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もう一度世界を救うなんて無理っ  作者: 白石有希
7章 もう一度ここから始めよう
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7章 27話 未来は万華鏡のように

 あと3話くらいで美珠邸での戦いは終わります。

「がっ!」

 今度こそ、玲央は攻撃を躱すことはできなかった。

 金色の閃光が左腕を消し飛ばす。

 確かに、体を幻影化することで避けられる攻撃だった。

 しかし薫子が企てた狂気の策が、玲央の判断を遅らせたのだ。

「今にゃっ!」

 上方から寧々子が落ちてくる。

 前方から薫子が迫る。

(神経を操って――鎮痛)

 玲央の体から触覚が消える。

 本来なら詳細な情報を読み落としかねないリスキーな行動。

 だが構わない。

 大規模な魔法を使うのに激痛は邪魔だ。

「――夢幻回廊」

 一瞬にして、玲央の周囲が幻術空間へと変わる。

 彼がいる部屋だけを閉じた幻術空間とした。

 間取りや壁を利用されて戦われるのは面倒だ。

 だから、この部屋だけを切り取った世界を作った。

 この部屋は隔絶された空間。

 部屋の外に世界はない。

 そして――

「きゃっ」

「んにゃ……!」

 薫子たちが悲鳴をあげた。

 前後から盛り上がった壁に体を挟まれて。

「この部屋は、すべてがオレの自由になる」

 有限の世界。

 だからこそ玲央の幻術が行き渡る。

 この一室において、彼は神となる。

「…………ふぅ」

 遅れて玲央は左腕を再生させる。

 少し貧血気味だが、そうも言ってはいられない。

「モザイクならつけてやるから、安心してグロ画像になってくれ」

 玲央はさらに部屋の構造を操る。

 槌のように隆起した壁が薫子たちを挟む力を強めてゆく。

 骨が軋み、内臓が圧迫される。

 そのまま彼女たちは赤い染みに――なるはずもない。

「――――!」

 薫子を中心に金色の光が広がる。

 球形の楽園。

 その中では『破壊』という未来が爆破される。

 ぬらり。

 薫子が壁から逃れる。

 そこを狙って玲央は駆ける。

「らぁッ!」

 サーベルの切っ先が薫子の額を貫く。

 そのまま腕も彼女の頭部と重なってゆく。

 ――だが『破壊』という歴史が刻まれることはない。

 だが構わない。

 玲央の腕と薫子の目が重なっている間――()()()()()()()()()()()()

 ゆえに――

「薫子ちゃん! 避けるにゃん!」

 寧々子の警告も意味をなさない。

 歴史から隔絶された聖域が消える。

 直後――

「んぅっ……!?」

 薫子の顔面をマスクが襲う。

 玲央の周囲に漂っていた仮面。

 それが彼女の顔面に装着された。



(これは――?)

 薫子はマスクを外そうと手を伸ばすが、肌に貼りついたかのように離れない。

 玲央の姿が変わると同時に生まれた仮面。

 それがただのお飾りとは考えにくい。

「そいつはお前の死に装束だ」

「ッ、ッ!?」

 薫子が突然体を跳ねさせる。

 そのまま彼女は足をもつれさせると、その場に倒れた。

 額を床に擦りつけたまま痙攣する薫子。

 足に力が入らない。

 なにより――

(頭が……!)

 薫子を激しい頭痛が襲う。

 脳をミキサーにかけられているのではないかと思ってしまうほどだ。

「こいつは外部演算装置ってとこだな」

「ぁ……ぐ……」

 痛みで返事もままならない。

「元来、幻術は脳を酷使する。だが、この仮面をかぶせれば、()()()()()()()()()()()()()()()()

 こぼれた涎が仮面の中に溜まって気持ちが悪い。

 痛みのせいか、薫子から平衡感覚が奪われてゆく。

「他人の脳だから使い放題。使い放題だから幻術も強化される。最高だろ?」

 本来であれば、玲央は全力で幻影を使えない。

 そちらに集中してしまえば戦闘に支障をきたすから。

 だが今の玲央は演算を薫子に丸投げしている。

 ゆえに手加減なしで幻影を行使できる。

「…………ぉぇ……ぅぷ」

 回る視界に耐えかね、薫子の口から胃液が溢れた。

 全身から力が抜け、意識が――


「《黒猫は死人の(キャッツアイ・)影踏まず(デスサイト)》!」


 魔力の風が吹き荒れた。

 黒い魔力の風を切り、白無垢の寧々子が現れる。

 彼女は鋭い爪を振りかぶる。

 振り下ろされる猫爪は――薫子の仮面を砕く。

「大丈夫にゃん……!?」

「……寧々子さん」

 慌てた様子で彼女は薫子を抱き上げた。

 霞みかけた視界が、心配そうな表情の寧々子を捉える。

「痛ぅ……」

 薫子は頭を押さえながら立ち上がる。

 おそらく脳の限界を越えた演算をさせられていたのだろう。

 激しい眩暈が止まらない。


「――――《化猫憑依(けびょうひょうい)》」


 そんな薫子に背を向け、寧々子はそう唱えた。

 同時に、彼女が纏っていた白無垢が消えてゆく。

 局部を覆う黒い体毛。

 二股に分かれた尻尾。

 その姿はまさに化け猫だ。

「薫子ちゃんは休んでて」

「…………はい」

 薫子は大人しく寧々子の言葉に従う。

 今の体調では戦うどころか、動き回ることさえ難しいのは理解できている。

「一分ください。すぐに復帰しますので」

「…………そういうつもりじゃなかったんだけどにゃぁ」

 薫子の言葉に寧々子は呆れたように息を吐く。

 薫子を蝕んでいるのは、結局のところ疲労だ。

 脳を酷使されたがゆえの疲労。

 外傷ではないため魔法で治せない。

 だから薫子は目を閉じる。

 周囲の情報をシャットアウトし、脳が処理すべき情報量を最小にまで制限する。

 そうすることで少しでも回復を早めてゆく。

(そういえばこれは――)

 気が付くと、少しだけ薫子の口元は微笑んでいた。


(――悠乃君たちと考えた訓練法に似ていますね)


 ――そんな雑念をすべて排除し、彼女は回復を待った。



「――――」

 寧々子はちらりと薫子を盗み見た。

 彼女の口元には穏やかな微笑みが浮かんでいた。

(そういう顔も、まだ――ちゃんとできてるにゃん)

 彼女が何を思っているかなど知らない。

 だが、彼女が女神という役割のためにすべてを捨て去ったとは思えない。

 薫子が浮かべた微笑こそが、その証明なのだと寧々子には思えた。

 まだ彼女は、人間と女神の境界線上に立っているだけなのだと思えた。

 彼女がどっちに踏み出すか。

 それを決めるのは――周囲の人々だ。

「一分で終わらせるにゃん」

 寧々子は地を蹴った。

 そのまま長い脚で玲央を――蹴らない。

 彼女の踵が床に叩きつけられる。

 その衝撃で、彼女の体が跳ねた。

 彼女は縦回転をしながら天井に着地する。

 そして次の瞬間――床に跳んだ。

 地面を這うような低姿勢で玲央の命を狙う寧々子。

 一方で、玲央はまだ彼女の行き先を追ったまま上を向いている。

「にゃぁっ!」

 玲央の足首を狙った一斬。

 それが――すり抜ける。

「幻術……!」

「ああ。1対1なら、そこまでリスクもない」

 リスク。

 それは長時間の発動を強要されることによる消耗のことだろう。

 寧々子一人の攻撃では絶え間なく一撃を当て続けることは困難。

 どうしても、攻撃と攻撃の隙間を埋めてくれる仲間が必要なのだ。

 それを理解しているから、玲央は躊躇いなく幻術化で防御した。

「これなら、どんな死角からの攻撃でも当たらない」

「でも、体が幻なら、アタシを倒せないにゃんっ!」

 寧々子は玲央に正面から突っ込む。

 彼女の長所は瞬発力。

 撹乱のためとはいえ、下手に回り道をしてロスする必要もない。

 狙うは最短最速の一撃。

「いや。問題ないさ」


「未来視の対策も、もう出来上がってる」


「にゃっ……!?」

 玲央が両手を広げた。

 そして――顕現する。

「夢幻鏡」

 数多の鏡で作られたドームが。

 まるでダイヤモンドの中に捕らわれたかのような世界。

 数えきれないほどの合わせ鏡が寧々子たちを取り囲む。

「未来が視える。つまり、今のアンタは現在と未来――()()()()()()()()()()()

 合わせ鏡には――たくさんの人間が映っていた。

「現在しか見えないオレでも鬱陶しいのに――倍以上の人数が見えているそっちはどうなんだろうな?」

「これ――は」

 見えない。

 見えすぎて見えない。

 寧々子の視界には100を越える彼女が映っている。

 人数が多すぎて、どれがどの未来なのか分からない。

 玲央と寧々子が数えきれないほど見えて、どの二人が同じ未来の二人なのかが選別できない。

「ぁ――」

 人間の万華鏡。

 その多すぎる情報に、未来視はオーバーヒートした。

 情報量が多すぎて、本来の目としての性能さえ発揮できなくなる。

 そのせいだろう――


 ――玲央の拳が迫っているのに気付けなかったのは。


「チェックメイトだ」


 すさまじい衝撃が寧々子の顔面に打ちつけられた。


 玲央が見た、振り切れてしまった姿か。

 寧々子が見た、過去に懐かしさを覚える姿か。

 はたしてそのどちらが薫子の本当の姿なのか。

 それが分かる時が来るとしたら、彼女が最初の仲間たちと再会する時でしょう。


 それでは次回は『未来を視るということ』です。

 ……そろそろ寧々子のキャラ紹介を書かねば。

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