最終章 6話 三度目
いくつかの戦闘を並行していきます。
「《氷天華》」
「《死の大鎌》」
蒼井悠乃と朱美璃紗。
二人は同時に魔法を起動した。
氷と炎。
二つの魔法が衝突する。
氷が一気に蒸発し、水蒸気が戦場に蔓延する。
消失する視覚。
そこに春陽が一手を加える。
「《真実の光》」
彼女の指から光が迸る。
白い光は水蒸気で拡散し、戦場を光で塗り潰す。
「それじゃあ行ってくる」
「そっちも頑張れよ」
そのタイミングに乗じて、悠乃と璃紗が離脱した。
美月と春陽を残して。
「姉さん」
「なーに?」
美月と春陽は背中合わせになって戦場に佇む。
かつてないほど危険な戦場。
だが不思議と心は凪いでいた。
「一緒に、戦ってくれますか?」
「もちろんだよー?」
こんな戦場で春陽は笑う。
明るく。快活に。
「ツッキーが助けたい人は、わたしが助けたい人だもん」
――お姉さんだからね。
春陽はそう言った。
彼女と雲母の間に直接の因縁はない。
それでも戦いたいと言ってくれた。
美月が守りたいものを、自分も守りたいのだと。
「姉さんってこれまで呼んできましたけど、よく考えたら私と姉さんは双子なんですよね」
「んー?」
「いえ。双子なのに、姉さんであろうとしてくれるあたり、姉さんは姉さんだな、と」
春陽はいつだって奔放で、客観的に見れば美月のほうが姉のように見えると言われたこともある。
だけど、本質は違う。
いつだって、美月にとって春陽は姉だった。
奔放なようで、いつも美月を想っている。
ふわふわとしているようで芯は揺らがない。
二人は同時に生まれてきた。
だから美月が不安を覚えた時、きっと彼女も同じような不安を感じていたはずだ。
同じタイミングで同じ経験をするから。
美月が悩んだ時、春陽もまた戦っていたはずなのだ。
だけど彼女は笑って、姉を名乗り続けた。
今も昔も。
本当に守られてきたのは、美月のほうだったのだと思う。
「今、私が怖くないのは姉さんがいるからです」
周囲からは「美月がいなければ春陽はダメだ」と言われた。
でも、彼女がいなければダメになってしまうのは自分だ。
一人だけでは、ここで戦う決意はできなかった。
いや、ここまで来ることさえできなかったかもしれない。
「だから、一緒に帰りましょう」
「……うんっ」
春陽は顔をほころばせた。
「うん。これがあれだ。フェアプレー精神ってやつかな?」
風が吹き、霧が晴れる。
風の出所はキリエだ。
彼女が腕を振るい、風を巻き起こしたのだ。
「……君たちだけ残ったのかい?」
キリエが尋ねてくる。
「そういえば……これで三回目ですね」
夢幻回廊。
女神システムの真実を知る前の戦い。
そして、今回。
黒白姉妹とキリエが戦うのはこれで三回目だ。
「まさかここまで腐れ縁になるとは思いませんでした」
「確かに、アタシも君たちはすぐに死ぬと思ってたね」
「……否定はしません」
美月たちとキリエとの間には歴然の差があった。
ここまで生き残り、戦えるのは運が良かったのだろう。
「そして、今度は勝ちます」
最初は惨敗。
次は引き分け。
だからこそ、今度は勝つ。
「《侵蝕》ォォ」
その時、リリスの声が響いた。
曇天が黒に染まる。
黒雲。
そのすべてが殺人ウイルスだ。
あれは触れただけで容易く死に至る魔法だ。
「「「「!」」」」
美月、春陽、キリエ、ギャラリーの全員が飛び退いた。
彼女たちがいた場所へと黒い波が降り注ぐ。
「楽しそうにお話してるとこ悪いケド」
「皆殺しだカラ」
リリスが黒い魔力を纏う。
「触れたらアウトっていうのは面倒ね」
彼女の様子を見て、ギャラリーは嘆息した。
そしてギャラリーはキリエを横目で見ると――
「キリエ。言っておくけど、アタシはあっちの双子と戦う気はないから」
「おや。あっちの陣営が君の贔屓だったのかい?」
「……そもそも、あいつらと戦う意味がないじゃないのよ」
ギャラリーは呆れた様子でそう言い返した。
「ハハッ……! それもそうだね。うん」
それにはキリエを同意見なのか、彼女は笑い声を上げた。
結局のところ美月たちは乱入者であり部外者だ。
本質的に、これは魔王と女神の戦い。
キリエが優先的に倒すべきなのは《正十字騎士団》なのだ。
「でもさァ?」
それでもキリエの眼光は美月たちから離れない。
「これはアタシの本能の話なんだよ」
「コイツらと――白黒つけたいってさァッ!」
キリエはそう叫ぶと、大量の爪撃を撃ち放った。
☆
「ちょっと待ったぁっ!」
悠乃と璃紗が戦場を駆けている時、少女の制止が聞こえた。
正面からの声に、二人は立ち止まる。
そこにいたのはチャイナ服の女。
彼女は道の真ん中で悠乃たちを待ち構えていた。
「アタシの名はメディウム! 魔王軍の名にかけ、魔法少女を殲滅する女だっ!」
少女――メディウムは腕を組んでそう宣言した。
「なんか、面倒くせーのが出てきたぞ……」
敵の出現に璃紗は嫌そうな表情を浮かべる。
「わたしの名前はアッサンブラージュですぅ。死ぬのは嫌なんでぇ、ぶっちゃけ一番弱そうな相手のところでダラダラ戦ってやり過ごしたくて来ましたぁ」
「本音バラさないでぇ!?」
牛のような乳を持つ女――アッサンブラージュにメディウムが掴みかかる。
「『シズルさんもいませんし、魔王様の目が届かないところで戦ってました感だけ出しましょうかぁ』って言ったのアージュ先輩じゃないっすか! 少しは隠す努力してくれないの!?」
「だってぇ、死にたくないですよぉ?」
「それはそうっすけど……」
メディウムは咳払いをする。
そして躊躇いがちに悠乃たちを見つめると――
「そ、そういうわけで、なんか戦ってる風? そんな感じで――」
「知らねーよ」
メディウムが喋り終わるよりも早く、璃紗は彼女に肉薄していた。
彼女が振り上げている大鎌は炎を纏っている。
そのまま璃紗は上段から炎をメディウムに叩き付け――
「やっぱダメかー」
メディウムは手の甲で大鎌を受け流した。
狙いを逸れた刃が地面に突き刺さり、アスファルトの道路を溶岩に変える。
「うわ……マジですごい威力なんスけど」
メディウムは地面の様子を見ながらそう漏らす。
もっとも、そんな高威力の攻撃を軽くいなした彼女の技量も恐るべきものであるはずだが。
「油断してたつもりはねーけど……予想以上だな」
一度後退した璃紗が舌打ちをした。
「うん。今の動き、並の《怪画》じゃないよ」
さきほどメディウムがした動きは単純だ。
手の甲を魔力でガードし、角度をつけた防御で大鎌を受け流す。
単純だが、相手の攻撃の向きを完璧に読まねばならない。
その上、短時間とはいえ璃紗の攻撃と拮抗する魔力を瞬時に集めなければならないのだ。
それら一連の行動を実現するには一定以上の実力が必要だ。
「将軍クラスの実力者と思っておいたほうが良いかも」
「だな」
悠乃たちは真剣な表情でメディウムと対峙する。
すると彼女は目を見開き――
「なんか――」
「久しぶりに正当な評価を受けた気がする……!」
震えていた。
感動で。
「見てましたアージュ先輩ぃ? やっぱ、あれがアタシのあるべき姿だと思うんだけど」
「え、見てませんでしたぁ」
「なんでいつも、ピンポイントでアタシの活躍見てないんスか!?」
「そんなぁ。優しい先輩として、後輩の醜態を見ないように目を逸らしていただけなのにぃ」
「醜態晒す前提……!」
メディウムは肩を落とす。
どうにも感情の起伏が激しい少女らしい。
「まぁ~あ? アタシ、デキるメイドなんで? 一回見逃したくらいで活躍シーンはなくならないっスけど」
メディウムはいつの間にか手にしていた青龍刀を素振りしながらそう言った。
空元気を振りまきながらの剣舞は洗練されていて、彼女が剣にも精通していることがうかがえる
「へぇ。そうですかぁ。えぇ。わぁ。すごいぃ」
「いや。めちゃくちゃ興味なさげな――」
「あ、ちゃんと避けてくださいねぇ?」
「…………へ?」
アッサンブラージュの言動にツッコミを入れようとしていたメディウムは、背後にいるであろう女性の姿を確認しようとして――硬直した。
なぜなら、アッサンブラージュが4トン級のトラックを投げていたからだ。
片手で。
それも――メディウムをその軌道に巻き込んだ状態で。
「メディウムちゃん。逝きまぁ~す」
「それ殺害予告ゥッ!」
キリエ1戦目:取るに足りない相手
キリエ2戦目:面倒な相手
キリエ3戦目:本能が戦いを求める相手
このようにどんどん評価が変わっていっているんですよね。
ちなみに、黒白姉妹とキリエのバトルが3回も続くのはプロットにない偶然です。ある意味、本当に腐れ縁ですね。
それでは次回は『成長』です。




