8章 8話 祝福が降り注ぐ夜に
黒白姉妹のお話です。
「姉さん。夜なんですから、あまりたくさん買わないでくださいね」
「はーい」
夜道を二人の少女が歩く。
眼鏡をかけた、黒髪の真面目そうな印象の少女――黒白美月。
ステップを踏みながら歩き、天真爛漫な印象のある白髪の少女――黒白春陽。
二人は電灯に照らされた道を歩いている。
「大体、夜にわざわざなんでコンビニに……」
「だってチョコレートがないと勉強できないよー」
二人は中学三年生。
つまり受験生だ。
そのため美月は嫌がる春陽を勉強机に括りつけていたのだが――
元より勉強の習慣がない春陽だ。
お菓子がないとやる気が出ないとゴネ始めたのが10分前。
黒白姉妹は双子だ。
ゆえにこの問答が無駄であると知っている美月は早々に春陽の説得を諦め、最寄りのコンビニを目指していた。
帰ったら意地でも彼女に勉強をさせると己に誓って。
「そもそもいくら街灯があるとはいえ、夜に外出するのはどうかと思います」
「家の近くだからヘーキヘーキ」
「そう言っている人が犯罪に遭うんですよ」
美月は嘆息する。
とはいえ、確かに春陽が言う通りコンビニは家からかなり近い。
それこそ、徒歩でも5分程度といった距離だ。
「何買おっかなー」
コンビニの明かりが見えてくると同時に春陽が駆け出す。
「暗いんだから走らないでください……!」
そう言いつつも、美月は彼女の後を追って駆けた。
「ぁ……」
しかし、二人の足はコンビニを前にして止まった。
見慣れた光景。
しかし、夜という条件が加わることで少し不思議な気持ちになる景色。
だが今日に限っては、それ以上の違いがそこにはある。
夜を照らすライト。
そこには一つのシルエットが浮かんでいる。
美月たちと比べても低い身長。
そして――ゴスロリ服。
「星宮……雲母」
「……………………」
夜のコンビニ。
そんなありふれた場所で、彼女たちは出会った。
☆
「なんというか――不思議な気分ですね」
美月は息を吐いた。
彼女たちがいるのは店内。
そして美月の隣にいるのは――雲母だ。
「……お金、持っていないんですか」
「…………」
雲母が頷く。
コンビニの前にただ佇んでいたので、もしかしたらとは思ったのだが。
どうやら無一文だったらしい。
「――外は寒かったわけですし……飲み物くらいなら私が買いますよ?」
「…………ありがとう、ございます」
途切れ途切れに雲母はそう口にした。
なんというか、彼女の目に害意はない。
これが初対面であれば、彼女を敵と認識することはありえないだろう。
もっとも――
(彼女への同情があることは否定できませんね)
美月は触れる程度だが雲母の事情を聞いている。
欲望の被害者。
不憫としか言えない境遇を聞いて、雲母に同情していることは間違いない。
だから彼女を一概に敵と呼ぶこともできないのも事実。
「それにしても、なんでここに……?」
少なくともコンビニは無一文で来る場所ではないだろう。
そんな意図を込めた質問。
「リリス先輩が、外に出てみたらって言ったから」
「多分、もっと大通りを勧められたんじゃないですか……?」
今日はクリスマスだ。
大通りであれば、今ごろは綺麗に彩られているはず。
見ているだけでも充分に楽しめる。
外出というのなら、普通はそこに行くべきだろう。
少なくとも、こんな人気のないコンビニではないはずだ。
「――あそこは、人が多い。明るい。だから――行きたくない」
「………………」
暗い声でそう雲母は言った。
多分、美月はその意味を正確に汲み取れてはいないのだろう。
彼女の言葉に込められていた絶望を、正確に理解してはあげられないのだろう。
(死にたいと思ってしまう人生)
それは美月にとって縁遠いものだ。
半年以上、黒白美月は魔法少女として戦ってきた。
だからこそ思う。
死にたくないと。
痛いのは嫌だ。
戦うのは怖い。
多分、それは当然の感情だ。
だからこそ思う。
そんな当然の感情さえ失われてしまう惨劇とはどんなものなのかと。
その当事者が背負うことになる苦しみはいかほどなのかと。
(話したい)
だからこれもきっと自然なことだ。
そんな衝動が湧き出してしまうのも。
戦いの中では、会話などする余裕もない。
戦いの中でこそ分かる本音もあるのかもしれない。
だが、美月が聞きたいのはそんなものではないのだ。
「せっかくですし、少しだけ話しませんか?」
美月は近くの棚にあったチョコレートを手に取った。
「これも――奢りますから」
☆
美月はカフェオレ。
春陽はココア。
雲母はミルクティー。
それぞれの飲み物を手に向かったのは近くの公園だった。
遊具も少ない閑散とした公園。
当然、こんな時間には誰一人としていない。
「……星宮さんは、今度の戦いをどう思っているんですか?」
最初に美月が尋ねたのはそんなことだった。
正直、彼女の中で答えは出ていない。
戦うべきか否か。
その答えが。
今度の戦いに勝算はない。
おそらく、逃げることこそが賢い生き方だ。
命を懸けたとして、何一つ変わらない可能性のほうが高いのだから。
だからこそ聞きたかった。
戦場の中心に座する少女の話が。
「これまでで……一番死ねそうな戦場」
雲母が口にしたのは、常人には理解しがたい言葉。
だがきっと、それは彼女の本音だ。
「もし死ねなくても、戦いが終わったらマリアさんが《表無し裏無い》をわたしから剥離してくれる――だから、死ねる」
雲母を不死の運命に縛りつけるのは彼女の魔法である《表無し裏無い》だ。
そのルーツが女神マリアにあるというのなら、彼女であれば《表無し裏無い》を雲母から剥奪することも可能なのかもしれない。
そうすれば、雲母は死ねる体となる。
(ああ――そうか)
美月は理解した。
なぜ、雲母に声をかけたのか。
なぜ、彼女と話をしたいと思ったのか。
戦う意味を見つけたい?
戦う覚悟を固めたい?
――否。
(私は――星宮雲母を救いたいと思っている)
それはきっと、初めて彼女と対峙した時から抱いていた感情だった。
黒白姉妹は、悠乃たちとも違う目標の下で戦いに挑んでいきます。
それでは次回は『その絶望を裏返して』です。




