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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
1章 エピローグの向こう側
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1章 20話 Mariage 2

 MarriageマリッジではなくMariageマリアージュ。これは譲れません。

 もし英語で統一しろといわれたとしても、こればかりはマリアージュのほうが発音も『最終形態感』があると思うんですよねぇ。

「――《氷天華(アブソリュートゼロ)凍結世界(レクイエム)》」

 

 悠乃はゆっくりと歩いてゆく。

 この世界で動けるのは彼女のみ。

 時間は止まり、この瞬間の出来事は誰の記憶にも残らない。

「今の魔力では、止められる時間はほんのわずかだ」

 すでに魔力が一度枯渇した身だ。

 覚醒したことで上昇した分の魔力が体内にあるだけ。

 万全とは言い難い。

 悠乃が地面を踏みしめた。

 すると地表が凍りつき、辺り一面を銀世界に変える。

 そして、地面から突き出した氷柱がすべてのレディメイドを貫いた。


「だから手加減はなしだよ」


 レディメイドは一切表情を変えない。

 彼はまだ、自分が死んだことさえ理解していないのだ。

「皆を傷つけたお前に、かける慈悲があるわけない」

 加速度的に減ってゆく魔力。

 時間が止められる限界が近づいてきた。

「――時よ動け。お前は未来も美しい」

 もう止まった世界はお終いだ。

 これからは()()()()()()()()が始まるのだから。


「が、はァァッ!?」


 世界が動き始めた。

 そして、ようやく現実が悠乃に追いついた。

 全身を貫かれたレディメイドが苦悶の声を上げる。

 彼は死にかけた虫のように緩慢な動作でもがいていた。

 だが、深々と突き立てられた氷の牙はその程度で抜けはしない。

「魔王……様ぁ……!」

 レディメイドは涙を流す。

 自らのすべてを捧げてきた主の名を口にして。

 そのまま彼は動かなくなり――息絶えた。

「……ふぅ」

 悠乃は目を閉じ、息を吐いた。

 周囲の気温が下がっているせいで吐息が白い。

 誰も声を上げない。

 静寂だけがこの場を支配していた。

 敵を殺した。

 だが、悠乃の胸にはなんの感慨も後悔もなかった。

 なぜなら――


「それくらい読めてるよ」


 悠乃は氷剣を瞬時に作りだし、振り向きざまに斬撃を放った。

 渾身の力を込めた氷剣はガキンという鋭い音とともに止められる。

 そこにいたのは――レディメイド。

「まさか――気付いていたのねン……!」

「もちろん」

 悠乃は()()()()()のレディメイドに笑みを向けた。

「君自身が言っていたんだ。『ワタクシの能力は100人の分身』ってね。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか」

 思えばそうだった。

 最初、悠乃たちは2対100の戦いをしていた。

 おかしいのだ。

 100人の分身を出せるのなら、101人いないといけない。

 だから悠乃は察した。

 ――『本体は別の場所に隠れている可能性』を。

「僕たちが最初に君を見つけた時点で、君は分身を出していた。僕は最初から、分身の1人を相手取っていたんだ」

 新たに現れた分身たちは、最初のレディメイドが受けたはずの傷がなかった。

 だから、傷があるのが本体と思い違いをしていた。

 違う。最初に傷を受けたレディメイドも――分身だった。

 本体は、いざというときの奇襲のために隠れていたのだ。

 そして、悠乃が勝負を終え油断したであろうタイミングを狙った。

 悠乃も、本体が隠れている可能性に思い至っていなければあっけなくやられていただろう。

「――バレたなら仕方ないわね。なら、ここからがガチンコ勝負よんッ!」

 レディメイドが拳を構える。

 彼は姿勢を落とし、渾身のアッパーを繰り出した。

「ぐぁッ……!」

 氷剣を盾にして攻撃を防ごうとする悠乃。

 しかし彼の拳は氷を容易く砕き、悠乃の腹へと突き刺さった。

 弾丸のような速度で射出される悠乃。

「くッ」

 悠乃は自身の背後の空気を凍らせる。

 空中に出現する氷の壁。

 それでなんとかブレーキをかけようとしたのだが――止まらない。

 悠乃の体は氷の壁を貫通し、その先にあるビルへと突っ込んだ。

(分身とは強さが違うッ……!)

 レディメイドのパワーは、他の分身とは次元を異にしていた。

「女子力ブーストッ!」

 すさまじい轟音。

 それは、レディメイドが追撃のために地を蹴った音だった。

 彼はロケットのごときスピードで悠乃に迫る。

「愛のクロスチョォォォォップッ!」

 レディメイドは自身の前で両手を交差させ――悠乃ごとビルを貫いた。

 その衝撃にビルの一部が崩落する。

「まったく……あんまり街を壊さないで欲しいんだけど……」

 悠乃は空中に投げ出されるが、近くの建物から氷の橋を伸ばして足場を確保する。

(強い……けど、勝てない相手じゃない)

 潔白の花嫁衣装を纏った悠乃のスペックは通常時を凌駕している。

 これまでなら勝ち目がなかったはずのレディメイドの本体とさえ対等に戦えている。

「行けッ」

 悠乃は左手に氷銃を作った。

 そのまま彼女は早撃ちで3発の氷弾を撃ち出す。

 狙うは、ビル上層部の砂煙。

「っはぁ。さすがに救世の魔法少女は――ッ!」

 タイミングは完璧。

 氷弾は、砂煙から出てきたレディメイドの眉間に着弾した。

 レディメイドは頭部への衝撃によって後ろに下がる。

 この隙を、逃さない。

「はァァァアッ!」

 悠乃の背中から氷の翼が広がった。

 彼女は足場を力強く蹴りつけ、空へと舞いあがる。

 目指すは一直線――レディメイドのいる場所だ。

 悠乃は左手の氷銃を捨てる。

 もう遠距離攻撃なんて必要がない。

(ただ、この一刀にありったけを!)

「はああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 悠乃は氷剣を突き出した姿勢のまま、レディメイドの心臓めがけて飛び込む。

「まだ、終わらせるわけにはいかないのよォォォォ!」

 体勢を立て直したレディメイドが雄叫びを上げる。

 彼もまた、譲れない矜持のため戦っているのだろう。

 だが関係ない。

 相手に心があっても。

 その胸に大義があっても。

 押し通ると決めたから!

「僕だって、ここで終わらせてたまるかッ」

 まだ始まったばかりだ。

 やり直したばかりなのだ。

 薫子とも璃紗とも、やり直せた。

 グリザイユと……エレナとも出会えた。

 これから一緒にやりたいことだって一杯ある。

 こんなところで、終わらせられないのだ。

「「はあああああああああああああああああああああ!」」

 氷剣を突き出す悠乃。 

 拳に光を溜めるレディメイド。

「ぅおらァァァッ!」

 レディメイドが拳を振り始める。

(間に合わ……ない……!)

 攻撃のタイミングからして、レディメイドの攻撃は拳を起点とした中距離攻撃。

 当然リーチは氷剣よりも長い。

 このままでは、悠乃の氷剣が到達するよりも早くレディメイドの攻撃が当たってしまう。

 それが経験で分かってしまった。

(レディメイドの所まで飛ぶだけで魔力は打ち止めだ……)

 もう一切の余裕はない。

(いや……飛ぶための魔力は()()()()()()

 悠乃は思考を切り替える。

(もう、翼はいらない)

 悠乃は氷翼を消し去った。

 その分の魔力が悠乃の中に還ってくる。

(――後は慣性の法則のままに飛び込むだけ)

 翼はなくとも、すでに速度の乗った悠乃の体はストレートにレディメイドを目指している。

 だから、捻出した魔力で一瞬だけ時間を止めた。

 ほんの一瞬。

 限られた刹那の中で悠乃が勧める距離など1メートルもない。

 だが、その数十センチがすべてを決めた。

「たああああああああああああああああああああああああああッ!」

 悠乃は一瞬のうちにレディメイドの懐へと潜り込む。

 レディメイドの拳は空振りし、拳から放たれた光が夜空へと吸い込まれ――雲を斬り裂いた。

 そして悠乃の氷剣は、レディメイドの心臓を斬り裂く。

「「………………」」

 静寂。

 二人は密着状態のまま動かない。

 悠乃の剣はレディメイドを貫いている。

 彼から流れる血が悠乃の手を濡らす。

 熱い。

 これが――血だ。

(――思い出す)

 まるで、グリザイユと戦った時のようだった。

 胸を貫き、その命を奪う。

 今回は流されるままではなく、自分の意思で。

「僕は、お前を殺す」

「……そうね。ワタクシは、貴女に殺されるわね」

 静かなやり取り。

 もう勝負は決した。

 悠乃は勝ち、レディメイドは負けた。

「僕は――」

「ワタクシは――」

「「――――()()()()()」」

(正直、コイツは嫌いだ)

 大切な仲間を傷つけた。

 好きになれる要素などない。

 だけど――


「僕はお前を忘れない。嫌いだし、敵だけど。絶対に忘れない」


「きっとそれが……僕にできる精一杯の弔いだから」


「対等に命を懸け合った存在として、僕はお前を忘れない。お前の命も背負って、僕は未来を歩いて行く」


 それが蒼井悠乃の答えだ。

 迷いながらも辿りついた……答えなのだ。



 ついに決着ッ……!

 あとはエピローグを挟み、新章へと物語は進みます。

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