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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
最終章前編 天魔血戦編
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最終章 17話 真実に囚われた者たち

 あと数話で三つ巴の戦いも終わります。

「ハ……?」

 リリスは眉を寄せた。

 さっきまで黒い汚泥に呑まれていた建物。

 それが内側から照らされている。

 白く清浄な光が立ち上る。

 その光は不快なほどに澄みきっている。

「あれは……」

 リリスたちと対峙していたキリエも建物へと視線を向けている。

 状況から考えて、あの建物に閉じ込められていたのは――


「――――――《真実の光・波羅(ライト・オブ・ヘヴン)蜜蓮華(・ニルヴァーナ)》」


 それは、白だった。

 絹糸のような髪。

 繊細で白い肌。

 穢れ一つない花嫁衣裳。

 それが示しているのは――

「……《花嫁戦形(Mariage)》」

 雲母が呟いた。

 彼女たちの前に現れたのは春陽だ。

 彼女は花嫁衣裳を纏い、宙に浮かんでいる。

 静かな瞳で、戦場を見ていた。

 そのまま春陽は戦場の中心に降り立った。

 リリス、雲母、キリエ、ギャラリー。

 四方を囲まれた位置で、春陽は悠然と構えている。

 否、構えてすらいない。

 もっとも狙われやすい位置で、もっとも隙を見せ続けている。

「なんだかよく分からないケド――」

 リリスは顔の隣で右手を構える。

 彼女の掌の中で黒い渦が巻く。


「死んでも『おっけー』ってワケ?」


 リリスがウイルスを放つ。

「《魔光(マギ・レイ)》」

 雲母は拳に魔力を収束させ、撃ち出した。

「うん。やっぱり決着は、自分の手で着けるべきってことかな?」

 キリエが大鎌を振るえば、魔力の斬撃が飛ぶ。

「凍てつきなさい」

 ギャラリーのステッキに冷気が集められ、冷撃を射出した。

 四方向から飛来する魔法。

 そのすべてが致命の一撃。

 だが、春陽は動かない。

 そして――


「暴力じゃ、永遠に真実には届かないよー」


 春陽の命に届くはずの攻撃たちが――消えた。

「良い香りだね」

 ウイルスが花となる。

 魔力の閃光が虹のような粒子となる。

 斬撃はピンクの雲に変わる。

 氷撃が雪と散る。

 暴力の結晶が消え、非殺傷の物質に切り替わる。

「じゃあ……行くよー?」

 次に動くのは春陽だ。

 彼女の周囲に光の弾が浮かぶ。

 次の瞬間――

「「「「ッ!?」」」」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 見えない。まさに光速。

 誰一人として反応できなかった。

「ふざけ――」

 心臓を潰された。

 それはあまりに致命傷。

 死が目の前に迫って――

「…………? 死んでない」

 雲母が胸を見下ろしている。

 あの光刃は彼女の《表無し裏(フェイトロット・)無い(タロット)》さえも貫いて雲母を穿った。

 そのはずなのに、彼女の体に傷はなかった。

 ゴスロリ服の胸元が裂けて谷間が露出していても、そこには一滴の血さえない。

 先程の被弾が嘘であったかのように。

 真実ではなかったかのように。


「真実の世界に、暴力は存在しない」


「ここでは、みんな魔法を使えない。私に殺されても死なない」


 一定範囲内における魔法の無力化。

 全員に適用される不死化。

 この世界では誰も傷つけられず、傷つかない。


「この世界にいる限り、誰もが真実に囚われる」


「暴力が渦巻く、俗世に戻ることは赦されない」


「真実を知ってしまえば、もう逃げられないよ?」



「姉さん」

 花の咲いたガレキの山。

 そこに美月はいた。

 彼女は空にたたずむ春陽を見上げている。

 たった一人で、彼女は戦場を停滞させている。

 誰も死なず、殺せない。

 その力を以って、終わらない戦いを作りだす。

 4人から集中砲火を受けてなお春陽に傷はない。

 むしろ不可視の一撃で、何度も彼女たちに致命傷を与えている。

 もはや春陽は戦場を支配していた。

「やっぱり、姉さんはすごいですね」

 美月は微笑む。

 妹として誇らしく思う。

 同時に、一人の人間として――悔しい。

「私も、まだ諦めたくない」

 それが率直な気持ち。

「今の姉さんなら、私なんかいなくても戦える」

 それどころか、

「もしかしたら、星宮さんを救えるかもしれない」

 敵を殺すこともなく、殺される心配もない。

 その条件下なら、雲母を説得することもできるかもしれない。

「私には無理かもしれない。私じゃなくても、できることかもしれない」

 だからこれは――


「それでも、私がしたい」


 だからこれは――美月のワガママだ。

 エゴだ。

 自分で助けたい。自分の手で、助けたい。

 そんな想いが溢れてくる。

 たとえ意味がなくとも、ここで眺めているだけの自分でいたくない。

 届く見込みがなくとも手を伸ばしたい。

「私は、そのために戦場に立ったんですから」

 覚悟は――決まった。

 あとはもう、踏み出すだけ。



「雲母」

 リリスは雲母を呼び止めた。

「アイツの魔法のタネが分かってきたんだヨネ」

 リリスは笑う。

 一連の攻防で、春陽の《花嫁戦形》の弱点を探っていた。

 そのおかげで分かってきたことがある。

「アイツが消せるのは、手を離れた『魔法』ダケ。手に持った武器。体そのもの。魔力の宿っていない物質。それらは防げないワケ」

 ――てことは、

 リリスの笑みが深くなる。

「ぶん殴って気絶させればジ・エンドだヨネ~」

 リリスがウイルスの嵐をまき散らす。

 だがそれは大量の花吹雪となった。

 しかし――

「《花嫁戦形》」


「《表裏転(フェイトロット・)滅の(タロット・)占星術(マッドプロット)》」


 花吹雪が世界を覆い隠した一瞬で、雲母は花嫁衣装を纏う。

 そして彼女は地を蹴って春陽に迫った。

「!?」

 雨のように降り注いだ光が雲母の背中を貫く。

 全身を撃ち抜かれ、雲母の体が宙に止まる。

 それでも――

「不幸だ……」


「何度攻撃されても死ねないなんて……不幸」


 《表裏転滅の占星術》。

 その力は幸せと不幸せの天秤。

 不幸なものには幸せを。幸福なものには不幸せを。

 そうして世界の秩序を守る魔法。

「だから、幸せになれるはず」

 雲母は地面に縫い付けられたまま、小石を拾って投げた。

 それだけで小石は異常なまでに加速する。

 大気との摩擦で赤く焼けた石が――春陽の肩を貫いた。

「……!」

「死ねないのは貴女も同じ。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 たとえ雲母が意識を失っても、不死化は消えない。

 だから死なない。

 しかし春陽は違う。

 彼女は意識を失えば不死化は消え、春陽は死ぬ。

「《花嫁戦形》と考えても異常な能力の向上倍率」

 4対1でも圧倒できるほどの成長率は異常だ。

 歴戦の魔法少女の目をもってしても捉えられない魔法。

 そんな破格の強化を受けられるのは、それに見合うデメリットがあるから。

 どんなに圧倒しても、敵を殺せないという大前提。

 半面、もしも自分が負ければ殺されるという事実。

 言い換えるのなら――


「貴女の魔法の弱点は、引き分けか敗北しかないこと」


 敵が勝つことを諦めるか、春陽が押し負けるか。

 それしか終わりのない戦い。

 ゆえに――

「……ぁぁ!」

 雲母は地面を蹴り、無理矢理に跳び出した。

 刺さった光によって昆虫標本のように固定された体を強制的に動かす。

 本来なら内臓を傷つける自殺行為。

 だが、春陽の魔法によって雲母は一切の傷を負わない。

「――終わり」

 そして雲母は春陽との距離を詰める。

 拳を引く。

 一発でも殴れば、雲母の占いがその威力を致命の領域に引き上げる。


「死ねないことが真実なら、真実なんていらない」


 雲母は春陽の顔面をめがけて拳を打ち放った。

 しかし――


「《花嫁戦形》」


「――――――――――――《影の楽園・反(ワールドシャドウ・)転世界(リバーシ)》」


 横から伸びた手が、雲母の手首を掴む。

「ぁ……」

 雲母の目線が、横に動く。

 そこにいたのは――

「すみませんが。貴女の相手は私です」


 ――花嫁衣装を纏う美月だった。


 ここから雲母を救うための戦い。ある意味で、黒白姉妹にとってのラストバトルが始まります。


 それでは次回は『逆様の世界へ』です。

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