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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
8章 聖なる夜に
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8章 1話 聖なる夜の下準備

 久しぶりに日常回を書く気がします。

「なー? カレーのルー買ってるのに、野菜とかは買わねーのか?」

 朱美璃紗(あけみりさ)はカレーのツーが入った箱とにらめっこをしながらそう尋ねてきた。

「うん。カレーを作るわけじゃないからね」

 そんな彼女の疑問に蒼井悠乃(あおいゆの)はそう答えた。

 二人がいるのは最寄りのスーパーマーケット。

 悠乃たちは二人で夕食の材料を探しているのだ。

 あえて言うのであれば、買い物デートとでもいうべきか。

 悠乃と璃紗が恋仲になってから約一週間。

 暦の上では12月下旬。

 そう――今日は世間でクリスマスイブと呼ばれる日だ。

 それに合わせ、璃紗を自宅に招待したというのが事の始まりであった。

 もちろん黒白姉妹も誘ったのだが、受験勉強をサボろうとした春陽は美月ママによって連行されることとなった。

 受験生にとってこれからの冬休みはラストスパート。

 少し可哀想な気もするが、彼女たちの将来がかかっている以上は安易に口出しをするわけにもいかないだろう。

 ――悠乃はおすそ分けのために料理は多めに作ることを決めた。

「カレーなのにカレー作らないのか?」

「うん。クリスマスだし、タンドリーチキンとかどうかなぁって思って」

 悠乃は頭の中で献立を組み立ててゆく。

「まあ、本格的に作ろうと思うと時間もかかるし、他の料理もあるから適度に手を抜きつつ作っちゃうよ」

「別に信用してねーわけじゃないけど、手抜きして美味しくなるのか?」

「ふふふ。そこが勘違いされがちなところだよ」

 そう悠乃は人差し指を振ってほくそ笑む。

「手間暇をかけることが家事をするということじゃないんだよ。クオリティを落とさずに手を抜く。それが家事上手のポイントなんだよね」

 当然ながら、手間をかければより高次元の料理を作ることも可能。

 ただし家事とは瞬発力の競技ではなく、求められるのはいうなれば持久力。

 一日こなせばいいのではない。

 続けることに意味があるのだ。

 ゆえに適度に力を抜くことこそがその神髄。

 手順は簡略に。それでいてポイントは押さえる。

 その見極めこそが家事の得手不得手柄の分水嶺。

 これまで家事を続けてきて悠乃が学んだことだ。

「なんか、冗談抜きで嫁みたいだな」

「ぬふ……!」

 璃紗の何気ない一言に悠乃はダメージを受けた。

(よく考えたら僕、璃紗に男らしいところって見せた覚えがない……)

 他の人間に見せたことがあるのかという疑問はあえて封印する。

 それは物事の本質から離れているからだ。

 決して都合が悪い事実だから逃げているわけではない。

 決してない。

「ぼ、僕は男だからねっ。米袋だって――」

 悠乃はわずかに動揺しつつ近くの米袋を活動としてー―よろめく。

 どうやら焦りから持ち上げる姿勢が悪かったらしい。

「おっと」

 体勢を崩したことで一歩下がった悠乃。

 それを璃紗は片手で押さえる。

 なんというか――すさまじい安定感だった。

 一人と一袋の重量のはずなのだが、璃紗は小揺らぎもせずに悠乃を支えた。

 ――片手で。

 本当の意味で力の差を見せつけられた。

「変な体勢で持ち上げると腰痛めるぞ?」

「ぁぅ」

 悠乃は心の中で涙を流した。

 残念ながら、男らしくという願望は無謀だったらしい。

「なー、せっかくクリスマスだしケーキ買うか?」

 璃紗は特に悠乃の様子を気にした風でもなく、別の方向に視線を向けていた。

 その先にあるのはお菓子コーナー。

 クリスマスとなれば、当然のようにそこに並んでいるのはケーキだ。

「ケーキなら帰ってから僕が焼くよ? 璃紗はどんなケーキが良い? 紅茶のスポンジケーキも良いし。オレンジピールを使うのも良いかなぁ」

「乙女だな」

「ふぁ」

 悲しいことに、このような話題のほうが上手く膨らませることのできる悠乃であった。

「そそそ、それに……! こういうのは、明日まで待つと値引きされるから、それから勝った方がお得なんじゃないかなぁっ……!?」

「もはや言ってることがお母さんだな」

「ぎゃふん……」

 慌てて話題を変えるものの墓穴を掘る悠乃であった。

「でもそーだな。悠乃のケーキがあるなら充分だなっ」

 そう璃紗が笑いかけてくる。

 その明るい笑顔を見るだけで、悠乃の心は弾む。

「うん。ケーキは得意だから楽しみにしてて」

「ああ」

 そうやって二人は笑いあう。

 和気藹々と晩餐のための食材を選ぶ二人。

 これはあくまで下準備。

 来る聖夜を彩るための下準備だ。

 だが、それが悠乃にはこの上なく楽しい時間だった。

 隣に好きな人がいて。

 好きな人と話しながら一緒に楽しい時間を作る準備を進めてゆく。

 それだけでこんなに楽しいのだ。

 だからきっと――


 ――今夜は、もっと楽しい時間となるだろう。


 未来を覆い隠そうとする暗雲を寄せ付けない、幸せな思い出となるだろう。

 そう悠乃は確信していた。


 ――()()()()()()()()()()()


 今日は戦う者たちに許された、最後の安息の日だ。


 思えば、正月とクリスマス。こんな大きなイベントの間隔が一週間くらいしかないってかなり凄いですよね。

 そして、作中における季節の逆行具合がすさまじい……。1月に海水浴へ行ったり、5月にクリスマス。多分、6月にはお正月ですからね。予定では7~8月までお正月という――


 それでは次回は『灰色の雪景色』です。

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