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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
8章 聖なる夜に
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8章 3話 語らい

 投稿画面のまま投稿を忘れるというポカ……。

 

 それでは魔王城での日常回です。

「うん。まあ、入りなよ」

 キリエ・カリカチュアはそう口にした。

 そうやって彼女が招き入れようとしているのは、魔王城における彼女の自室だ。

 元来、彼女は他人を気安く私室に入れるタイプではない。

 だからこれは、かなり珍しい部類の気まぐれだろう。

「どういう風の吹き回しだ?」

 そう言いつつも、加賀玲央は彼女の誘いを断らない。

 彼は特に緊張するでもなく部屋に踏み入れた。

 黒。

 その内装や家具は黒いものが多い。

 趣味で買い集めたものなのだろうか。

 部屋の一角には銀のアクセサリーが多数置かれていた。

 ある意味で、彼女らしい部屋だった。

「今日はクリスマスなんだろう? だから、アタシがねぎらってあげようと思ってさ」

 ――未来の部下をね。

 そうキリエは笑う。

「いや……現時点においてオレが上司なんだけどな」

 玲央は《魔王親衛隊(インヴェスターズ)》の隊長に任命されている。

 厳密にいってしまえば、立場的に上なのは玲央のほうだ。

 それほど上下関係という意識が希薄な《怪画(カリカチュア)》に言っても無駄だろうが。

 ある意味で、《怪画》にとっての『上』とは魔王くらいのものだ。

 そこまで歴然とした差がない限り、自分が下などと思っている奴はそうそういないだろう。

 《怪画》は本能ゆえに闘争を求め、己の力に自負を持つ生き物なのだから。

「ジュース飲むかい? ちゃんと冷えているよ」

「なんでこっちの世界にジュースがあるんだ……」

 元来、《怪画》には人間のような食事は必要ない。

 必要なものは人間の肉。もしくは魂だ。

 ゆえに人間が嗜む食事など、《怪画》には嗜好品でしかない。

 人間の文化に興味を持つ《怪画》は少ない。

 城にまで食べ物を持ちこんでいる《怪画》など彼女くらいだろう。

「じゃあ、もらうとするか」

「ほら」

「ちょ……炭酸投げんじゃねぇ……!」

 慌てて玲央はペットボトルを受け止めた。

 ――しばらく開栓しないほうが良いだろう。

「それにしても……本当に冷えてるな」

「体が氷でできている《怪画》がいたからさ――ね?」

「行間が怖ぇよ」

 何が「ね?」なのだろうか。

 玲央はキリエが飲み物を取り出した場所に目を向けた。

 壁に穴が開いている。

 普段は扉に隠された穴の中で冷蔵保存しているらしい。

 氷室のようなものなのだろうか。

「にしても、《怪画》がなんでクリスマスを知ってんだ?」

 玲央は我が物顔で椅子に座る。

「忘れたのかな? アタシは5年間。《怪画》のスカウトをしていたんだ。それに部下もいないから、食料の調達だって自力だ。自然と、人間の世界に行く回数は増えるさ」

「案外シンプルな答えだな」

 何度も見た人間の営み。

 偶然興味を持ってみたら、たまたま自分の好みと合致した。

 そんなところだろう。

「てっきり、『魔法少女に勝つには魔法少女について知らないといけない』とでも言って飯食ったら美味かった――みたいな経緯かと思ったぜ」

「え? 見てたのかい?」

「………………」

「うん。分かるだろう? 冗談だよ」

 小さくキリエは笑う。

 そんな彼女を見ながら、玲央は手の中にあったペットボトルを空けると中身を口にした。

 グレープ味の炭酸飲料が口内で弾ける。

 本当に冷えている。

 キリエと交渉して、玲央の自室にも同じものを用意してもらう価値はあるかもしれない。

 もっとも、決戦を一週間後に控えている者がすることではないだろうけれど。


「君に感謝を」


 突然、キリエはそう口にした。

 いつの間にか用意していたらしいワイングラスにジュースが注がれる。

 彼女はグラスの中でジュースを回しながら玲央に目を向けた。

「うん。君を採用して正解だった」

「面接官かよ」

 そう玲央は笑う。

 キリエが用意したグラスは二つ。

 遠慮なく、玲央はワイングラスを手に取った。

「正直、君はアタシの想定をはるかに超えて働いてくれたよ」

 加賀玲央――トロンプルイユはキリエによって勧誘されたメンバーだ。

 5年前の戦いとは何のゆかりもない《怪画》のハーフ。

 王族と混血の邂逅。

 そんな数奇な出会いの先に今があった。

 その道筋にキリエは満足しているらしい。

「君がいなければ、ここまで幸先よく物事は進まなかっただろうね」

「……かもな」

 自負でも傲慢でもない。

 客観的に見て、トロンプルイユという《怪画》は多くの功績を持つだろう。

 単純な戦闘力だけでも、彼の存在は貴重だ。

 玲央の存在が戦いに影響を与えていたとしても不思議ではない。

「だからトロンプルイユ」

 キリエの目が玲央を捉える。

「アタシは、約束を忘れていない」

 約束。

 それは玲央が《残党軍》に加入する際の条件として提示したものだ。

 父を――《怪画》として生まれた父の所在。

 手がかりが皆無な中で、自分を捨てた親父を見つけ出す。

 その手伝いをするのなら、キリエを王にする。

 そんな契約を交わした。

 それをキリエは忘れていないと断言した。

「だから――さ」


「アタシが魔王になったら、アタシのものになりなよ」


 そうキリエは言う。

 再び、玲央と交渉する。

「アタシの一番近くで、一番役に立て」

 それは、右腕になれと言うのと同義。

 魔王の右腕となって欲しい。

 そう言っているのと同じだ。

「アタシの下にいる限り、お前の願いは叶い続ける。アタシが叶え続けてあげる」

 《怪画》として生きるのならばキリエの提案は悪くないのだろう。

 絶対的存在である魔王。

 彼女の性格なら、口約束でも反故にはしないだろう。


「――――――考えておくよ」


 そうやって玲央は答えを先延ばしにする。

 結局、最後は人間の文化に頼る玲央であった。

「――そうか」

 そう呟くと、キリエはそれ以上勧誘を続けなかった。

 ただ――

「まあ、うん。約束だからね。君の父親探しはきちんとしよう」

「……おう」

「アタシと組んだこと、後悔はさせないさ」


「なにせアタシは、魔王を継ぐ女だからね」


 キリエ・カリカチュア。

 無冠の女帝。

 グリザイユが正統後継者に任命された今でも、彼女は自分が魔王になると信じて疑わない。

 それは世間知らずゆえの愚行ではない。

 きっと彼女は諦めないのだろう。

 次の魔王がグリザイユならば、その次の魔王を狙う。

 それほどの執念を持っている。

「……なれるといいな」

 キリエに対して特別な感情はない。

 だが、愚直に魔王の座を目指す彼女の夢が――報われて欲しいという想いも生まれてきた。


(オレに、そう思う資格はないんだろうけどな)


 8章は日常回であり、最終章へと向けた情報の開示でもあります。

 ここでのやり取りが最終決戦に影響を及ぼす可能性も――


 それでは次回は『始まりのワケ』です。

 本作の1章1話へと至る経緯の一つが明かされます。

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