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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
8章 聖なる夜に
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8章 2話 灰色の雪景色

 8章はバトルなしで進行していきます。

「どうやら、本当に拠点を移したようじゃの」

 灰色の髪の少女――グリザイユ・カリカチュアは邸内を見回してそう結論付けた。

 彼女がいるのは《正十字騎士団》の美珠倫世が住んでいた家だ。

 ここは《正十字騎士団》の拠点となっていた。

 加賀玲央の話によると、倫世たちは拠点を移している可能性が高いとのことだったがそれを実際に確かめるためにグリザイユが派遣されたというわけだ。

「お姉様。台所なんかも使った形跡がないわ」

 グリザイユの背後で空間のゲートが開く。

 そこからピンク髪の少女――ギャラリーが顔を出した。

 二人は手分けをして生活の痕跡を探していたのだが――

「あそこまで派手に戦って、拠点を移さぬ方が不自然だからの。妥当な結果じゃろう」

「どこに行ったのかしら?」

 時はクリスマスイブ。

 決戦の時は迫っている。

 急ごしらえの拠点でも数日程度なら問題はないだろう。

 ゆえに可能性の幅が広すぎて、彼女たちの行き先を特定することは難しい。

「奴らは歴戦の魔法少女じゃ。そうそう見つかるようなことはないじゃろう」

 彼女たちが本気で身を隠したのなら、見つけることは困難だ。

「それに来たるべき時が来れば自然と相対するのじゃ。わざわざ探す必要はない」

 仮に見つけたとして、二人だけでは返り討ちだ。

 深追いをする理由がない。

「それにしても――寒いですね」

 ギャラリーは窓から外を見上げた。

 灰色の空。

 厚い雲の覆われた空からは白い粒が舞い降りている。

 ――今夜はホワイトクリスマスになるのだろう。

「なんだか今日は人が多い気がするわね」

 ――お姉さま。今日は何かあるんですか?

 そうギャラリーが尋ねてくる。

 彼女は《怪画(カリカチュア)》。

 人間の文化には疎いのだろう。

「今日は、人間にとって特別な人と過ごす大切な日なのじゃ」

 グリザイユは小さく笑う。

 小雪が風に流され、窓の隙間から降り込んでくる。

 頬に触れた雪の粒は冷たかった。

「ギャラリー」


「――――帰る前に……行きたいところがあるのじゃ」



「――ここは」

 ギャラリーはそう漏らした。

 彼女の事だ。

 ここがグリザイユにとってどのような意味を持つ場所なのかを知っているのだろう。

「客足があるようで何よりじゃ」

 グリザイユは雪についた足跡を数えて微笑む。

 無数の足跡は――喫茶店へと続いている。

 グリザイユが灰原エレナとして生きた喫茶店へと。

「まだ一カ月しか経っておらぬのに、ここまで郷愁をかきたてられるとはのぅ」

 グリザイユは目を細めた。

 懐かしい気持ちが湧き上がる。

 雪空の下だというのに胸が温かい。

 きっとそれは――戻れないと知っているから。

 過ぎ去ってしまった過去だから。

 だからこそより惹かれてしまう。

「お姉様。あれはなんですか?」

 ギャラリーが店を指さす。

 そこにあったのは雪だるまだった。

(そういえば、雪が降れば店先に作っておったのぅ)

 客を出迎える際のサービスのようなものだ。

 溶ければ消える雪の塊は、理屈ではなく感情に語りかける。

 儚く脆いと知りながら、グリザイユもあの老夫婦と共に雪だるまを作ったものだ。

「あれって――」

 ギャラリーが疑問の声を漏らす。

 きっと彼女も察したのだろう。

 灰色の巻き髪をした雪だるま。

 歪ではあるが、それが()()()()()()()()()()()()()()()()

 分かってしまう。

「お姉様」

 ギャラリーは雪だるまに近づいてゆく。

 一方で、グリザイユの足は重く、その場を動けなかった。

 そんな彼女をよそにギャラリーは雪だるまに歩み寄ると、そこに刺されていたメッセージカードを手にした。

 彼女はカードの裏表を確認すると――

「これ……お姉様に」

 ギャラリーは戻ってくると、メッセージカードを差し出した。

 そこには『エレナ』の文字が記されていた。

「ぁ……」

 グリザイユはカードを手に取った。

 最近まで一緒にいたはずなのに懐かしく思えてしまう筆跡。

 挨拶もなしに消えてしまった血もつながらぬ他人に向けた愛情。

 手の中にあるカードは重く、直視するのが――少し怖かった。

 ここに書かれている言葉がどんなものでも、今のグリザイユには大きすぎる意味を持つから。

「――――――」

 きっとこの裏には、あの善良な夫婦が綴った言葉がある。

 ゆっくりとグリザイユはカードを裏返した。

「………………ぁ」


 ――いつでも帰ってきていいんだよ。


 たった一言だった。

 だが、その一言にどれほどの愛が込められていたのか。

 帰って来いとさえ言わない。

 最後までグリザイユの意志を尊重する言葉。

 胸が、目頭が。

 こらえきれないほどに熱くなる。

 優しいその言葉は、グリザイユにとってこの上ない劇薬だった。

 嬉しくて。嬉しくて。嬉しくて――

 ――壊れてしまいそうなほどに辛い。

「そう…………じゃのぅ」

 グリザイユはメッセージカードを胸に抱く。

 落ちた涙が足元の雪に染み渡る。

「妾も――妾も……」


「――帰りたかったのぅ……」


 もうグリザイユ・カリカチュアは戻れない。

 人を食らい、人として生きるという誓いを裏切った。

 もう、あの家に帰る資格などない。

 いくら帰りたいと願おうとも、運命の渦がそれを許さない。

 グリザイユはメッセージカードを元の場所に戻す。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――死にかけの小娘を救ったことなど忘れて欲しいのじゃ」

 灰原エレナはいなかった。

 この喫茶店に帰ってくる少女などいなかった。

 そう思ってほしい。

 エレナの帰りを待たないで欲しい。

 この世界にいるのは――グリザイユだから。


「妾も……忘れる……から……!」

 

 大粒の涙がこぼれる。

 もう戻らないと知っているのに、手を伸ばしてしまいそうになる。

「………………」

 そんな彼女をギャラリーは悲しげな眼で見つめる。

 ――彼女の前では立派な姉でなければいけないのに。

 今は繕うことさえできない。

 必死に耐えようとしても、嗚咽が止まることはない。


「こんな気持ちになるくらいならいっそ――」


 この5年間の記憶が蘇る。

 普通の人間として、他愛ない日々を過ごした記憶が。

 だがそれはもう取り戻せない。

 もうそんな平穏は訪れない。

 そんなことを思い知らされるくらいならいっそ――

 いっそ――


「――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――いっそ出会わなければ良かっただなんて、思えるわけがなかった。


 はたしてグリザイユが灰原エレナに戻れる日が来るのか。

 それも最終章の焦点となります。


 それでは次回は『語らい』です。

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