8章 4話 始まりのワケ
蒼井悠乃の物語が始まったキッカケを紐解く回です。
「リリスさん」
薫子はリリスに声をかけた。
ここは魔法界。
その中でも彼女たちの拠点として用意された仮住まい。
決戦までのつなぎでしかないからこそ家具もない結晶の部屋。
殺風景ですることもないため、倫世と雲母は別の場所にいる。
薫子はリリスと二人きりになったタイミングを狙い、以前から尋ねたかったことを聞くことにした。
「お聞きしたいことがあるんですが」
リリスは目の前のキャンバスから視線を外す。
絵を描いている途中ということもあり、無視されることも覚悟していたが杞憂だったらしい。
交わった視線が許可であると判断し、薫子は質問を口にした。
「リリスさんは《逆十字魔女団》の初期メンバーなんですよね?」
「そうだケド?」
これは寧々子から聞いた話だ。
《逆十字魔女団》。
それはイワモンと倫世が作ろうとしていた組織。
そこに割り込む形でリリスも参加したという。
発足時からずっといたからこそ、彼女は《逆十字魔女団》についての深い事情まで把握していると寧々子は言っていた。
だから、問いかける相手としてリリスを選んだのだ。
「女神適性を持つ魔法少女がわたくし以外にいるというのは本当なんですか?」
「以前、倫世さんにも聞いたのですが……詳しく教えてくれませんでした」
話としては聞いていたことだ。
女神適性を持つ魔法少女は少ないが皆無ではない。
最終的に薫子と決まったのだが、それまでは他の魔法少女と交渉する予定もあったという。
だがそれは触りの部分だけ。
薫子は、そんな魔法少女が本当にいるのかさえ知らないのだ。
尋ねても話を逸らされて終わり。
それが常だった。
「…………だろうネ」
リリスは口元だけで笑う。
「ま、知られると不都合な事実って奴はあるヨネ?」
「…………確かに、他の適正者の情報を知っているというのは良くないのかもしれませんね」
もしも薫子が女神という運命を恐れたとする。
その時、彼女がどういう行動をするのか。
――他の適正者を無理矢理にでも女神に仕立て上げるかもしれない。
そうすれば自分は女神にならなくて済む。
だがそれは薫子の事情。
世界のためを思えばその手法は悪手といわざるを得ない。
強制された救済者などモチベーションに欠ける。
そんな女神によってなされる救世がいつまでも続くとは思えない。
女神マリアは1億年を超えて世界を守った。
だが、強要された女神がそれほどの時間を耐えられるとは思えない。
そうなればすぐに代役が必要となり、問題は解決しない。
だからこそ適正者の情報を伏せるのだろう。
合理的に判断した上で、女神適正者の情報は共有しない方が望ましい。
そうイワモンたちは考えたのだろう。
「ま、ヒントくらいなら教えてもいいケド」
しかし、リリスはそれほど熱心に隠すつもりはないらしい。
「本当ですか?」
「別に、女神適性が誰にあるかなんてアタシに関係ないシ」
天美リリスは破滅主義者だ。
彼女はあくまで女神と魔神の戦いという破滅的な戦争に魅入られただけ。
誰が女神になるかなど些事なのだろう。
だから他人事のようにリリスは語る。
「考えてみなヨ。女神の適正者は、イワモンの目的を達成するうえで必要不可欠」
リリスは指を立てた。
「魔法少女にできる人数は限られていル。意味もない人選でクリスタルを消耗できナイ」
イワモンが行ったクリスタルの無断持ち出しが重罪である事は想像に難くない。
大量に持ち出すことが難しいのも予想できる。
限られたクリスタル。
その中でイワモンは割り当てなければならない。
世界を救う役。
世界に危機をもたらす役。
そして――女神の後継となる役。
一人たりとも無駄な人員は出せない。
「思い出してみなヨ」
リリスは笑う。
三日月形に口元が歪む。
「金龍寺薫子は3番目。ならアンタの前にイワモンが会った魔法少女は? どうしても女神の後継者が欲しくて、イワモンが無理矢理に魔法少女にしたのは?」
「………………な」
――薫子は理解した。
リリスが言わんとすることを。
この物語が、あの瞬間に始まったワケを理解した。
「本人から聞いたことあるんじゃナイ?」
「確かに、それっぽい理屈はあっタ」
「でも、本当の理由はもう一つあっタ。友情だけの再会じゃなかっタ」
「あの日。イワモンが会っていたのはかつての仲間じゃなくて――新しい女神適正者だった」
魔法少女にできる人間は限られている。
一人も無駄にできない綱渡りのような作戦。
効率の良い人選のためには――
「――つまり」
世界を救う役。壊す役。
これら二つの役割に割り当てる少女を漫然と選ぶのではなく――女神候補から選べばいい。
そうすれば、世界に影響を与える役目と後継者役の兼任ができる。
「イワモンが最初に目をつけていた女神候補は――悠乃君だった」
イワモンが蒼井悠乃を魔法少女にした最大の理由。
それは――彼が女神の適正者だったから。
当初のイワモンの予定では、悠乃を女神に据える予定でした。
しかし薫子にも適性があると分かり、彼女自身が乗り気だったこともあって薫子を女神にする方向へとシフトしたというのが本編の大まかな流れです。
・勧誘こそしていたものの、他の魔法少女に対してはある程度本人の意思を尊重したのに、なぜか悠乃にだけはイワモンが無理矢理に魔法少女の力を与えた。
・5年前にリーダー的な立場にいたのは璃紗だった。だが、イワモンが最初に目指したのは悠乃だった。
これらの理由が、悠乃が女神適正者であるという事実に収束するわけです。
まあ、それだけではないのですが。
ヒント:リリス「ヒントなら教えても良い」(リリスはあくまで『ヒント』しか言っていない)
それでは次回は『祝福の灯に照らされぬように』です。
この物語が始まったワケは『イワモンがマリアに恋をした』こと。
蒼井悠乃の物語が始まったワケは『彼が女神適正者だった』こと。
そんなエピソードです。




