8章 12話 孤高の魔法少女とその翼
あと2話で8章は終わります。
「え?」
美珠倫世は驚きの声を漏らした。
その原因は、目の前にいる猫だ。
眼鏡をした猫――テッサは「何度も言わせるな」とため息をつく。
「今度の戦いは、私も出よう」
「…………」
倫世は声も出ない。
テッサは効率主義であり、表立って物事を為すことはない。
倫世が現役だった頃も、彼は一度さえ戦場に立たなかった。
そんな彼が、自ら戦場に赴くと言ったのだ。
彼を知っているからこそ倫世の驚きは大きい。
「別段おかしくはないだろう」
テッサは眼鏡を押し上げる。
「今度の戦場は、お前にもサポートが必要だと判断しただけだ」
サポート。
それも、彼が直接補助を行う。
それはつまり――
「次の戦場では《百葬輪廻・殲星陣》も必要になるだろうからな」
《百葬輪廻・殲星陣》。
それは倫世が持つ最強の魔法。
あまりに強力過ぎて、サポートなしでは数千人単位で人を殺してしまう魔法。
補助役がいなければ《最低出力》でしか振るえない力だ。
「お前のアレは一撃で戦場をひっくり返す。使いどころは必ず来るだろう」
「…………ええ」
倫世はわずかに身を固くする。
感じているのは――緊張。
これまで倫世はテッサと共に戦ったことはない。
あくまでテッサは裏方に徹し続けた。
彼と共に戦場に立てるという事実に、喜びのような感情を覚えている。
同時に――
「ごめんなさい」
倫世は謝罪を口にした。
彼女の中にあるのは緊張、喜び。
そして――罪悪感。
「私、テッサの期待に応えられなかったのよね……」
倫世はそう呟いた。
彼女はテッサから目を逸らす。
目に入るのは大量の結晶。
見慣れない――魔法界の景色。
思えば、遠くに来たものだ。
そんな気持ちが湧き上がり――気持ちが沈む。
「もしも私が強かったら《逆十字魔女団》なんて必要なかったのよね」
《逆十字魔女団》は美珠倫世という魔法少女の弱さの象徴。
彼女が弱かったからこそ生まれた組織。
だから倫世は《逆十字魔女団》が結成された本当の理由を誰にも教えていない。
知っているのは初期メンバーだけ。
あの日の真実は、倫世の心に恐怖として残っている。
なにより――
「テッサの期待……裏切っちゃったわよね……」
パートナーに失望されているのではないか。
それが倫世には一番恐ろしかった。
倫世の目に涙が滲む。
いつもそうだ。
戦場では強い自分でいられるのに、戦いが終われば弱いまま。
戦いの中で倫世は精神的に成長したのではない。
己の精神を誤魔化す術を覚えただけだ。
だから、本当の自分は脆いまま。
「お前の悩みに付き合うのは時間の無駄だ」
テッサが口にしたのはそんな言葉だった。
突き放すような物言い。
やはり自分の行動は、彼の期待を外れていたのだろう。
彼が求めた結果を、倫世は掴めなかったのだ。
「だから言っておく」
テッサは倫世に背を向けた。
「お前がこれからどんな選択をしようと、私に関係はない」
「…………」
足元が崩れるような感覚。
見放されてしまった。
そう思った。
だが――
「お前がどんな選択をしようと、私はそれを利用して最高効率の結果を手に入れる」
テッサの言葉から、別のニュアンスが見え隠れする。
「だからお前の選択に興味はない。どんな突拍子もない選択であろうと、完璧に対応するまでだ」
彼の期待を裏切ったのに。
彼は効率主義者で、期待に応えない存在のために配慮することなどないのに。
「お前がどんな選択をしても、私がしくじることはない」
「だからお前は、望むように選べばいい」
テッサの言葉はまるで、倫世を後押ししているようで――
「前みたいに、効率の良い解決策は教えてくれないの……?」
弱い倫世は、つい甘えてしまう。
倫世は一人で世界を救った魔法少女。
ただし、その手段はいつもテッサが考えた。
彼が決めた予定に従い、予定調和のように平和を取り戻した。
彼が引いた道筋をなぞっただけで。
だから、彼に答えを乞いそうになる。
そんな倫世の弱気な姿勢を察したのか、テッサは首だけで振り返る。
「自分で考えて、自分の意志で選べ」
「それが最も効率よく、後悔しない未来を掴む方法だ」
「…………テッサ」
それは答えではない。
彼が口にしたのは、答えを得るための姿勢。
誰かに答えを与えられるのではなく、自らの内から答えを導き出す手段。
「ありがとう。テッサ」
倫世は礼を言う。
期待には応えられないかもしれない。
恩を仇で返すかもしれない。
「でも私、我儘を言って……またテッサを失望させるかもしれないわ」
「くだらんことを言う女だ」
テッサは嘆息する。
「……女神を名乗る女さえ、世界を巻き込んだ我儘を言うんだ」
元をただせば、この戦いは世良マリアに収束する。
彼女が女神の座から降りるため。
あの魔王ラフガの復活さえ、マリアの願いが起因している。
世界を巻き込んだ壮大な我儘といえるだろう。
「お前が我儘を言ってはいけない道理などないだろう」
「ぁ…………」
テッサがそう断言するだけで、倫世の不安が少し晴れる。
やはり、倫世のパートナーは彼だけだと分かる。
今も昔も、彼だけが倫世の相棒だ。
「お前は我儘を言って良い。私は言う」
「お前は勝手にしろ。私はする」
――それだけの話だ。
そうテッサは言い残すと、その場を去った。
もうすぐ最終章『天魔血戦』が始まります。
これまで積み重なってきた物事の解決編となる章です。
はたして悠乃たちの未来がどのようになるのか、ぜひ見届けてください。
それでは次回は『そして聖夜が明ける』です。




