最終章 5話 会敵
因縁の戦い再びです。
「《表無し裏無い》」
星宮雲母は屋上にタロットをばらまいた。
カードはそれぞれ風に乗って舞う。
だがそのうちの数枚が不自然な挙動と共に床に落ちる。
彼女の魔法は占い。
あのタロットが落ちた場所は、敵の位置を示しているのだ。
「リリス先輩。見つけた」
「ソ」
雲母が声をかけると、天美リリスは立ち上がった。
「じゃ、さっさと行こっカ」
「うん」
リリスは雲母へと歩み寄り、彼女を背後から抱く。
無論、それは愛情表現ではない。
「《侵蝕》」
リリスに翼が生える。
黒い触手によって編み上げられた翼が。
「《表無し裏無い》」
雲母がその場で軽くジャンプする。
そして着地の瞬間――衝撃を反射した。
反動で二人の体が高く飛びあがる。
「《侵蝕》」
加えて、リリスが噴射した黒い魔力によってさらに二人は加速する。
空へと打ち上げられた二人。
そのまま彼女たちは両翼で滑空する。
「あっち」
雲母は指で敵のいる方向を示す。
リリスは翼を操り、彼女が指した方向を目指してゆく。
そうして二人は――
「アハ……! 見ィつけたァ」
リリスは笑む。
彼女たちの前には――4人の魔法少女がいた。
「いきなり――ですか」
そのうちの一人がそう呟いた。
黒い魔法少女――黒白美月が。
☆
「いつかは……とは思っていましたけど。いきなり会うと、さすがに対応に困りますね」
美月は嘆息した。
彼女の目的は星宮雲母を――死ぬことにしか救済を求められない少女を助けること。
体だけを運命に守られ続けている彼女の、心を救うこと。
だから、この戦争において雲母と再会することは最低条件だった。
開戦直後に会えるというのは、消耗の観点から考えると理想的だ。
とはいえ、予想よりも唐突な会敵であったこともあって心の準備が不十分であることも否定できない。
「あれ? これ、別に戦わなくて良い相手じゃナイ?」
「……間違えた」
リリスの言葉に、雲母はそう答えている。
会話の雰囲気からして、雲母の魔法で敵のいる位置を特定していたのだろう。
「まぁ? 魔法少女だから占いの対象に入るっていうのも分かるケド」
――わざわざ選んだ一つがコレって面白い確率だヨネ?
そうリリスは笑った。
「でも、多分意味はあると思う」
「?」
雲母は否定する。
確率――その偶然性を否定する。
「ちゃんと、向かうべき方向も《表無し裏無い》で選んだ」
雲母は無感情な瞳で美月たちを見つめる。
「だから、わたしがここに来るべき理由があったんだと思う」
「へぇー。あんま興味ないケド」
リリスの目が美月たちへと向けられる。
「もうしばらくは隠密行動のつもりだったんだけどなぁ」
そう漏らしつつ、悠乃は氷剣を構える。
「会っちまったもんは仕方ねーだろ」
璃紗も大鎌を構え、戦いに備える。
4対2。
数の上では美月たちの有利だ。
だがこの戦争の目的を考えたのなら――
「蒼井さん――」
美月がある提案をしようとした時、
「うん。思ったよりお祭り状態だね」
声が聞こえた。
同時に、美月たちの傍らにあった住宅が切り刻まれた。
乱雑に。それでいて綺麗な切断面でバラバラになる建物。
崩れてゆく家の向こう側には、一人の少女がいた。
身の丈ほどの鉤爪を携えたロックファッションの少女――キリエ・カリカチュアが。
「――お祭りって気分にはなれないわね」
それだけではない。
キリエの背後に黒い穴が開く。
空間に開いたゲート。
そこからピンクの髪をした少女が現れた。
少女――ギャラリーはツインテールにした桃髪を揺らしながら地面に降り立つ。
「おー。三つ巴の戦いって奴だねー」
春陽は呑気に笑う。
3つの勢力がこの場に揃った。
それが幸か不幸かは、まだ判断がつかない。
だが――
(ある意味、三つ巴のほうが都合も良いかもしれません)
美月のアイデアを起用するにあたって、三つ巴である状況が優位に働く可能性がある。
もっとも、『無謀な賭け』が『分の悪い賭け』になる程度だが。
それでも、美月は進言した。
彼女たち全員の望みを叶えるためには、このリスクは必要だと判断した。
ベターではなく、ベストを狙う決断をした。
「蒼井さん。朱美さん。二人は先に行ってください」
美月は宣言する。
「ここは、私と姉さんで戦います」
4対2対2ではなく、2対2対2の戦場に。
あえて自軍の戦力を分割する愚行。
だが――
「二人は、金龍寺さんと灰原さんを助けてください」
ここで全員が留まれば、薫子とエレナを助けられないかもしれない。
大切な人全員を取り戻すためには、ここで悠乃たちを消耗させられない。
あくまで雲母を救いたいというのは美月の――否、美月と春陽のエゴ。
そこに悠乃たちを巻き込めない。
(本来なら、相手にしないのが正解でしょうね)
三つ巴の戦いである事を利用すれば、4人全員で離脱することも可能だろう。
そうすれば悠乃たちは消耗せずに先に進める。
(ですが、ここには彼女がいます)
美月は雲母を盗み見た。
三つ巴の戦いを前にしても動じた様子のない幼い少女を。
(彼女がここにいるのなら――)
(ここが、私たちの戦場)
逃げるわけにはいかない。
ここで逃げたのなら、参戦した意味がない。
「美月」
悠乃がこちらを見つめてくる。
二人の視線が数秒つながった。
「……分かったよ」
悠乃は苦笑すると、渋々ながらも同意した。
感じたのだろう。
この戦場が、美月にとってどれほどの意味を持っているのかを。
「でも、無茶しないでね?」
「……死んだら意味ねーんだからな」
悠乃と璃紗はそう言った。
全員で帰る。
そこには、当然のように美月と春陽の存在も含まれている。
だからこそ、彼女たちは美月たちに死ぬなと言うのだ。
たとえ目的を達成できても、彼女たちが死んでしまえば意味がないのだから。
しかし――
「いいえ。無茶は……すると思います」
美月は影の短刀を構えた。
そして――小さく笑う。
「でも約束します」
「絶対、生きて帰ります」
「……うん。信じるよ」
悠乃は微笑む。
きっと心配も不安もあるのだろう。
だけど彼女は、それらを胸の内に抑えたままそう言ってくれる。
美月たちが、躊躇わずに戦えるようにと。
その優しさに応える方法があるとしたら――
「ありがとうございます」
死にたがりの少女を助け、みんなのところへ帰ることだけだ。
天魔血戦編は大きく『序盤』『中盤』『終盤』に分かれます。
そして、序盤の山場は『美月、春陽VS雲母、リリスVSキリエ、ギャラリー』です。
それでは次回は『三度目』です。




