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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
8章 聖なる夜に
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8章 7話 新しい自分と床に散る死体

 内容に反してタイトルが物騒な回です。

「ねえ、髪伸びてナイ?」

「…………?」

 雲母は振り返る。

 そこには、ハサミを持ったリリスが立っている。

 本来であればハサミを手に話しかけてくるなど危険人物でしかない。

 もっとも、雲母にとっては警戒する理由もないのだが。

 むしろ危険人物だからこそ歓迎してもいいくらいだ。

「髪?」

「そ。少し前から、気になってたんだヨネ」

 リリスが雲母の前髪を摘まみ上げる。

「しばらく切ってないんじゃナイ? 毛先も整ってないシ」

「…………確かに、ずっと切ってない」

 星宮雲母は《逆十字魔女団》に入るまで部屋にこもっていた。

 バトル・オブ・マギ。

 魔法少女同士で殺し合う最悪の儀式。

 その戦いの中で精神を病み、彼女は自分だけの世界に閉じこもった。

 当然、そんな状態で身だしなみを気にするわけもなく、散髪などしていない。


「――切ってあげても良いケド」


 リリスがそう提案してきた。

 雲母は首をかしげる。

 するとリリスはどこか恍惚とした表情になり――

「アタシ、人の髪を切るのが趣味なんだヨネ」

「?」

「だって、切られた髪って――破滅的でショ?」

 リリスはハサミで物を切る動作をした。

「床に落ちた髪。それはどこか死を思わせル。髪を切られた時、人は自らの死を幻視する。自らの死体と対峙スル」


「破滅的だヨォ」


「………………」

 正直、雲母にはリリスが言わんとすることは分からない。

 ともあれ、彼女が雲母の散髪をしたいと考えているのは事実らしい。

 であれば――

「……なら。お願い――します?」

 雲母は微妙な返事を口にするのであった。



「どういう髪にしたいワケ?」

「?」

「冬だし、ロングのままでも良いと思うケド。それとも、ショートにして気分を変えるのも悪くないカナ? 寒いカモだケド」

「ん…………」

 今の雲母の髪はかなり伸びている。

 元々関心がなかったうえに、最近は気にする余裕もなく伸びっぱなしだ。

 気がつけば、雲母の髪は尻に触れるほどに長い。

「――――いつも通りで良い」

 気分を変えるという気分にはなれない。

 沈み込んだ沼から抜け出す気分にはなれない。

 だから雲母が望んだのは現状維持であった。

「了解っト」

 ――ハサミの音が響いた。


 チャキチャキとリズミカルな音が鳴る。

 そのたびに雲母の髪が床へと落ちる。

 そんな中、雲母は過去を思い出していた。

(わたしの髪は……()()()()

 一度、雲母は自分の髪を切ろうとしていた。

 それは身だしなみを整えるためではない。

 自分の存在があまりに憎くて、自傷行為として自身の髪を切ろうとした。

 だが、失敗に終わった。

 髪にハサミが触れた途端《表無し裏(フェイトロット・)無い(タロット)》に弾かれたのだ。

 だが今は、彼女の髪は切れている。

 つまり――《表無し裏無い》が発動していない。

 《表無し裏無い》が発動するのは確率に依存する。

 しかし、雲母は不幸の呪印によって100%の確率であらゆる攻撃を弾く。

 あらゆる害を取り除く。

 死にたいと思う限り死ねない呪い。

 自らに脅威となり得ると本能的に思うものが自動的に弾かれ、雲母の身は守られる。

 それが発動しないということは――そういうことなのだろう。

「……………………」

 散髪の音を聞きながら、雲母は眠りに落ちていった。

 それは、ここ最近では考えられないほどの熟睡であった。



「これ――」

 雲母は鏡を見て声を漏らした。

 あまり変わらないはずの表情も、今回ばかりは動揺を隠せない。

 散髪が終わるまで爆睡していたため、自分の髪がどうなっていたのかを見ていなかったのだ。

「元の髪型って言ってたでショ?」

 リリスは当然のようにそう言った。

 その言葉に間違いはない。

 ただ、雲母と少し意図が違うだけで。

 雲母が言ったのは、彼女と出会った時。

 軽く毛先を整える程度で終わるつもりであった。

 対してリリスが実行したのは、雲母がバトル・オブ・マギに参加する前の髪型だった。

 長さの変化はそれほど大きくないが、あの頃の思い出させるには充分だった。

「なんで――?」

「アンタの部屋に写真があったシ」

 雲母の部屋。

 確かにそこには写真があったはずだ。

 バトル・オブ・マギの最中――パートナーである八雲香苗と最後に撮った写真が。

 ケータイに保存されていた画像を写真にして、部屋に置いていたはずだ。

 死んでしまった親友を悼むために。

 それを彼女は覚えていたのだろう。

 だから、以前の雲母の『いつも通り』を再現した。

 雲母が絶望に落ちる前の『いつも通り』がそこにあった。

 違いがあるとすれば、濁りきった瞳くらいだ。

「結構良い出来じゃないかと思うんだケド」

 リリスは鏡を見て笑う。

「…………うん」

 懐かしさを覚える自分の姿。

 まるで、あの日の前に戻れたかのような自分の姿。

 たとえ幻想でも、そんな錯覚に溺れていたい。


 また、やり直せそうな気持ちになれるから。


「せっかくだし、人間界にでも行ってみタラ?」

「え……?」

 リリスの提案に雲母は目を見開く。

「だってクリスマスだシ。髪切ったら、外出でショ」

「え、え……?」

 雲母は戸惑いを隠せない。

 そんな彼女を無視し、リリスは床に落ちた髪を回収し始める。

 ――ビンの中に。

「リリス先輩……?」

 雲母が尋ねると、リリスが顔を上げる。

「言ってなかったっケ。アタシの趣味は、切った髪を保存することなワケ」

「……言ってない」

 雲母が聞いたのは、散髪が趣味というところまでだった。

 まさか、名前のラベルを張ったビンに保管するとは聞いてない。

「……どうするの?」

「作品」

 雲母の問いにリリスはそう答える。

「今度の作品は、溶かした髪を絵の具にして描く世界の予定なんだヨネ」

 リリスは少し思案すると――


「タイトルは――『彩り』とかカナ?」


 黒い髪で描かれるモノクローム。

 そこに彩りという名を与える意味。

 それは、雲母には分からなかった。


 ちなみに、リリスの趣味が髪の収集であるのは初期設定です。

 他人の髪を切って、瓶詰めにしたものを定期的に手入れしています。

 余談ですが、リリスは雲母を勧誘する際に、彼女の部屋の窓の鍵を腐食させて侵入という危険人物感しかない方法で接触しています。雲母の写真を見つけたのはこのタイミングです。


 それでは次回は『祝福が降り注ぐ夜に』です。

 黒白姉妹の決意回となります。前章で悠乃たちは戦う覚悟を決めましたが、黒白姉妹にはまだ戦う明確な動機がないんですよね。

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