7章 31話 ここから新しく始めよう
あと2話で7章は終わりです。
「僕――蒼井悠乃は朱美璃紗のことが」
「――好きです」
一世一代の告白が悠乃の口から放たれた。
一線を踏み越える言葉。
どのような結果になっても、元には戻れない宣言。
悠乃は祈るような気持ちで璃紗を見つめる。
「?」
一方で璃紗は無反応だった。
「…………?」
彼女は目を丸くし、ぽかんと口を開いている。
「……………………」
璃紗は首をかしげると、腕を組んで何かを考えている。
そして数秒の後に彼女の顔が赤くなり――
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
――噴火した。
煙が出そうなほどに璃紗は頬を上気させ、震えている。
彼女は目を回し、グラリとよろめく。
「ちょ、おま――そーいうのは冗談で言うもんじゃねーだろ……!」
「うん。冗談じゃないから言ったんだよ」
動揺する璃紗に、悠乃は微笑んでそう言った。
――もっとも、彼の心臓も我を失ったかのように暴走しているのだが。
「…………マジか?」
信じられないとばかりに璃紗は問いかける。
「うん。マジだよ」
だから悠乃は偽りなく答える。
すると璃紗はその場で頭を抱えてしゃがみ込んだ。
彼女は上目に悠乃を見ると――
「なんかストレスで血迷ったとか、そーいう話じゃねーのか……?」
そう問い直す。
よほど想定外の出来事だったのだろう。
血迷っていなければ、気の迷いでもない。
「ううん。迷ってない。一直線だ」
あえて言うのなら――色に迷った。
朱美璃紗という少女が持つ苛烈で、そして温かい赤い色香に迷ったのだ。
「~~~~~~~~~! なんでそーいう恥ずかしいこと言うかなぁッ……!」
「僕だって……恥ずかしいもん」
悠乃は自分の頬に掌で触れた。
――熱い。
きっと今、悠乃の顔は赤いことだろう。
目の前の少女の髪のように。
「で、えっと……答えが聞きたいんだけど」
さすがに羞恥に耐えきれなくなり、悠乃は尋ねた。
「…………もう一回、冷静に考えてみろよ」
璃紗が口にしたのはそんな言葉だった。
「アタシみたいなガサツで可愛げのない奴で良いのか?」
「それを含めて――ううん、そういう璃紗が好きだよ」
「こんな手だし、まともな料理も作れねーぞ」
璃紗は右手を差し出した。
――彼女は以前、交通事故に遭った。
その影響により、今でも利き腕に障害が残っている。
確かに片腕が使えなければ、家事にも手間取ることだろう。
とはいえ、その程度のことが悠乃の想いを妨げるはずもないのだが。
「料理なら僕の得意分野だよ」
「……アタシの何がそんなに良いんだよ」
不安そうに璃紗の瞳が揺れた。
だからこそ、悠乃は自身を込めて伝える。
想いが本物であると。
「折れないところ。曲がらないところ。誰よりも早く立ち上がって、諦めずに進み続けられるところ。その行動は、いつも誰かを想っているからこそなところ。でも、その優しさを上手く口には出せない不器用なところ。あと――」
「もー良い、分かったからさッ……!」
次々と続く言葉を璃紗は遮った。
彼女は腕を振り回しながら立ち上がる。
「もー分かったって……」
璃紗は観念したように息を吐いた。
「で……返事だったっけか……」
璃紗は額を押さえ、頭を振る。
「……うん」
緊張が最高潮に達する。
覚悟してここまで来たのに、足が震える。
それでも言い出したのは自分だから。
そう言い聞かせ、悠乃は璃紗と向かいあう。
「……アタシ、朱美璃紗も……蒼井悠乃の事が好きだ」
「折れるし曲がるけど……最後は絶対に立ち上がるところが。優しくて、戦うのが嫌いで……自分のためには戦えないけど……誰かのためになら戦えるところとか。守らねーとって思わせる癖に、いつの間にか支えになってくれてるところ――とか」
「はわぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
綴られる想い。
それはあまりに気恥ずかしく、悠乃は顔を真っ赤にしてしゃがみ込んだ。
頭を抱えている手にすさまじい熱量が伝わってくる。
「おおお、お前が先に言ったことだからなッ!? 別にアタシが勝手に惚気だしたとかじゃねーからなッ!?」
そんな悠乃の反応に冷静になったのか、璃紗も取り乱す。
「ッ~~~! こっちまで恥ずかしくなってくるだろーがぁ……!」
ついに璃紗も頭を抱えて座り込んだ。
「「………………」」
向かい合ったまま座り込んだ二人。
心地よくて、どこか居心地の悪い沈黙が続いた。
それを断ち切ったのは――悠乃だった。
「えっと……つまり。僕の告白は成功ってことで間違いないのかな?」
「ここまで恥かかせといて失敗とか言ったら殴るからな」
璃紗は涙目で睨んでくる。
交錯する視線。
交わり、絡み合う目と目。
「……ふふっ」
それがどうしてか面白くて、思わず笑みがこぼれた。
「……やったぁ」
しゃがんだまま、悠乃は小さくガッツポーズをした。
「ったく――アタシより、お前のほうがよっぽど可愛いよ」
そんな悠乃の笑顔を見て――璃紗も笑うのであった。
5章において、悠乃は薫子を『初恋の人』と評していましたが、ある意味でそれは強くて優しいお姉さんへの憧れのような面があります。
時を経て憧憬と恋心の差異を理解した悠乃。その上で、恋愛的に好きな人物となった時に思い浮かんだのが璃紗であった。そんなお話です。
恋人となった二人のエピソードは8章に持ち越しです。
それでは次回は『境界を踏み越えて』です。




