最終章 15話 力がすべてを支配する
黒白姉妹VSキリエです。
「どういう力なのかは――見れば分かるさっ!」
キリエが地を蹴る。
彼女が担いでいるのは大鎌。
身の丈を越えるそれは間違いなく重量武器に分類される。
そのはずなのに――
「そおら。一発目だ」
――美月とキリエ。
二人の鼻が触れ合った。
吐息が分かるほどの距離。
すでにキリエは大鎌を振りかぶっている。
「!」
美月は身を引く。
飛び退く彼女を狙うスイング。
美月は手から影を伸ばす。
伸ばした先は、迫る大鎌の柄だ。
影で大鎌を止めることが目的ではない。
「くっ……!」
美月の体が吹き飛ばされる。
だが、彼女の体に傷はない。
彼女の体に刃が触れるよりも早く彼女の影が大鎌の柄に当たり、彼女を反動で押し飛ばしたからだ。
だからこそ、美月は派手に飛ばされたが、刃の部分は空振りしていたのだ。
「やはり、絶対切断は健在ですか……」
美月は目を細める。
キリエが振るった大鎌は壁に刺さっていた。
――空間固定されているはずの壁に。
それこそが彼女の得物に絶対切断が付与されていることの証明。
「うん。やっぱりこれだ」
キリエはゆっくりと大鎌を担ぐ。
「乱戦だと不確定要素が多すぎるからね。順番に殺していったほうが確実だ」
(傲慢。そう言いきれないのが歯がゆいですね)
なぜなら、キリエは強い。
《彩襲形態》という力まで含めたのなら《正十字騎士団》と対等条件で戦っても充分に勝ち目がある。
だからこそ、戦場を分かりやすい形に整理するというキリエの目論見には理屈が通っているのだ。
逆に、乱戦が実現せずに困るのは、立ち回りによって勝利を掴もうとしていた美月たちだ。
元より格上だと思っていた相手が、新たな力でさらに距離を広げてきた。
状況としてはすでに最悪に近い。
だが――
「負けません!」
美月は影の手裏剣を大量に投擲する。
今の攻防で一つ分かった。
(あの状態になると、彼女の速度が落ちる)
理由は単純。
大鎌は、鉤爪より重い。
鉤爪は10本あるため、総重量としては大鎌より重そうに思える。
だが、美月は見ていた。
得物を振るう際の――キリエの動作を。
彼女が、どこに重心を置いているかを。
鉤爪を振るう時よりも、大鎌を振るう時は腰を落とし――踏ん張っていたことを。
それはつまり、鉤爪よりも強い遠心力が働く――重いということだ。
だからこそ彼女の足が鈍っている。
もっとも、それでなお美月を凌駕する速力なのだが。
(速度が落ちているのなら、広範囲の攻撃を躱される確率は――)
以前のような速さ任せの戦い方はしない。
そう考えた。
それは半分正解。
「はぁッ!」
そして、半分不正解。
なぜなら、キリエは大鎌のスイングによる風圧で影手裏剣をすべて弾いたのだから。
確かにキリエは速さ任せの戦いをしなくなった。
だが、今の彼女はそれを苦にしない。
それだけの話だ。
「とりゃー」
床を春陽の光刃が這う。
狙いはキリエの足元。
「よっと」
しかしキリエは大鎌を地面に突き立て、棒高跳びをするかのように体を浮かせる。
鎌を握ったまま逆立ちをしたキリエ。
光刃はキリエを狙って伸びるも、身を捻るだけで躱される。
(前よりも回避がコンパクトになっている……?)
速さに任せた大雑把な回避ではない。
最小限の動きで攻撃を躱している。
能力だけではない。
キリエは、戦闘技術においても進化を見せている。
「良いことを教えてあげよう」
キリエは笑う。
残虐に。強者としての自負を持って笑う。
「アタシの大鎌には絶対切断以外の能力がある」
――それはね?
「――再生阻害だ」
再生阻害。
言葉をそのまま受け取るのなら、傷の再生を阻む能力。
傷が、治らない能力。
いや。最悪の場合、止血さえできない可能性がある。
凝血もまた、体が持つ再生機能なのだから。
それを妨害するのなら、絶対切断まで持ったあの大鎌は――掠めるだけで致命傷になる。
「!」
「よく分からないかもしれないからさぁ」
「実演販売のアルバイトだ」
キリエが一瞬で距離を詰める。
彼女は上段に大鎌を構え、美月を狙っている。
「……!」
あれに当たるのはダメだ。
美月の本能が警告する。
万が一の被弾も許されないと叫ぶ。
だから彼女は全力で横に――
「それくらい分かってンだよ」
「がッ……!?」
横からの衝撃。
空中でキリエが繰り出したのは――回し蹴り。
キリエは大鎌を振るうことなく、美月の脇腹を蹴り抜いた。
無軽快な場所を狙った一撃。
美月は床を無様に転がる。
(今ので――)
美月は脇腹を押さえる。
嫌な痛みがじわじわと広がる。
痺れるような不快感。
もしかすると肋骨にヒビが入っているかもしれない。
「うん。ひょっとして、誤解させちゃったのかな?」
キリエは追撃もせずにそう言った。
「前みたいに、お遊びで能力を教えたと思ったかい?」
――まさか。
キリエの口元が三日月形に歪む。
「悪いけどアタシは本気だよ。これは、君の対応を見越してのブラフってヤツさ」
そう語る。
「君なら性格上、アタシの能力を知れば過剰なくらいに『刃』を警戒すると思ったからね」
だからこそ能力を教え。囮にした。
刃に気を取られるあまり、キリエが蹴りに移行する動きを見落とした。
過剰な警戒が視野を狭めたのだ。
「そう。今回のアタシは本気の本気だよ」
――だからさァ。
キリエの笑顔。
その時、美月の背筋に寒気が走った。
「今度は――あっちから狙うとするよ」
キリエが背を向けた。
そして美月を置き去りに加速する。
あの方向にいるのは――
「姉さん!」
キリエが最初の標的に選んだのは、黒白春陽だった。
今の黒白姉妹なら、3章時点のキリエになら充分に勝てるくらいの力があります。
しかしキリエも成長しているからこその苦戦といえます。
それでは次回は『歴然の差は依然として』です。




