8章 10話 二人きりの聖夜
悠乃たちの聖夜です。
「こーいうのって……アリ?」
悠乃は固まっていた。
彼の両親からそれぞれ電話がかかってきたのは数分前。
その内容は――
「なんつーか、クリスマスに夜遅くまで仕事って……な?」
どうやらクリスマスということで用事がある同僚がいたらしく、彼らのために仕事を肩代わりしたとのことだ。
らしいといえば、らしい理由だ。
だが問題は――
(二人きり――)
これからしばらく、悠乃と璃紗は二人きりというわけだ。
確かに、さっきまでも二人だけだった。
だがそれはあくまでクリスマスの下準備。
これからするのは――本番。
二人きりで、聖夜を祝うのだ。
一緒に手料理を食べて、同じ時を過ごす。
クリスマスデート。
意識していなかったといえば嘘になるが、よりその言葉が近くに感じられる。
「はわぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
悠乃の顔が熱くなる。
元より一緒に食事をする予定だったのだ。
なのに、二人きりであると決まっただけでここまで照れ臭くなるとは思わなかった。
「えーっと悠乃? じゃ、じゃー? 親が帰ってくるまで待つか?」
そう言って、璃紗は顔を背ける。
彼女の頬は、少し赤い。
「う、ううん。料理に手をつけてなかったら、お父さんもお母さんも気を遣うだろうし」
そう悠乃は口にした。
両親が電話をしてきたのには、二人を待たずにパーティーを始めて欲しいという意図もあったはず。
悠乃一人が勝手に待つだけならともかく、家に招いた璃紗にまで待たせてしまうのは二人の気遣いを無下にすることとなるだろう。
となれば――
「じゃ……食べよっか」
「……おう」
二人は食卓を囲んだ。
☆
「そ、そういえばさ?」
食事をしながら、悠乃は璃紗に問いを投げかける。
「髪型変えた?」
「ん?」
気付いていながらも、なんとなく指摘できなかった話題だ。
髪を切ったわけではない。
ただ、いつもと髪型が違う。
普段の璃紗は、ボサついた赤髪ロングだ。
そんなハネた髪も彼女のサバサバした正確にマッチしていたのだが――
「あ、やっぱ気付いてたのか――」
璃紗は指先で赤髪をすくう。
赤髪はサラサラと指からこぼれた。
今日の髪はいつもより艶やかでハネがない。
以前より念入りに手入れされているのは明らかで――
「アタシも女だからな」
――さすがに彼氏のほうが可愛いのもアレだろ。
そう言う璃紗はさっきよりも赤くなっている。
「正直、人生初だよ」
璃紗は唇を尖らせると――
「可愛くなりたいって思ったのなんてさ」
小さくそう漏らした。
そんな仕草が、どうにも可愛い。
蒼井悠乃にとって、朱美璃紗は頼りになる少女だった。
彼女となら、どんな困難も踏破できる。
そう確信できる、最高にして最愛のパートナーだ。
だがそこに、璃紗を可愛いと思う感情が加わる。
仲間としての魅力ではなく、異性としての魅力を感じる。
「なー。髪切るとかどーだ?」
璃紗は垂れた髪を目で追う。
「悠乃は長いのと短いの、どっちが好きなんだ?」
恥ずかしそうに璃紗が問う。
彼女はあまり容姿に気を遣うタイプではない。
それこそ、オシャレには無縁な少女だ。
そんな彼女にとってこんな質問は気恥ずかしいのだろう。
それでも問いかけてくれる。
悠乃が望む自分になりたいと言ってくれる。
そのことを嬉しく思わないはずがない。
だけど――
「ロングでもショートでも、璃紗は可愛いと思うけどなぁ」
悠乃は率直にそう言った。
何度考えても、優劣などつけようがない。
どちらでも魅力的だし、どちらでも魅力が損なわれることなど考えられない。
そう考えてのことだったのだが――
「どっちでもとか……けっこー困るやつだろーが……」
そう言いつつも、璃紗は摘まみ上げた赤髪を見つめていた。
そして彼女は小さく微笑むと。
「悠乃がどっちでも良いって言うなら、しばらくはこのままで良いか。女は、いきなり髪切ったら『失恋したのか』だなんて言われて面倒臭ぇーしな」
「あー。あれって、ストレスからの防衛本能って聞いたことあるかも」
「一回伸ばすと切り辛いんだよな。最低でも一日は質問責めになるだろーし」
「確かに」
少し髪を切っただけでも話の種になるのだ。
腰辺りまで伸びていた髪がショートになろうものなら、注目度はすさまじいものがあるだろう。
「そーいや。悠乃の髪もお……男にしては長いよな?」
「なんで男の部分で言い淀むの……?」
「いや。なんか言葉にしたら違和感が」
「あったらダメだよね……!?」
一応、二人はカップルなはずなのだが。
ちゃんと異性として意識されているのかが気になってくる悠乃であった。
「それにしても……うーん……」
悠乃は目を上に向ける。
視界には前髪が入ってくる。
男性という枠内において、悠乃の髪は長いほうだろう。
「一回試したら似合わなかったんだよね……違和感しかなかった」
悲しい事実だが、間違いなく悠乃は女顔である。
否定したい気持ちは山々だが、冷静に見てみれば悠乃の顔が女性的である事は認めざるを得ない
それも、中性的な少女ではない。
的のド真ん中を射抜くような乙女顔である。
結果として――短髪が似合わない。
掛け違えたボタンのようにチグハグな印象が拭えない。
短髪に関しては、曲がりなりにも男性であるはずの悠乃よりもボーイッシュな少女のほうがよほど似合う。
美容師の反対を押し切ったものの、自分でも失敗と認めざるを得ない姿だった。
「あれはもはや事故だったよ」
「そこまで言われると見たくなってきたんだけど」
「……どうしても見たいなら、一応写真はあるけど……」
厳重に保管されている。
思い出としてではなく、戒めとして。
「後で見て良いか?」
「い、良いけど……さすがに僕だけ見せるのは恥ずかしいよ」
そして悠乃は少し考えて――
「璃紗の恥ずかしいところも見せてくれるなら……良いよ?」
「恥ず――!」
璃紗が固まった。
「ちょ……そーいうのを要求するのはちょっとどーなんだ……!? いや、別に――な? アタシたちの関係を想えば、別におかしーことじゃねーのかもだけど――さすがにいきなりはというか……!」
彼女は口ごもりながら両手で体を抱く。
その視線には攻めるような色が――
「~~~~~~~~~~~~~!」
悠乃は互いの間にある誤解を理解した。
「ち、違うってばぁ! せっかくだから、璃紗の髪を結んでみたいなぁとか思っただけだってぇ……!」
「ぁ」
悠乃の言葉で認識の食い違いに気付いた璃紗。
みるみる彼女は茹であがる。
「ま、紛らわしーだろ……! ここ、恋人だったら……さ。そーいうことすんのかなー、とか思っちまったじゃねーか……!」
「ぁぅ」
――想像してしまった。
目の前の少女が見せるあられもない姿を。
(璃紗の……あわぁ……)
正直、そういった趣旨に興味がないといえば嘘になるが、さすがにここでの交換条件に指定するほど鬼畜ではない。
悠乃は煩悩を振り払った。
「――で、どーいう風なのが良いんだ……?」
璃紗は少し赤みが引いてきた顔を向けてくる。
どう、というのはさっきの条件の話だろう。
璃紗の髪型。
悠乃は思いをはせる。
恥ずかしさと戦いながら彼は答えを見つけ出し――
「……ポニーテール?」
――そう口にした。
「……結構、ベタなのが来たな」
「ふにゅ」
悠乃は羞恥で悶えた。
次回に悠乃たちの聖夜後編。そしてさらに2話ほどで8章は終わります。
それでは次回は『二人きりのせいだ』です。




