだ。
受け太刀をするわけにはいかない。
「死にたくなかったら……わたしを殺して」
雲母の拳が美月の頬を掠めた。
彼女の瞳には鬼気迫る感情が宿っている。
今、雲母は感じているのだ。
死の予感を。
死への期待感を
(させない……!)
美月はそう誓った。
星宮雲母に思い出させてみせると。
生きる希望を、思い出させてみせるのだと。
だから――
「はぁ!」
美月は影のワイヤーを伸ばす。
ワイヤーは自在にうねり、雲母の手首を捕えた。
(私の攻撃を受ければ死ぬ。そう分かれば、星宮さんは私を無視できない)
雲母を説得するうえで一番の障害となるのは、そもそも彼女が美月に興味を持っていないこと。
関心がなければ、言葉を尽しても届かない。
万策尽きてしまう。
だから、雲母からの注目を得る必要があった。
対等の立場で戦えるからこそ、言葉が届く。
言葉が届けば、説得の余地がある。
「!?」
美月がワイヤーを引けば雲母は体勢を崩す。
雲母の足元から影が伸びる。
その標的は無論、雲母だ。
とはいえ美月の目的は雲母の殺害ではない。
だから影の武器に殺傷能力は持たせなかった。
しかし手加減もできない。
「ぅぶ……」
影の破城槌に鳩尾を打たれ、雲母はえずく。
刃がなくとも、その衝撃は明確なダメージとなる。
「これじゃ……死ねない……!」
雲母は腕を振り上げ、ワイヤーを殴りつけた。
ワイヤーを伝う振動。
一方はそのまま美月へ。
もう一方は雲母へと向かい――反転する。
二つの振動。
波長が合う振動は重なり合い、より大きな振動となる。
共振。
それは馬鹿にできるものではない。
「《表裏転滅の占星術》――《奇跡の前借り》」
もしも、『運悪く』際限なく振動が加算され続けたのならその威力は――
「ぁぁ!?」
――人体を破壊しうる。
増大した振動が内部から美月を壊す。
「わたしに運が味方した」
――だから、
「きっとわたしの未来は悲劇」
雲母の足が捻じれるように折れた。
彼女は自身の魔法で奇跡を前借りした。
その反動があの負傷なのだろう。
幸運の代価を払わされたのだろう。
「痛い。でも、奇跡の反動では死ねない」
雲母は痛みに顔を歪めながらも美月を見据える。
「わたしを殺せるのは、貴女の刃」
雲母は折れた脚を振り抜いた。
跳ねた血の粒が運命の補正によって加速する。
赤い弾丸たちが美月に撃ちこまれる。
「くッ……!」
後ずさる美月。
「死にたくないなら、わたしを殺して」
これは脅迫だ。
死にたい彼女の、精一杯の脅迫。
だが美月はそれを許容しない。
「確かに、私は死にたくない」
美月は雲母を睨みつける。
そこに込めるのは敵意でも憎悪でもない。
怒りと悲しみ。
雲母に生きることを諦めさせた世界への怒り。
このまま幼い少女が命を捨ててしまうことへの悲しみ。
それを許してはならないという覚悟。
そのすべてを視線に込め、美月は駆けた。
「でも私は――」
「貴女を死なせたくない!」
「…………!」
美月の言葉を聞き、雲母が硬直する。
いくら美月が近づいても反応を示さない。
殺せるなら殺してみろ、と態度で示しているのか。
否。
「……うるさい」
雲母は、静かに怒りを燃やしていた。
彼女が地団太を踏む。
それだけで地面が割れた。
広がるクレーター。道路に深々と刻まれる蜘蛛の巣状の傷。
「な……!」
足場が不安定になったことで美月は立ち止まる。
油断したら転んでしまいそうな揺れ。
人為的な地震を引き起こした雲母は唇を噛んでいる。
「『私の分も生きて』」
「『死んでいった人たちのためにも生きなければいけない』」
「みんな――なんで……」
雲母は歯ぎしりをして――
「なんで……そんな酷いことを言うのッッ……!?」
叫ぶ。
その絶叫は、彼女の心の悲鳴そのものだった。
ちなみに、最初に不幸になる代わりに次の行動に幸運補正を付与する《奇跡の後払い》もあります。
それでは次回は『その絶望を裏返して3』です。




