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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
最終章前編 天魔血戦編
229/305

最終章 16話 歴然の差は依然として

 三つ巴の戦いも最終局面が近づいてきています。

「まず――――」

 美月はキリエを追うために立ち上がろうとして――転ぶ。

(やはりさっきの攻撃で……!)

 脇腹が痛い。

 突然の激痛に足をもつれさせた美月だが、今度こそ走り出す。

 だがすでに致命的なほどにキリエとの差が開いている。

 春陽は接近戦で戦うタイプの魔法少女ではない。

 だからこそ、キリエに接近を許すのは危険だ。

「とりゃー!」

 春陽もそれを理解しているのだろう。

 彼女は足に光を纏い、地面を踏みしめた。

 同時に床を光脈が伝播する。

 血管のような光の筋。

 そこから――光刃が飛びだした。

「はぁっ!」

 キリエは体を横に向け刃の隙間に滑り込む。

 それでも防げない光刃は大鎌で砕く。

 キリエと春陽の距離がゼロになる。

「あ――」

 春陽が腕を横に薙ぐも、キリエは身をかがめて躱す。

 光刃が黒い髪をわずかに散らす。

「髪は女の命らしいし、アタシはこっちの命を狙うとしようかな」

 キリエは姿勢を戻す勢いを乗せ、春陽の股座を強かに蹴り上げた。

「ひゃ……ぁぁああ!?」

 春陽は悲痛な声と共にうずくまる。

「さらにもう一発」

 キリエの蹴りが春陽を地面に押し倒す。

 そのまま春陽が動けないよう、キリエは彼女の胸を踏みつけて地面に縫い付けた。


「姉さん!」

 痛みに耐え、美月はキリエに追いつく。

「うん。随分と遅い到着だ」

 キリエは春陽を踏んだまま美月と対峙する。

「ひ、ぁ……」

 乳房を踏みにじられ、春陽が小さな悲鳴を漏らす。

 一方でキリエは腕を引き、大きく身構えている。

 一撃で敵を仕留めるフルスイングの構え。

 空振れば大きな隙は晒すのは必定。

(見極めないと)

 先程の攻防で大鎌のリーチは把握した。

 キリエが大鎌を振るうと同時――もう攻撃の中断ができないタイミングでその間合いから外れる。

 そうすれば隙だらけとなった彼女に有効打を与えられる。

「甘いよ」

「…………え?」

 ズドン。

 そんな音だった。

 気が付くと、大鎌の石突が美月の右胸に沈み込んでいた。

 キリエは大鎌を振るうのではなく――突き出したのだ。

 刃でなく石突。

 円弧でなく直線の軌道。

 最短ルートを駆ける攻撃は、美月の想定を越えた速さで着弾する。

 身の危険を感じた時には、避けることはできなかった。

「ごぶっ……」

 美月の口から血がこぼれた。

 打ち据えられたのは右の肺。

 おそらく、そこからの出血だ。

 美月はその場で座り込み、胸を押さえた。

 呼吸のたびに胸が破裂しそうなほど痛い。

 美月自身が全力で走りながら突っ込んでいたこともあり、その衝撃は肺を痛めつけるには充分だったようだ。

「ぁぐ」

 頬を蹴られ、美月は地面に倒れ込んだ。

 そのままキリエは彼女から視線を外すと――

「股から心臓を通って――脳味噌までザックリだよ」

 大鎌を春陽に押し付けた。

「うん。縦に斬られて再生する奴は見たことがないんだよね」

「姉、さん……!」

 胸の痛みを忘れて美月は叫ぶ。

 だが上半身を押さえつけられている春陽では、逃げるどころか身を起こすことさえできない。

 ただ粛々と処刑を待つことしか――


「キリエ!」


 ギャラリーの声が部屋に響いた。

 直後――天井が崩落した。

「!」

 キリエも驚いた様子で周囲を見回す。

 天井が壊れたということは――

(空間固定が解かれた……?)

 それしか考えられない。

「ねえギャラリー。これはどういう――」

「良いからこっちに来なさい!」

「……?」

 キリエの抗議を無視してギャラリーは怒鳴る。

 ゲート越しに見える彼女の表情は鬼気迫っていた。


「このままだと――死ぬわよ……!?」


 ギャラリーの言葉の意味。

 それは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ァヒハアアハアアハハハハハハ!」

 リリスの笑い声が降り注ぐ。

 間違いない。

 あれは彼女のウイルスだ。

「ちっ……空間固定が仇になったか。うん。室内に被害がないせいで、部屋がウイルスに沈んでいたのに気づかないだなんてね」

 おそらくリリスは部屋をウイルスで包んでいる。

 このままでは空間固定を解除したと同時に部屋ごと中にいる全員が腐りながら死んでいくこととなる。

 だからギャラリーは部屋が沈み切る前にゲートを開いたのだ。

「早くしなさいよ! こっちだって攻撃を捌きながらゲートを開いてるのよ……!?」

 ギャラリーの声には焦燥が滲んでいる。

 彼女は外で、部屋の様子を監視していたはず。

 だからこそ、すでにリリスたちと交戦状態に入っているのだ。

「……うん。分かったよ」

 キリエはため息をついた。

 その表情に映るのは――不満。

「正直、不本意だなァ」


「せっかくの戦いが、横槍のせいで終わるなんてさ」


 キリエは美月たちを見下ろす。

 そこにはわずかな寂しさが見える。

「ま、生きていたアタシのほうが勝ちってことで終止符を打つことにするよ」

 そう言い残し、キリエはゲートに消えた。

 彼女が通ったことで、役目を終えたゲートは消失する。

 残されたのは黒白姉妹だけだ。

「そんな――」

 美月は茫然とする。

 すでに天井の半分ほどが崩れ、汚泥が床に落ちている。

 跳ねた飛沫が肌に触れると、嫌な臭いと共に煙が上がった。

 残るのは火傷のような跡。

 肌が――溶かされたのだ。

「このままでは……」

 すでに周囲は汚泥の滝に塞がれている。

 もう逃げ場は――なかった。

 一縷の望みをかけ、影で床を崩す。

「……駄目、ですね」

 そこはすでに汚泥の海だった。

 階下はもうウイルスに侵蝕されている。

 無事なのは、黒白姉妹のいるわずかなスペースだけだ。

 それも、あと一分と待たずに消える安全圏なのだが。

「ツッキー……」

「姉さん……」

 汚泥から逃れ、自然と二人は身を寄せ合う。

 もう服の端が汚泥に触れている。

 命運は――尽きていた。

「目的も、約束も……何も為せなかった」

 春陽はそう呟いた。

 星宮雲母を助けるという目的も。

 生きて帰るという約束も。

 すべて嘘にしてしまった。

 美月の顔に空笑いが浮かぶ。

「身の丈に合わないことを願ってしまった……罰でしょうか」

 美月は唇を噛む。

 そして、姉の姿を見た。

 自分の戦いに巻き込んでしまった姉の姿を。

 せめてもの贖罪として、最後の一瞬まで目に焼きつけようと――


「まだ――諦めないよ」


 笑っていた。

 死神に首を掴まれたような状況でも、春陽は笑っていた。

 いつもの天真爛漫な笑みではない。

 見た者を落ち着かせる、姉の笑顔を浮かべていた。

「お姉ちゃんが、妹の前で諦めるわけにはいかないもんね?」

 春陽は美月の頭を胸に抱いた。

 心臓の音が聞こえる。

 ジュワジュワと泡立つ音が聞こえる。

 ――きっと春陽は、振り落ちる汚泥から美月を守ったのだ。

 己の背中を盾にして。

 ほんの数秒でも、妹を延命させるために。

 誰かのために身を捧げる覚悟の深さ。

 きっとそれが、鍵だった。

「だからね――」


「――――――《花嫁戦形(Mariage)》」


「――――――《真実の光・波(ライト・オブ・ヘヴン)羅蜜蓮華(・ニルヴァーナ)》」


 世界が白に包まれた

 以前どこかで書いたことがある気もしますが、黒白姉妹の魔法少女としての才能は悠乃たちを越えています。

 そのため、彼女たちの《花嫁戦形》はヤケクソ気味な強さとなります。

 持て余すのが目に見えていたので、最終章まで覚醒させられなかったんですよね。

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